Beautiful World. 03
晴れて推しと思いが通じ合ったので、もう死んでも悔いはない。───いや、ある。推しの色んな姿を隣で見続けたいので滅茶苦茶長生きしなくちゃ。そうだ、結婚しよ。そんな浮かれた感情でいたリンだが、依頼が入ると仕事のスイッチが入る為、ありとあらゆる雑念は排除される。……たまに推しを見た衝撃で仕事モードが吹き飛びがちではあるけれど。
ともあれ、表面上は平静を装えた。これも修行の賜物と言っても良いだろう。
「なんかアンバランスな部屋だね~」
リンは、宿泊する部屋に置かれたマットレスに身体を投げ出すを盗み見た。かわいい。
彼が言うアンバランスとは、古びた部屋に備え付けられた新品のカーテンやリネン、枠のないマットレスだけの寝床のことを指す。
調査のためにやってきたこの洋館は長年人が棲まず廃墟と化していた。今回多くの霊能者を集めて調査することになった為、急ピッチで最低限人が寝泊まりできるように誂えられたのが見て取れる。
「さっさと荷物を置いていけ。機材を運びむぞ」
ナルはの発言など気にすることなく自分の荷物を置いたのち、部屋を出て行く。リンはが「ちぇ」といいながらマットレスから降りて、後に続くのを見守った。
そこでふと、は部屋を出る前に手招きをする。リンが自然と身を屈めると、声を潜めて彼は言った。
「二人部屋じゃなくて残念」
「───、」
理性が吹き飛びそうになった。推しであり恋人の破壊力が凄まじい。
リンは口から心臓が出そうになるのを堪えるため、しばらく息を止めることになった。
調査に来て二日が経つと、行方不明者が現れたことによりナルは警戒心を更に強めた。霊能者やにも、けして一人にはならず、日没後はなるべく出歩くことはないように注意を呼び掛けた。にもかかわらず、皆と夕食に出たはずのはリンがいるベースに、たった一人で戻って来た。
リンは思わず席を立って、の肩を掴む。
「なぜ一人で来たんですかっ?」
今ここにいる時点で何も起こらなかったのはわかっていても、この姿がもし現れなかったらと思うと、気が気ではなかった。
「少しの距離だったから。みんなも疲れてるみたいだし」
「それでも、誰かを待って一緒に戻ってくるか……私を呼んでください」
「え~? ふふ」
は、思わずといったように笑った。
心配で仕方がないリンはそんな彼の態度には気を揉むが、世界一可愛いことに免じて全部許す。
「でもリンさんも一人じゃん」
「私は一人でも平気です」
「そうだろうけどさあ。ほかの人は?」
「ナルは大橋さんのところ、安原さんは五十嵐教授のところです」
が何をしていても許せるリンだったけれど、やはり焦燥にかられた。
危機感がないわけではないはずなのに、時々迂闊なにどうしたものかと思う。もし彼が行方不明にでもなれば、戻ってきてくれなかったら、リンは……。
「───そういえばさ、リンさんて、林興徐っていうんだね」
リンが不安によって沈黙していると、は話題を変えた。
いったいなぜそんなことをわざわざ聞かれるのだかわからないリンは、ぎこちなく頷く。
「それで、香港出身で?」
フルネームも香港出身であることも、この洋館に来た時に初めて人前で口にした覚えはあった。それをは「知らなかったから」と言って苦笑する。
そういえば、リンは推しに出会う前まで日本という国も、日本人という人種も嫌いだった。自身が中国人だと言うことで日本人からされる興味本位の質問や、思惑を孕んだ態度も嫌だったので、あえて自分が日本人ではないことを口にもしない。───が、今目の前に居るのはその概念を覆した推しで、恋人。嫌悪感は全くなく、ただ平淡に言った。
「言っていませんでしたね」
