I am.


Adamant. 01


高校に入学して初めてできた友達に誘われて、放課後に怪談をすることになった。
視聴覚室を無断で使って、暗くして、人数分のライトを灯す。
順番に怪談を話し、自分の話が終わったら光を消す。そして最後に人数をかぞえたら───いつのまにか増えている、かも。というイベントだ。
俺もいくつか怪談ネタは持ち合わせていたのでそれを披露して、最後はミチルさんが話し出す。
旧校舎の話をするね、と前置きをされて思い浮かべるのは、校庭を挟んだ向こうにある古い木造の校舎のこと。半壊状態で所々シートがかけられているから、壊れたのだか解体途中なのだか、不思議に思ってた。
「あれね、取り壊そうとしてあそこで工事がストップしちゃったのよ。───祟りで」
彼女は得意げに笑った。
旧校舎は今の校舎を建てたときに取り壊そうとしたが、作業員の病気や事故、機械の故障などが立て続けに起きて解体工事は中止になったらしい。
去年も体育館を立て直すために旧校舎にも手を出したそうだけど、またしても中止になった。なぜなら前と同じように事故が起こったから。
工事のトラックが暴走して授業中のグラウンドに突っ込んできて、生徒から死者がでたそうだ。
そのほかにも、ミチルさんの先輩が夜に旧校舎側の道を通った時妙な人影を見たともいう。
なるほど、イワク満載校舎ってわけか。中等部から内部進学で来てるっぽい彼女たちはまだ入学して間もないのに、それなりにこの学校のことに詳しい。

「……消すよ」
話し終えたミチルさんが、最後のライトの光を消した。
途端に視界が真っ暗になる。
外で降る雨の音や、身を寄せ合う少女たちの緊張や期待に満ちた息づかいが、やけに大きく聞こえた。
「───いち」
「にぃ……」
「さん」
「し……」
俺を含めて、全部で四人の声が続いていく。

「ご」

いるはずのない五番目の声に、少女たちから悲鳴があがった。
俺は誰かに抱き着かれて身動きが取れない。
上を下への大騒ぎの中、出入り口のところにあるはずのスイッチが押されて電気がついた。
視界が明るくなると、叫び声はぴたりと止む。俺たちはいっせいに安堵して、思い当たる場所を見た。
全身黒い衣服を身に着けた同い年くらいの少年が、スイッチに手をついたまま、視聴覚室の中を見ている。
「───い、今……「ご」って言ったのあなたですか?」
「そう……悪かった?」
ミチルさんは相手が人間だったことに拍子抜けと、安堵をしながら彼に話しかけた。
「なーんだあ!腰が抜けるかと思ったあ」
「それは失礼。明かりがついてないんで誰も居ないと思ったんだ。でも声がしたからつい」
段々とその会話が弾んでいくのは、少年の顔が良いからというのもありそうだ。
制服ではないところを見るに学生ではないのかと思えば、転校生かと問われて否定も肯定もしない。学年を聞かれたら今年で十七歳と年齢を返す。
のらりくらりと躱わしながら、いつのまにか怪談に参加することになってた『渋谷先輩』とやらは、美しい顔で笑みを作った。が、目が笑っていない。
「渋谷『さん』は、こんなところで何を?」
俺は彼より上手に、にっこり微笑み問いかける。
「ちょっと用事があって」
「でしたらそれをなさった方が良いですよ。わたしたちはもう帰らなければいけない時間ですし」
「えーっ!麻衣ちゃんったら、カタぁい!」
断りを入れると、途端に女の子たちから大ブーイングを食らった。
「気にしないでくださいね先輩」
「あ、用事ってなんですか?」
「あたしたちも手伝いまーす」
三人娘は寄ってたかって渋谷さんの肩を持つ。
オンナ同士の友情って案外儚いのかしら……。くすん。
心の中で涙を拭いて肩をすくめた。
「でも……もう遅い時間でしょう」
「そうだね。また怪談するときに混ぜてもらえるかな」
渋谷さんは俺を一瞥して、また不出来な愛想笑いを浮かべる。
どうやら彼も、帰りが遅くなるのは悪いとでも思ったようだ。それにしたって、そんなに怪談に参加したいか、普通。さては、相当なオカルトマニアだな。

