Whisper. 02
気絶するようにして眠りに落ちたリンさんを、なんとかベッドまで運んだ俺は手を掴まれたのをいいことに、添い寝を決め込んだ。しばらくすると眠りはするけれど、さすがに夜中には目が覚めた。
リンさんは深い眠りに落ちたきりで、俺がベッドを這い出しても気づくことはなかった。よしよし。
今日のところはもう家に帰ろうかしら。
ナルに借りてるスペアキーもあることだし、戸締りをして出て行って、次のバイトの時に返せば良いか。と、枕元のスマホをとった瞬間、指先が画面に触れたようで光がつく。
「あ? 終電……」
思いの外寝てたようで、日付が変わりかけていた。
今すぐこの家を出て駅まで行ったとして、最終の電車に乗れるか逆算する。
というか、ここから家の最寄りまでの最終電車の時間も知らない。俺はベッドの端っこに座ったまま、路線アプリを開いたりと忙しなくスマホを操作した。
「───、……」
「え?」
するり、と俺の膝に何かが触れた。何かっていうか、手だ。リンさんの。
振り返るとリンさんは布団に埋もれている。起きているかはわからないが、まるで手探りするような仕草。指先がかすかに、俺を引き寄せようとしている。
さすがにリンさんの頭を光で照らすのは悪いから、耳を傾けるように顔を近づけた。起きてるのなら、何かを言うかと思って。でも、暗闇の中のそこは穏やかな寝息らしき音しかしない。
このまま振りほどいて、誰もいないと気づいたらリンさんの安眠は壊れてしまうのだろうか。起きて、俺の姿を探しに来るのだろうか。
それはちょっと、見たいような気がする。
でも俺が一番見たいと思ったのは、朝目が覚めて俺を抱きしめていたと知った時のリンさんの方だ。
そう思ったので、眠れないまでも俺は再びリンさんの布団の中に潜り込むことにした。
朝を迎えると、リンさんは期待通り、目覚めて一番にぎょっと目を見開いた。故意ではあったが、腕の中に抱かれていた俺も少し照れ臭くなってはにかむ。
「おはよ、よく眠れた?」
「……は、…………」
はいと言いかけたのか、言いあぐねているのか。もしくは寝起きで声が出ないのか、リンさんはぎこちなく俺を解放して身体を起こす。
掛け布団を剥ぐと、先ほどまで籠っていた熱が逃げて行った。空気が入れ替わるのは良いことだが、Tシャツ一枚の状態で寝ていた俺は、腕や背中が一瞬にして冷やされる。
「うっ、さむ」
思わず声を上げると、リンさんははっとして俺の格好を見た。
それから、床に落ちている俺のカーディガンを拾ってきてくれる。受け取ったそれを羽織っていると、リンさんは床に膝をついて俺を見上げた。
「昨日は、申し訳ありませんでした」
「え、あ、ああ……」
一瞬何を謝られているのか、わからなくなった。俺は一回寝ると怒りとか、混乱とかがリセットされる質なので。
そう言えば昨日の俺達、一応喧嘩みたいなことになってたかも。でも仲直りしてから眠ったよね。その上で俺はリンさんに愛まで囁いたが、これは多分聞かれてはいないだろう。
ていうか、むしろ、俺の方が謝りそびれていた。
「───俺も、昨日は勝手なことをしてごめん。リンさんの気持ちも考えずに、距離を詰めすぎてた」
昨日、俺はリンさんの拒絶した時の言い方に怒ったけど、元はと言えば俺のやり方も悪かった。
体質も、俺への心情の変化も、リンさんの中で戸惑いがあったはずだ。
俺はそれを整理する間も与えなかった。例えるなら、強引に身体から落とそうとしたみたいな感じ。あまり誠実とは言えない。
だからリンさんが俺をあんな風に突っぱねたのも理解できる。
「私の気持ち……」
リンさんは俺の言葉を復唱した。それは自分に問いかけているようにも、俺に問いかけているようにも聞こえた。だから俺は勝手に主張を続けた。
「ずっと眠れなかったのに、急に俺となら眠れるなんて驚くだろうし、どうしたらいいかわからないかなって」
「……それは」
「あとは、いつまで日本にいるのかも、わかんないし?」
「───……」
リンさんは目を瞠った。口を噤み、何も言えないでいる。