「……俺、リンさんは日本人が嫌いだと思っていた」
「! どこで、それを?」
「説明が難しいな……会う前から知ってたというか」
は非常に言い辛そうだったが、結局事情を話した。
彼には未来のようなものを予知する力があると。だから、ジーンの遺体が沈められた場所も知っていた。本来ならこれより先の未来で見つけるはずだったのを、ナルに伝えて早く発見させたのはその予知能力のおかげらしい。
「それでは私が日本人を嫌いだと言った……言うのですか? あなたに?」
「まあ、そういうことになるかな」
「あり得ない……」
リンはを一目見た瞬間から愛したと言っても過言ではないので、推しに対して日本人が嫌いだなんて言うはずがないし、推しと同じ人種への嫌悪感などもうない。他人という存在への興味のなさはともかくとして、むしろ日本人というだけで、推しと同じ人種という好意ポイントが発生するくらい、リンは推しに狂ってるのに。
「そもそも、俺の見た未来では、俺達付き合ってないからな」
「え」
のその発言を受け、リンはものすごいショックを受けた。
確かにリンは推しと付き合えるなんて思っても見なかったけれど、今となってはその事実がなくなってしまえばもう人生になんの楽しみも見出だせないわけで。
の記憶の中の自分が憐れで仕方がなかった。生きてて楽しいとか思ったことなさそう……。
「嫌いって言われたくないから、聞くつもりはなかったけどさ」
は少し拗ねたように、唇を尖らせた。
「───恋人の名前はちゃんと教えてもらって、呼びたかったのに……」
「ワ゜……」
リンはKAWAIIの衝撃波を受けて、小さな悲鳴を上げた。
「あの名前、発音も本当は違うんでしょ?」
「……、そうですね」
本来下の名前を呼ぶのはとても親しい間柄であるが、はその親しい間柄なので問題は無い。そしてリン自身もそう呼んでもらえるのは確かに嬉しい。───が、やはり心臓が持つかどうかが問題だ。多分無理、死んじゃうかも。
ただでさえ恋人になってから、明らかに脈拍が増えていて寿命が縮まっている気がするのに。嫌だ、末永く一緒にいるんだ。
「名前も、言葉も、いろんな事リンさんに教えてほしい」
「───……」
のハニカミを見て、リンの残りの寿命がジュッと焼ききれそうになった。しかしその時丁度、ベースのドアが開き皆がぞろぞろと帰って来た為に命拾いをした。
同時に、名前を呼んでもらえる機会は失っていた。
考えてみればは、リンが名前も出身も住んでいる所も明かしていないのに、そのまま受け入れてくれた。予知でリンのことを知っていたからこそ聞かなかったのかもしれないが、その心の広さに甘えてリンは自分のことを何も言わなかったことを後悔する。
だから仕事が終わったらゆっくり話す時間を作ろうと、二人で約束した。リン個人のこともそうだし、の予知能力についてもそうだった。
ところが、仕事が終わるどころの話ではなくなった。が行方不明となったからだ。
現場から撤収する間際、同じ部屋にいたのに、ほんの一瞬背を向けた途端の出来事である。
「リン───」
不自然に声が途切れたと思って振り向いた時、のもっていたであろう鞄が急に落ちた。そこに、本人の姿だけがない。
「───?……!?」
慌てて名を呼び部屋の中と廊下を確認するが、はどこからも現れないし、返事もない。
リンのそんな様子に気づいたのか、洗面所へ行っていたナルが部屋に戻ってきて、眉を顰めた。
一目での不在に気付き、リンを責めるような気配に変わった。しかし背を向けていた瞬間に消えてしまうなど、誰が予想できよう。
事情を話すと、ナルも重苦しい雰囲気で押し黙った。
*
