I am.


DADDY - Red Eyes 30

東京に戻ってきて二日程経つと、ナルはかなり回復したようだった。これも全て俺の涙のおかげだろう。
不死鳥の涙には癒しの力があるというのは、人にまで知れ渡る程有名な話。だから身体の内側がダメージを負っていたナルには、涙を体内に含ませたというわけだ。過去にもナルには俺の涙を与えているが、正直二度も不死鳥の涙を飲む奴はどこにもいないだろう。

それはさておき。回復したと思ったら元気にオフィスに出かけて行ったナルを見送ったあと、俺は久々の里帰りを果たした。雛鳥のジーンをつれて。

「よくきたな、
「パパ、久しぶり」

領地に入るなり兄と娘が待ち構えていた。魔界なので本来の鳥の姿である。
順番に顔を摺り寄せて嘴で甘噛みした彼らは、次いで俺の背に乗ってる雛を見る。
「ふうん、の魔力と……やっぱり僕の魔力を感じる」
「兄貴の? まあそうだろう。あとはナルの魔力も与えてるし」
「ああ、片割れの」
兄は真っ先に魔力を感じ取り、しげしげと雛の身体を見回した。
一方で娘は雛の小ささが面白いようで、嘴で突いて俺の背中で転がしている。
「あたしがお姉ちゃまのアンリエッタよ、よろしくユージン」
この場合名前を呼んでやり、呼び名を教えるというのは、歓迎や身内として認めることを意味していた。彼女の心は兄よりよっぽど温かい。知ってたけどな。


今日ジーンを連れてきたのは、一度会っておきたいと言われていたからだ。
これは娘だけに限らず兄も求めたことで、不死鳥の一族に加わる儀式を行うためでもあった。
以前は誰にも認められてない子だったので俺の魔族としての名を分けていたけれど、今回は違う。兄が正式に諱を与えて寿ぐことで、ジーンには最も強い守りが与えられることになるのだ。

儀式の台座にジーンを置いて、兄が前に立つ。
俺と娘も立ち合い見ていると、兄の緋色の眼が細められ、小さな雛を見つめた。それからピィ───……と音高く鳴いて、儀式の始まりの合図をした。
俺と娘も同調するように鳴き、魔力を周囲に充満させる。
連なる系譜の魔力を満たすことで、儀式をよりあらたかなものへと押し上げるらしい。

兄が魔力を練り込んだ名を紡ぐと、それがジーンの上に降り注いだ。
元より俺以外、ナルの魔力を食むことがあったジーンだったけれど、これが初めて与えられる他者の魔力だろう。
不死鳥は皆こうして一族の長に名を与えられる時に、初めて親以外の魔力を感じる。そうすることで今後は親だけではなく周囲の魔力にも順応していき、自分自身で循環できるようになるのだが、それは余談である。

ジーンは小さな嘴をぱくぱく、と動かした。与えられる魔力に溺れて喘ぐような必死さがあったけれど、始めはそうなってしまうのも仕方がない。
少し時間がかかったが、周囲に立ち込めていた魔力が少しずつしぼんでいく時、ジーンだけが強い魔力を漂わせていた。
それはぼうっと緋い炎となって滲みだし、ジーン自身の姿を燃す。死ぬときは己の炎で燃えるのが理想とされている不死鳥だが、こうして身に纏わせることもおかしなことではない。単なる力の発露だろう……と、誰もが落ち着いてみていた。
だけど、

「ぁうー」

炎が消えたと思ったら、そこには赤ん坊が寝そべっていた。あどけない声を出す。
俺と同じ金髪に緋眼の持ち主だが、顔立ちは赤ん坊のころのジーン、そのまま。
さすがの兄もキョトンとした顔で俺を見る。立ち会ってた俺と娘もキョトン。
豆鉄砲を喰らった顔をした三羽の不死鳥がそこにはいた。