事情があって日本の来た彼は、当初の予定ならとっくに帰っていたことだろう。それをナルの研究方針の変化によって延長されて、その期間はあいまいだ。もちろん俺が知らないだけで、具体的に期間を設定されているのかもしれない。けど、今言ってこないってことは、未定の可能性は高い。
「俺、やっぱりリンさんが眠れるなら、そうしてほしい。でもすぐにイギリスに帰ることになったら、俺としたことが逆にリンさんのことを苦しめるのかもしれない」
中途半端に眠り慣れた時、どうあがいても俺が手助けできない距離に行かれてしまったら……。それを思うと怖かった。
リンさんにどこまでもついて行く、とまでは、今の段階では言えないし。
「そうですね、私はそれを最も恐れました」
「……だよね」
「最上を知った時、元の場所……底辺になど戻れるはずがありません」
「うん」
リンさんはふと視線を落とした。
俺の膝と、そこにおかれた手を見ているようだ。
ふと、そんな俺の手に、リンさんの手が重ねられる。指先がたどたどしく絡まって、温い体温が馴染む。
どきどきと、胸が逸るのは当然のことで、顔を上げたリンさんと視線が合わさると、もっと胸が高鳴った。
「でも、もう遅いんです。私の深いところに、もう谷山さんはいるのですから」
「───そう、……そっか……んふ」
俺はだらしなく笑った。不謹慎かもしれないが、嬉しくて。リンさんが俺に心を許していると、認めてくれた。
手を掴み返して身を屈めた。そのまま床に跪いてたリンさんに、ぎゅっと抱き着く。
「そしたらもう、俺のこと突き放しちゃダメだよ……」
背中に回ってきた手の感触に、ほうと息を吐いた。
あれから、リンさんと俺はほとんど毎日一緒に眠る日々を過ごした。
極端に思えるかもしれないが、とにかく夜に眠る生活を重ねる必要があると考えたからだ。
調査が入るとこれが難しくなるから、その時もどうなるかを考えなければならない。
リンさんにとって睡眠は、肉体的か精神的になにか負荷があるのか。
そういうことを聞くのはまだできなくて、ていうかその辺はやっぱり医者にかかるべきなような気がする。
先に起きた俺はいつもこっそりリンさんの寝顔を見るのだが、何かに苛まれている感じはしない。
目の下には隈ができてて、顔色は悪いけど、これは睡眠不足が原因だしな。
俺は思いが募るあまり、深いため息を吐く。もう、めちゃくちゃ健康にしたるかんな……。
決意をした俺は、ベッドを抜け出してキッチンでお茶をいれる準備にとりかかる。
それからほんの数分後、お湯が沸かないうちに寝室のドアが開いた。姿まではキッチンから見えないが、移動して洗面所から物音がし始める。
リンさんはどうやら、俺がベッドを出たら目が覚めるみたい。これは何となく、二週間弱で気づいた。
つまり、リンさんを寝かすには俺も寝てないといけない。きっと俺の方が先に健康になってしまうな、フフ。
「なにか?」
俺が笑っていたからか、いつのまにか隣に立っていたリンさんが首を傾げた。
なんでもないと言いながら、ティーポットに湯を注ぐ。
透明の耐熱ガラスのポットの中に葉が揺れて、茶の色が滲み出す光景を少しだけ眺めた。
そうしているうちにリンさんが、ティーポットと同じデザインのカップを二客出した。
俺はまた笑いそうなるのを、今度は堪えた。最近揃いで買ったばかりのティーセットにニヤけるのは、さすがに浮かれすぎだと思ったからだ。
「そだ、俺今日送別会があって、夜遅くなるんだわ」
「そうですか」
ソファに座りながらお茶を飲むついでに、思い出した本日の予定を告げる。
普段はいちいち言わないのだが、この場合は睡眠に関わってくるからな。
「終わる時間を連絡いただければ、迎えに行きます」
「えっ」
思ってなかったリンさんの反応に俺は驚いた。
本当なら、自分のうちに帰るつもりでいたのだが。
「迎えはいらないよ。仕事じゃないんだから」
「場所は都内でしょう? その程度の移動ならナルも目くじら立てることはありませんよ」
なんか、一人で寝れるか試してみなー、と言えなくなってきた。
「谷山さんはアルコールが入ると迂闊になるので、帰る時は必ず連絡をください」
「なんだとう」
最終的に、一人で歩くことも許されなくなってた。