この仕事が終わったら色々と話そう、と───リンと約束をしたのが死亡フラグというやつなのか。
は"予知せぬ"状況に陥っていた。
今回依頼でやってきた洋館では、の記憶では最後の最後に真砂子が攫われるはずだった。それも、麻衣と少し諍いが起きた後に一人になった状況で。
だけど麻衣はであって、男だ。真砂子とは別行動だし、原因であるナルへの甘酸っぱい感情などを、が刺激することはない。なので大丈夫だろうと高を括っていた。
でもこの洋館に棲み続ける化物、浦戸が獲物を求めて行動する機会は変えられなかったらしい。
そこでたまたま運悪く、にその機会が滑り込んできたならば致し方ない。
でも、リンがすぐ近くにいたと言うのに───自分を責めていないといいが。
化物の根城につれてこられ、自分がいつ殺されるともわからない状態なのに不思議と他人のことを心配するのは底抜けに能天気なのか、防衛本能なのか、は自分でもよくわからなかった。
ただ、自分の中にある記憶によれば全員が助かる、という自負があったのかもしれない。
「っ!」
程なくして、助けは来た。
リンはかなり焦っているようで、人前にも限らずの下の名前を呼ぶ。そう呼ばれるようになってさほど日は経っていないが、仕事中は「谷山さん」という呼び方だったはずだ。
「リンさ……よかった、すぐ気づいてくれて」
「怪我は? なにもされていませんか?」
「大丈夫」
「すぐにここを出るぞ、走れ」
リンがの腕を掴んで立たせるのを、ナルは急かしながらドアのところで待つ。
結局はリンにほぼ担がれる形で連れ出された。
「お、おろして! 自分で走れる!」
はリンに負担がかかるだろうと身体を揺さぶったが、リンはそれを無視した。というか、口をきく余裕はないようで、を支える腕の力を強めた事を返事にした。
リンはとうとう屋敷の外に出るまでを放すことはなかった。
いや、外に出てなお、そうだった。
裏庭のようなところに這い出て、皆が疲労と安堵から芝生の上で座っているのと同様にリンもそうした。その両脚の間にはいて、腰に手が回っている。
正直、今は人前での距離感などどうでもよくなっていた。リンの身体が近くにあることが安心で、半ば抱き着くようによりかかった。
「無事でようおました……」
「ンとにもー、よかったけどよう」
「なんで最後の最後でこんなことになったんだか」
ジョン、滝川、綾子がようやく息を整えながらを見る。
彼らはリンにひっついてるの姿を見ても、指摘しない。おそらく腰が抜けているとでも思っているのだろう。リンがを放さないのも、気を使ってのことだとか。
「浦戸もかなり見境が無くなっていたようだな」
「リンさんが傍にいたのに攫われるなんて……」
ナルと真砂子が続いてぼやくように言うと、リンは少し息を詰める。
今回のことは、誰もリンを責めるつもりはなかったが、やはりリンはの一番傍にいながら守れなかった為思うことはあったのだろう。
「目をはなして申し訳ありません」
「や、リンさんのせいじゃないでしょ」
「でも……」
「───そろそろ日が出てきた。中に戻っても良いだろう」
リンが萎れているのはにしかわかっていないが、小声でそんなやりとりをしているのをナルは無視して立ち上がった。
だがその時ふいに、ナルから何かが落ちる。それは綾子に拾われたが、ナルの物ではなくての所持品だと言い当てられてしまう。
おまけにまどかが「そんなに心配だったのね」と意味深いことをいうものだから、揶揄うネタを見つけたとばかりに綾子や滝川がにぎわい始めた。
もリンも私物を持っていた理由を知っていたので、特にコメントをすることなく最後尾を並んで歩いてついてく。
「心配と言えば、リンさんもかなり動揺なさってましたもんね」