本来不死鳥は一族の長に名を寿いでもらった後、各段に魔力が強くなり、雛はすくすく育って成体になる。
それをナルには詳しく言うのを忘れていたけれど、帰ったら説明すればいいと思っていた。どうせすぐには変化がないし、さすがにナルを儀式の場へは連れていけないからだ。
でも、この場合はどうだろう。
俺は赤ん坊のジーンを抱えてすぐさま日本に戻った。
その足でナルのオフィスを訪ねると、リンやアルバイトの麻衣だけではない霊能者たちの顔もある。安原さんまでいたのは驚いたが、つい先日の調査にも呼ばれていたので、その関係だろうか。
みんなの視線を一身に浴びたが、肝心のナルの姿は見えず、勢いが削がれた俺はたじろぎながら挨拶をする。
「あ、こんにちは」
みんなも俺のとってつけたような挨拶に反射的に返事をした。
ひとまずその場にいたリンにナルの所在を尋ねるが、リンは視線をさまよわせながらナルは外に出ていると答えた。
俺がリンの方へ近づけば、周囲の視線も動くのを感じる。彼らは俺の突然の登場だけに驚いたのではなくて、きっと抱えている赤ん坊が気掛かりなのだ。

「まあ、気になるよな。はい、ごあいさつ」
「あ!」

俺はリンに逢いたかろう、とジーンの顔をリンに向けた。
手をとって上げさせると、ジーンはにぱっと笑う。その顔には、さすがのリンも驚きのあまり絶句している。
ナル、またはジーンと呼びたい唇を堪えるかのように震わせた。

「え、さんって子供がいたん……」
「どれどれ、生後半年くら、い……?」
「まあ、おかわいらし……」

俺がリンに対して赤ん坊を挨拶させたのを皮切りに、女性三人がわっと顔を見に来る。だがその言葉尻が徐々にしぼんでいき、リンとは似て非なる状況に陥った。
しかし俺は彼女たちに構わずジーンの手をまた振って挨拶をさせた。
「会えてうれしいって」
ジーンはきゃっきゃとはしゃいでいる。女性三人はなんとか持ち直して笑い返した。
そこへぼーさんとジョンと安原さんの男三人も控えめではありながら、俺の子供らしきものに興味があるようで近づいてきた。だがやはり微笑まし気だった顔がはっとして変わる。
「……やっぱりわかる?」
俺は思わず苦笑が零れた。
「わかるって、そりゃ、うん……まあ」
「そっくり、ですね、その、」
「俺に?」
「いやあ、………………渋谷さんに似すぎじゃありません?」
決定的な言葉を口にした安原さんに、全員が口を噤む。
しかし俺にしたらそこまで言いよどむ理由がよくわからない。ただ、血縁関係を想像するだけだろうに。

「わはは。そりゃ似もするよ。ナルの弟で、俺の甥だもん」

本来ナルとジーンの顔立ちは母親似で、色合いは俺似であって兄に似てるのは魔力という本質的な部分で目に見えない。だが周囲にとってはこう言った方が説明がつくだろう。
どうせ兄が彼らの前に姿を現すことはないので、兄も俺と同じ色合いでナルとジーンに顔立ちが似ているということにしておく。

「もしかして、また、ですか?」

リンは思わずポロリと出た言葉を、撤回するそぶりはなかった。俺は頷いて肯定する。
双子の生い立ちを知っているリンにとって、兄はとんでもなく無責任な男であろう。その通りなので否定しない。今回は犯してない罪だが、やっぱり巡り巡って兄のせいみたいなところはある。
「ねえ、また、ってなに?」
松崎さんが耳敏く、リンの言葉と俺の頷きについて指摘する。
俺はさっき、遠回しにナルとの関係を言ったようなものだが、確認の為リンを見る。
「みんなにはどこまで話していいんだっけ」
「先ほど、ナルの素性は明らかになったところですので、いかようにも」
「おおー。じゃあ俺がナルの叔父だっていうことも知ってたのか」
「いや、それは今初めて聞きました」
安原さんがすかさず訂正を差し込む。
どうやらナルはアメリカ出身で、八歳の時イギリス人のデイヴィス夫妻の養子になった元孤児である、とリンが説明したそうだ。
それ以前のことはリンの一存では話さなかったんだろう。
「そうか。俺はナルの実の父親の弟にあたる。アメリカにいたナルとジーンを……」
俺はそこでいったん言葉を切って周囲の表情を見る。
ナルのことを知っているということは、当然ジーンのことも知っているよな、という確認のためだ。俺の心配を感じ取ったら面々は小さく頷いた。
「ちょうどこのくらいの歳のころから七歳頃まで、俺が育てた」
改めて言い直すと、皆がごくりと喉を鳴らすのが分かった。