送別会という名の飲み会は盛況のうちに終わった。
会計後に店の外に出て二次会どうするかとガヤついてる間に、俺はリンさんに念の為メッセージを送る。店の場所はすでに聞き出されていたので、飲み会が終わったことだけ。しかし案の定、これから帰ると言う俺に対し、リンさんは迎えにくるのを譲らなかった。
「ゔんん……」
「どした? 谷山サン、二次会行かないですか?」
「あ、ヤンさん」
迎えに行くと言い切ったリンさんを待つしかなくなった俺に、送別会の主役である留学生のヤンさんが気づいた。
中国出身というだけで、俺は何となく彼に親しみを抱いている。
リンさんとは違って、中国のあれこれを自分から話してくれるのでよく絡むようになった。まあ、リンさんは長いことイギリスに住んでいたみたいだし、ヤンさんを参考にはできないんだろうけれど。
「えっ、谷山サンのタイタイくる? 会いたいです!」
これからお迎えが来ることをヤンさんに話すと、謎の単語が飛び出した。中国語であろうことはわかるんだが、意味はさっぱりわからない。親だと思われてるのかな。
「タイタイ……ではないと思うけど」
「そうなの? 一緒に住んでますね?」
迎えに来るイコール同居人になるのは仕方がない。実質同居しているようなものだし、どう説明するかを言い淀む。居候ってことにしとくか?
「でも親とか家族ではなくて、ええと」
「まだなんですね」
「え、待って、マジでタイタイってなに?」
やっとタイタイの意味を聞くに至れた。今までも、知らない言葉が出るたびに聞くのでは話が進まないことが多かったのでニュアンスで話してたことが多かったのだが、さすがにこれは聞かずにおれない。
しかしヤンさんはこの後丁度、人に呼ばれてそちらに行ってしまう。
「谷山さん」
「あ、リンさん」
そうこうしているうちに、リンさんがいつのまにか俺の背後に立っていた。ここらに駐車場があるとは思えず、路駐してきたのなら、早いところ撤収せねばと思う。
改めて俺はヤンさんに挨拶しに、ちょっと強引に人の輪の中に入った。
「ヤンさん、俺帰るから。元気でねっ」
「はい、谷山サン! あ、未来のタイタイはドコですかっ?」
「あわせねーよ、おやすみ!」
ヤンさんと俺の誤解は解けそうにないので、俺はリンさんのことは紹介せずに勢いだけで別れを済ませた。
別に今生の別れというわけでもないので、こんな感じで十分だ。
そしてやっとこさ人混みから抜け出すと、人に紛れて気配を消していたらしいリンさんが俺のところに戻ってくる。口元を押さえて、ちょっと目を逸らしながら。
「か、……かえろっか」
「はい………………」
酔っ払いの声はデカい。リンさんには俺とヤンさんの会話が聞こえていただろう。なおかつ、タイタイの意味はリンさんならわかるだろう。しかし何も言ってこないということは、教えるのが憚れる言葉なのかもしれない。
その後、俺たちは会話少なくリンさんの部屋にたどり着く。
いつものことなのでシャワーをかりて、備え置いてる自分のスウェットに着替えてからソファで寛いだ。
入れ違いにリンさんがシャワーを浴びているので、俺はスマートフォンでタイタイというワードを検索した。
───【太太(Tàitài)】
───男性の配偶者。既婚女性を示す言葉。妻。
この結果を目にした瞬間、頭を抱えた。
タイタイとは、つまり奥さんだ。あの時どうして俺はこれを察することが出来なかったのか。
学生という立場上、無意識に結婚については除外してたとして、彼女とか恋人を連想する言葉に近いことくらいは、気づけてもよかったはずだ。
リンさんの気まずそうな沈黙を思うと、いたたまれない。
でも、教えてくれてもよくないか。俺が全然中国語を知らないことをわかってるはずなんだから。
俺はこの日、初めて先にベッドに潜り込んで、背を向けてリンさんを待った。
後から寝室にやってきたリンさんは、躊躇いがちに掛け布団をめくる。
だけど何も声をかけてくることはなく、静かに横になった。俺がもう寝ていると思っているのかも。
どうせちょっとしたポーズだったので、本当に不貞腐れてるわけではない。かと言って振り返って話すこともないので、もうこのまま寝ちゃおうと思った。