ふいに、安原がそう言いながら振り返ったとき、は自然とリンの手を放した。
家を出れば浦戸は手出しできないのだし、いつまでもリンの手を掴んでいては、皆に驚かれてしまう。そんな思いからだった。
リンも二人の関係を今曝け出す気はないと、理解してくれるだろう。
「リンさんの目の前で消えたからねえ」
「ええ……」
が自然に見えるように会話を繋げると、リンは言葉少なに応じた。
「そういやリン、お前いつの間にのこと下の名前で呼んでたんだ?」
「「……」」
滝川はふと思い出したかのように、投げかける。
リンはと再会した時、否、姿を消した時から人前でも下の名前を呼んでいたらしい。人の名前を呼ぶくらい普通は取り立てることもないおかしはずだが、リンの普段の様子からすると異様な光景にも見えたようだ。
どう取り繕うか迷ったが、は麻衣の時に培った愛嬌で、その場を押し切った。
「俺とリンさんは仲良しだモン♡ ね?」
「はい」
リンが流れるように肯定したこともあって、皆からは「仲良しィ~!?」「リン、さては弱味を握られたんだな?」と散々な言われようだった。
確かに弱味は握ったかもしれない。惚れた弱味だ。
*
「今晩は、一緒にいて……?」
リンは推しの誘惑に一秒もかからず屈した。
長野から東京へと戻り、をアパートの前に下ろした後、会いたいと連絡がきていた。
送り届けたときはナルがいた手前何もせず別れたが、リンも改めて連絡をしようと思っていたので丁度良かった。
そして二人は合流して、はリンに会うなり甘えるように身を寄せて、先ほどの発言をした。
リンはの十二歳も年上で、相手はまだ十六歳。だから節度を持った交際をしようと心に決めていた。なお、恋人にならないという選択肢はない。
キスは最初にした時だけ、堪え切れずにたくさんしてしまったが、それ以外の時は鋼の精神で耐えている。たまにに不意打ちで唇を奪われることもあるが、頑張って頑張って、とにかく頑張って、リンからの唇に触れたりはしないようにしている。
───それなのに、リンは今、と二人でホテルの一室にいた。
普段リンとナルが泊っているホテルとは違うが、似たようなニュアンスの、いわゆるシティホテルだ。ビジネスホテルでは味気ないし、ラブホテルはリンの情緒的に無理である。そして本当ならば恋人兼推しは最高のラグジュアリーホテルに連れて行きたいところだけれど、当日都内でとれる部屋は限られていた。
「おっ、結構部屋ひろーい」
は明るくはしゃいでいるようにも見えるが、今日あったことを考えると、やはり空元気なのだと思う。それはそうとして、ベッドの前に立つ推しの姿に、リンは理性の糸を固く結び直した。
ベッドが二つあって、別々に寝るようになっているのが唯一の救いだ。
それに、愛しい人がリンの世界から消え失せるところだったかもしれない恐怖に耐えるより、手を出したらいけないと耐える方が良い。
いくら恋人が世界で一番可愛くても、雰囲気が甘くしっぽりしても、上目遣いに見つめてきても、絶対絶対───っ、
「どうしようか。お風呂、一緒に入ろっか?」
「入りません」
どぎゅぅ、と心臓がものすごい勢いで締め上げられていたけれど、外側だけは平静を保って断った。
脳裏には、推しの輝くような肌が過ぎる。見たことがないので100%妄想だ。
麻衣たゃ時代は健康的な素足を出していたが、それすらあまり直視できなかったのに、湯けむりの中に現れる推しの一糸纏わぬ姿という過剰なファンサは、おそらくいともたやすくリンの理性を崩壊させるに違いない。
「わはは、まあ二人で入るにはちょっと狭いか」などとは言っているが本当にその通りで、ホテルの一室に備え付けられた浴室は狭い。上階に共同の大浴場がある為、この程度で十分なのだろう。