元々今日はナルの正体を詰めに来ていたらしい面々は、立ち話もなんだからと俺にソファに座るように促した。
彼らとは必要以上の接触をしてこなかったので、オフィスで談笑するなんて初めてだ。
ちなみにナルが外出したのは、彼らに自分がオリヴァー・デイヴィスであると言い当てられ、これ以上追及されるのを逃れるためだった。
否定はしなかったので肯定という意図になるのだが、皆はもっといっぱい話を聞きたかったらしい。ってわけでリンが代わりに説明していたところに、俺が赤ん坊抱えてやってきた。
なんて抜群のタイミングで来てしまったんだ。



思いがけずジーンを紹介することになったが、それでもよかった。
なにせ、ジーンが人の姿をとったということは、人と関わり合いになる為だと言っても良い。もともと不死鳥が人の機能を持つことは人としての在り方を知る為と言われているけれど、ジーンの場合は今言った通り。
リンには久しぶりに会えて、今まではずっと霊体でナルを通して見てきた人たちに自分を認識されて、きっと嬉しかったことだろう。
水の底から引き上げ、雛として俺とナルの魔力を食み、凍えや孤独感からは解放されたとしても、元来の人懐っこさからすればこうなるのもあり得ない話ではなかった。
兄や娘には正直わからない、というような顔をされたけれど、俺は心のどこかで赤ん坊になったジーンに安堵すらしていた。

「というわけなので、弟ができました」
「……は?……」

ナルは夕方、俺の連絡を受けて部屋にやってきて、赤ん坊のジーンを見るなり放心したような顔になった。
弟、と口ごもりながら渡された赤ん坊を自然と抱く。
「重たい……」
「雛に比べればな」
「本当に、赤ん坊に? 顔は……ジーンに似ている」
ナルが手の中の赤ん坊の重みを感じながら、やわやわと肌や肉の感じを確かめ、角度を変えながら凝視する様子に俺は思わず笑う。
似ている、じゃなくて本人なのだが、言いきらない当たりナルの慎重さが垣間見えた。
「ぁう」
「お、ナルって言ってるんじゃない」
「まさか」
ナルは否定しながら、ジーンの小さい足を軽く握って感触を確かめながら、小さいと呟いている。雛だったときとはまた違う感動があるだろう。
「前から気になってたんだが、以前の記憶はあるのか?」
ふいに、ナルは顔をあげて俺を見た。
「どうだろう。うっすらと引き継いでいるような気もするけどな」
ナルや俺に懐いてるのは魔力の関係だとしても、夢を通して麻衣を気にかけたり、人に関わりたがったり、リンににこにこ笑いかけてたのは以前のジーンの気配が感じられることだ。そういう性質ともとれるから、明確には言えないが。
「ジーンも兄から寿ぎを受けたから、"目覚めた"部分はあるんじゃない?」
「ああ、名を与えられたんだっけ」
ナルには儀式のことも話したので、それが記憶の引継ぎにも関係していると察したかもしれない。俺自身がそうだったかのように。
「それにしたって、どうして赤ん坊に? ……もう少し待てなかったのか?」
「早くみんなに会いたかったんだろう」
「……いや、……わかった」
独り言ちるように考えてたナルは、自分なりの考えをまとめたらしい。
俺の推察だけでは納得できなかったようだ。
ナルの口から放たれたのは、思ってもみなかった言葉だ。

「また叔父さんに育ててもらいたかったんだろう」
「え?」
「要は甘えてるんだ」

絶対、そう。
珍しく言い切るナルがどこか子供っぽく見えたと同時に、ジーンが本当にそんな理由で赤ん坊になった説得力が謎に増してきて、俺はプッと笑ってしまった。

それからしばらくして、ジーンは教えてもいないのに俺のことを「だでぃ」と呼ぶようになった。



...


ほぼほぼ書きたいことを書いたので実質これにて完結。
エピローグか小話を書けたら書きます。
行き当たりばったりのお話に付き合ってくださりありがとうございます。
Mar. 2026

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