身体の力を抜こうとしたその時、身体にするりと腕が回される。
「───、」
思わず息を詰めたせいで、きっと起きてることは丸わかりだ。
観念して首から振り返ると、背中に少しリンさんの肩が刺さった。
見えないけど、多分顔が近くにあるのはわかった。
「……ねえ俺、酒くさくない? もしくはニンニクとか。歯磨きはしたんだけど……」
「いえ、匂いは別にしませんが」
「ほんとー……?」
こういう時、しょうもないことが気になる。でもこれはすごく大事なことだと思う。
特に飲み会の後は、匂うのが当たり前みたいなとこがあるし。
「本当は今日、別々に寝るつもりだったんだよ」
俺は身体にまわっているリンさんの手に、自分の手を這わす。互いに布団の中で手探りして指先を絡めた。
「そうだったんですか」
「でもリンさんがあまりに当然のように、一緒に寝る気だったから……ついここに帰って来てしまった」
笑うと揺れた身体がリンさんまで響く。なんならベッドまで。リンさんも少し笑ったみたいな振動が返ってきた。
「太太を一人で寝かせるわけにはいかないしな」
言いながら、リンさんに身体ごと向き合う。リンさんは少し驚いたみたいに息を吸い込んだ。俺が振り返ったことではなく、太太の使い方にだろう。
「───……、意味を知ってて使っていたんですか?」
「さっき調べた」
ほとんど何も見えないが、これだけ密着していればどこに何があるかは大体分かる。リンさんの、たじろぐような気配もだ。
「ヤンさんも飛躍しすぎだよねえ、俺に奥さんがいるかっての」
「たしかに、普通は思いません……」
「まあ、毎日一緒に寝てるんだし、似たようなものかもしれないけど」
俺は手をごそごそと布団から出して、リンさんの顔に触れながら話した。
輪郭に頬、顎先から唇の下の窪みを探り当て、親指で擦るとリンさんの呼吸が少しずつ深くなっていくのが分かった。こういうところで、俺自身の効果というものを実感する。
リンさんはほんと、俺がいると良く眠るわ。
意識がとろついているせいでリンさんが口をきかなくなったのをいいことに、指を上に移動させて、リンさんの下唇を左右になぞった。肌触りは少し硬く、皮が浮きそうになっていた。
今度はそこを唇で撫でると、案の定ちくりとひっかかる。
「くちびる、荒れてる。起きたら、リップ塗ろーな」
そう言い聞かせて頭をぎゅっと抱き直すと、リンさんはこてりと身体から力を抜いて眠りに落ちた。俺も徐々に引き込まれるようにして、意識が薄れていった。
翌朝、俺とリンさんはいつもの順番で起きた後、一緒に外へ出た。
俺は大学の講義は休みだったけど家に帰る為、リンさんはオフィスへ向かうため、マンションを出た後は別々の方向へと向かう。
家では片づけをしようと思った。
度々荷物の持ち出しはしていたけど、随分と久々に家に来たような気がする。他人の家みたい、または生活感がないと感じられる。
二ヵ月近くもリンさんの部屋で寝起きしていれば、そうもなるか。ベッドなんて、季節感が違うもん。
俺は薄くて硬いマットレスのベッドに座って、背中を預ける。ここで包まれる匂いにすら違いを感じた。
身体を起こしてから、気合を入れて家の掃除をした。他人の家みたいなよそよそしさは、手をかけることで愛着を取り戻す。だとしても、俺は再び荷物を持って家を出るのだ。
この部屋にかける家賃や光熱費が無意味でも───それが、愛にのめり込む故だと分かっているから。
「入っていい?」
昼過ぎにやってきたオフィスの、リンさんがこもっている資料室のドアのところから問いかける。顔をのぞかせると、衝立の向こうにパソコンが見えてた。それと同時に俺に気づいたリンさんがすっと立ち上がる。
背が高いので、そうすればすぐに姿が見えるってわけだ。
会釈のような肯定に導かれるように室内に入り、後ろ手にドアを閉める。さっきナルに「旅行にでも行くのか?」と怪訝そうな顔をされた荷物を、適当なところに下ろして奥へと足を進めた。
「思っていたより早かったんですね」
「うん、たいして郵便物も溜まっていなかったしね」