もしこの浴槽に二人で入る場合、間違いなくリンの脚の上や間にが座る形になる。そしたらリンは多分、手を出す前に出血多量か血圧上昇、または心臓破裂などで取り敢えず死ぬ。
何なら今、身体中に巡っている血管がはち切れそうである。
そこでふと、大浴場を勧めるかを考えた。しかし誰にも彼の裸を見て欲しくないのと、なるべく離れたくないのとで口を噤んだ。
「食事はルームサービス、テレビで映画が観れる……おこもりには最適だね」
「そうですね。食事は外に出ても構いませんが」
「んーん、人がいっぱいいるところはちょっと」
部屋の中を一通り見て回ったは、ベッドの横のソファに座って隣を撫でた。
「人が多いところが嫌ですか? その方がむしろ───、」
リンに隣に座るように促していると思ったので腰掛けた。すると、の頭がリンの肩にぽすっとぶつけられる。
思わず身体を強張らせたが、なんとか落ち着きを取り戻して、の背に手を回した。
緊張が解けて、甘えて来てくれたのなら嬉しいからだ。
リンにとっても、今はがすぐ触れられる位置にいるというのは、安心できることでもある。
「他に人がいるとさ、リンさんとこういうことできないじゃん?」
「……っ、……っ」
消え入りそうな声で、リンは肯定した。多幸感で顔面が溶けそうなのを留めるので精一杯だ。
そうしている間にもはすり、と頭をこすりつけてきて、リンの身体に腕を回す。ぎゅぅぅとまた心臓が捻り上げられるような気持ちでいると、の手が、リンの胸に這い上がって来た。
「っま、……、……」
「もっと」
「え?」
さすがに心臓の音までは誤魔化しきれないと思って、手を取ろうとした。ところがはそんなリンの動揺や葛藤など知らずに、目を細めて笑う。
「もっと、俺のことでいっぱいになって」
誘うように尖らせた唇が、つんっとリンの唇を突いた。
理性で閉じ込めた、本能の扉をノックするみたいに。
ふわりと、甘さと清涼感のある香りが鼻孔をくすぐる。だがそれはあっさりと離れていく。リンは無意識に追いかけて、今度はに覆いかぶさるように顔を覗き込んだ。
まるでリンを待っているように少し開かれた唇に、当然のように吸い付いてしまった。
「んぅ……」
塞いだ口の中でくぐもる甘い声。それはわざとリンを煽っているのか、が純粋に喜んでいるのかはわからない。けれど夜中にあった恐ろしい出来事を吹き飛ばすには十分な衝撃だった。
リンは更に深く、にのめり込んだ。
以前もカラオケの個室のソファで、夢中になってキスに耽ってしまったことがある。
思いが通じ合った感動と、初めてがリンにキスをしてくれた喜びで、リンはそのままに沈み込むようにして溺れた。
防犯カメラがあるとか、他人の歌が聞こえてくるとかはどうでもよくて。ただ目の前にある存在を、味わいたい一心だった。
今も同じように単純で、リンはと深く繋がる行為に夢中になっていた。
目を離してしまったこと、霊にみすみす攫わせてしまったこと、失うかもしれなかったことを思うと彼の存在を確かめずにはいられない。
以前と違うのは、ここが誰の邪魔も入らない静かなホテルの一室ということだ。の向こう側にはベッドまである。口付けながらも、常にその存在がリンの視界にちらついた。
ふいに、息継ぎのために唇が離れる。身じろぎをしたの脚がリンの腰を挟んで、ぐっと身体を引き寄せた。そして耳元で舌ったらずな声が、震えて囁く。
「このまま、最後までして……」
───最後まで、とは。
直接的な表現ではなかったが、日本語が母国語ではないリンでも察することはできる。
を、推しを、天使を、"最後まで"????