女の子たちの目当ては彼とのコネクションだったわけで、夜も遅いしもう帰ろうと身を寄せ合って出て行く。そして、裕梨さんが廊下に出るなり俺の腕をとった。
「ね、すっごい美形じゃなかった?渋谷先輩」
「美形は美形だったけど……」
「あ、もしかして好みじゃない?よかったあ!」
言い渋っていると、恵子さんが嬉しそうに手を叩いた。
ライバルが減ってうれしいのね……。
俺としては気になるのはソコじゃないんだが。
「本当に生徒なのかな」
「生徒じゃなくてもいい!!!」
「あ、そう……」
ミチルさんの意気込みに、俺はとうとう言葉を失った。



朝になると昨夜の雨はすっかり止み、ハラハラと桜の花びらが散る道を一人で歩きながら登校した。
少し早い時間ということもあったし、解放感に身体を伸ばす。
校門をくぐるとまだ登校してくる生徒の姿は見かけない。校庭はがらんとしていて、朝練をしている部活とかもないようだ。
「ん?」
校庭の向こうにある旧校舎の、窓がキラっと光った。
気にするほどのことではないはずなのに、昨日の話を聞いたせいなのか、妙に惹かれる思いで旧校舎の昇降口まで歩いて来た。
「───カメラ?」
玄関ドアの煤に汚れたガラス越しに中をのぞくと、仰々しい機械が置かれている。
思わず昇降口のドアを開けて中に入る。
一般的な家庭用カメラじゃないなあ、と触れないまでも、前のめりに見つめているとふっと俺の身体に影が落ちる。
「それに触れないでくだ」
「ゃ、!!!!───、っ」
降り注ぐ声、人の圧、ちょっとだけ怒気を感じた。途端にゾクりと粟立つのを、自分では制御できない。
肩をぐっと引かれたのも相まって、反射的にその人を突き飛ばそうとした。
結局自分の身体がよろけて下駄箱にぶつかるだけだった。
「っあ」
古くて何も入っていない下駄箱は俺の身体を支えられずにぐらついた。
肘を掴まれて人に引き寄せられた一方で、大きく揺れた下駄箱が今度はこちらに倒れてこようとしているのが目に入る。

「───!!!」

反射的に手を翳し、気力を振り絞った。
ぶわりと身体から巻き起こるエネルギーが、周囲に放出される。
下駄箱は反対に吹っ飛んでいき、俺はべちゃっと後ろにいた人諸共地面に転ぶ。
そして、横にあったカメラもガシャンっと音を立てて倒れてしまった。
や、やっちまったー!!!!
がばりと起き上がり、下敷きにした人と崩れたカメラを交互に見た。長めの髪で表情まではわからないが若い男性のようだった。彼に怪我はなさそうだが、カメラと下駄箱は大怪我だ……。
「あの、ごめ」
謝らなきゃと、男の人に向き合って声を出そうとしたそのとき、ぐらりと視界が回る。
眩暈や吐き気に襲われた。動悸がしてきて、冷や汗もかきはじめた。
誰かがやってきて、声をかけてくるのが聞こえたが俺は、床に手を突いたまま、自分の身体の不調に困惑していてそれどころじゃない。
「どうした?……リン、と?」
「大丈夫ですか?」
「はぇ……」
コンクリートの床と、誰かの膝しか見えない。
でもやがて、それさえもチカチカ点滅してきた。
「具合が悪い?」
「ひ、んけつ、……」
二人が状況説明よりも俺の様子を心配してくれてるのを申し訳なく思いながら必死に意識を保とうと頑張る。
は、は、と短くて震えた息しか出来ない。
「とりあえず、横になった方が良い」
「そのまま身体を倒して」
どちらかがジャケットを下に敷いてくれて、どちらかが俺の膝にかけてくれた。スカートであることへの配慮だろう。

朝の予鈴が遠くで聞こえたけど、もう無理───。



next.



一人称は「わたし」。
July.2023

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