家の片づけをしないと、と言っておいたのでリンさんはもっと俺が遅く来ると思っていたらしい。
それから俺がさっき放り出した荷物を一瞥して首を傾げる。
「それだけですか?」
「これで当分は持つよ。リンさんの部屋からランドリーも近いし、洗って着ればいい」
「……」
かさばる服なんか持ってないし、生活用品はリンさんの部屋に揃ってて、勉強道具は既に持ち込み済みであることを考えると、俺の新しく必要になる荷物はこのくらいで問題は無い。
うん、と再び納得して自分に言い聞かせていると、リンさんが沈黙してその様子を見守っていた。
「……あの家を引き払わないのなら、私が家賃を払うことも考えています」
「え!?!?」
そして齎されたリンさんの発言に、俺は自分でもびっくりするくらい大きい声が出た。慌てて口を押える。
反射的に驚いたけど、リンさんが言ったことを理解するのに少し時間がかかった。
文脈からして俺が自分の家を引き払うと思っている、またはそう勧めているみたいだけれど、家賃を支払うってなんでだ。
「ほとんど私の部屋で生活ができています」
リンさんは口にしなかった俺の疑問に、見事に答えた。
「それは、そうだけど……だからといって、リンさんが俺の家の家賃を払うのは」
「不思議な事ではないと思いますが」
「───……うーん?」
「経済的に余裕はあります。それに、私の為でもあります」
「それって俺が四六時中、リンさんの部屋で生活することになるけど……」
「むしろ眠るときだけ部屋に招いてる方が不誠実ではありませんか?」
「そう、……だね」
自分で言いながら、今までの行動の方がおかしいことに気づいた。
だって、俺たちは一緒に眠る“だけ”の関係ではない。
とはいえ、俺は大学やらバイト先やらで外にいる時間の方が多く、家というものは寝に帰るものってだけなので、仮にリンさんの家に居を移したとしてもさほど状態は変わらないだろう。
いや、リンさんと一緒に住むなら家に帰るけど。でもリンさんも大概、家には寝に帰るだけ族だし……。
「う、でもまって、さすがにリンさんの部屋に住むのは……だってSPRが借りてる部屋だろ?」
二ヵ月弱、毎日のように部屋で寝ていた俺が言います。
リンさんは上記の言葉を声に出さず目線だけで訴えます。……負けました。
だからって自分の家を引き払う勇気はすぐには持てないので、とりあえず保留にして、少し意識的に一緒の部屋で過ごしてみよう、ということになった。あと俺の部屋の家賃は折半になった。
「……俺、リンさんに逆らえなくなってる気がする……」
「まさか、十分言うことを聞いてませんよ」
「なんか怒ってない?」
「怒っていません」
「うそだ」
俺はパソコン画面に向き合ってしまったリンさんに、圧し掛かりながら腕を回した。
この程度の重みでつぶれたりはしないが、もしかしたら寝るかも───……そんなことを考えた俺を見透かすように、リンさんが振り返る。
「いつだって主導権はあなたにあります」
「えー?」
「そうされると、私は逆らえません」
「眠気に?」
「───好意に」
ふっと笑いがこみあげてきた。
頭をすりっと寄せて、こめかみに鼻先を埋める。好意と素直に言ってくれた彼に対し、俺も愛情表現を返した。
リンさんの耳たぶがほんのりと赤い。そして首筋からはどこか甘いにおいがする。
俺のまとわりつく腕を撫でたリンさんにつられ、手が繋がった。
「今までは体調が思わしくありませんでしたが、そろそろ眠る以外の時間も、私たちには必要だと思います」
「うん、そうだね」
確かに俺たちは一緒に眠ることで関係が定まって、距離が縮まったと思っていたけれど、起きている時間も大切にしなければ。
「ですから……」
同意した俺をチラと見たリンさんは耳たぶから頬まで赤く染め、いっそ顔や首までほんのりと色を変えながら言葉を続けた。
「愛しているというのも、キスも、起きている時に……」
───意識、あったのか!
end.
私がリンさん夢を書くと割とおかしなリンさんに仕上がるんですが、今作は比較的おとなしい方だと思います。
押せ押せリンさんって書いてて楽しいけど、押されるリンさんも可愛いなって……。
Jan. 2026