リンはその瞬間、のいう最後を飛び越え、本当の最後までを脳裏に描いた。つまり、と共に歩むであろう人生だ。
これから来る夏、秋、そして冬、また巡る春も。が高校を卒業しても、リンがイギリスに帰ることになっても、変わらず二人は一緒にいると想像できる。
英語も中国語もリンが教えるし、向こうで生活するのも支える。なんなら仕事などせずリンが養ったって良いが、彼はそれを良しとしないだろうから、頑張るを全力で応援しようと思う。
弱音を吐いてくれたらなお良い。
もしくは、が日本でしたいことがあるならリンは何としてでも日本に残ろう。
そうやって一緒に年老いて、おそらくリンが先に死ぬので看取ってもらえたらどれほど幸せなことか。そうだ、リンは死んだら谷山家の墓に入れてもらおう───。
そこまで飛躍したところで、硬直が解けた。
正確に言うと、動かなくなったリンのことをが揺さぶって我に返した。
「やっぱり、男とはいや?」
「まさか……!」
が自分を貶めるかのように言って目を反らすので、即座に否定をする。
男だなんて関係ない。はリンの鬱屈とした人生の中でやっと見つけたお姫様で、のことがすきすき大好き、やっぱ好き……。
リンがこれ以上をしないのには、理性と常識と、あとやっぱりものすごい葛藤があるからだ。その葛藤も、けして性別への嫌悪感などではない。
「恐ろしい思いをしたことを忘れるために、身体を重ねようとしていませんか」
「……、そ、れは、否定できないけど……でも俺は本当に、リンさんと深く繋がりたくて」
は一瞬ぎくりと身体をこわばらせたが、リンに言い募る。
「私も同じ気持ちです。だからこそ、それは今ではいけないと思います」
「どうして? 俺が、まだ十六歳だから?」
「年齢だけで言っているわけではありません」
とリンは改めて、ソファに座り直す。
繋いでいる手は熱く、少し汗ばんでいた。唇がやけに腫れぼったくみえて、黒目がいつもより大きく潤んでいる気さえする。こんな恋人を前にしてちゃんと立ち止まれた自分、えらい。そう思いながらリンは深く呼吸をし直した。
「これから先も一緒に人生を歩むのですから、始まりも大切にしたいと思っています」
「え、……あ?」
「今はまだは学生で、私も先のことは決めかねていますが、ゆくゆくは二人の未来を決めましょう」
「うん」
「そうしたら、私にのすべてを許していただけますか?」
「……は、はぃ」
「ここよりも広く、浴室も大きな部屋を探します。恐ろしい思いも、していない時の方が身体に負担がかからないでしょう」
リンはこれからの二人の人生設計として、“初めて”は結婚してから、と決めていた。と最後までする日は、特別なものにしたい。
こんなホテルで、こんな始まり方ではだめだ。きちんと準備するつもりなので、思うままに展望を話した。
は先ほどから短い返事しかしていなかったけど、徐々に確定されていく未来を想像したのか、顔をほのかに赤らめる。
「も、わかった、わかったから……」
とうとうはリンの口を手で遮ってまで発言を止めた。
少し前までのリンなら、アイドルの麻衣たゃこと推しのと、情欲的なことをするなど、恐れ多い気持ちの方が大きかった。キスしただけで際限なく欲が溢れ、制御できなくなる自分を後ろめたくも思った。
けれど、人生の最後までを考えた時、に触れないでいるのは勿体ない。むしろ今までの時間も、無為に過ごした気さえする。
何故ならは、リンの生まれてきた理由そのものなので。
「とにかく今日は、ゆっくり休んでください、……」
名前を呼びかけ、リンは彼の顎先を掬って初めて自分から口付けた。
理性が飛ぶような余裕のなさはなくなり、純粋で深い愛を持ってするキスはいつもよりの機微が見て取れた。推しを丁寧に観察できるの、最高───。
「はへ、へへ……初めてリンさんからちゅうしてくれたあ」
「……」
とはいえ、ふんにゃり笑うKAWAIIの権化は、リンの余裕をいつだって簡単に崩してしまうのであった。
end.
今作もおかしなリンさんが書けた気がしますっっ。ナイスゥ。(達成感)
リンさんは今までは軽率に結婚しよって脳内で言ってたけど、それだけでは飽き足らず、谷山家の墓に入るとこまで想像。図々し~。キャッキャッ。
他にも、結婚後の初夜予告をするリンさん、すけべだな。と思って書きました。
リンさんはさ、いつ、どこで、どんな風に抱くかを事前に説明したほうがいいと思うんです。調査中の精進潔斎のこともあるので、割とセックススケジュールを立てるでしょ。せやから、この調査が終わったら抱きます、とか予告するでしょ(言いがかり)
ともあれ、これにて後方腕組彼氏(未来の夫♡)面リンさんが爆誕しました。はぴばすでー!
Jan. 2026