Adamant. 02
目を覚ましたのは学校の近くにある病院のベッドだった。
意識を失ってしまったので介抱してくれてた人が学校に報告したところ、校長先生が救急車を呼んだらしい。
付き添いも校長先生がしてくれたので、病院にはうまいこと話を通してくれるだろう。
「明日には転院することになっておりますので」
「……?退院ではなくて?」
「ええ!かかりつけの菊正宗病院に連絡差し上げたら、あなたのことを受け入れてくださるというのでね」
「必要ありません、もう家に帰れますから」
「どうかご安静に!急にお倒れになったんですよ、剣菱様っ」
「!」
ベッドからもぞもぞと足を出す俺の肩を、校長先生が制するようにして掴んだ。その衝撃と、名前を呼ばれたことに思わず身体がこわばる。
「ああっ、申し訳ありません、谷山くん……君に何かあったら私はご両親に面目が立たないのです」
学校では谷山麻衣と名乗っている俺の、本当の名前は剣菱という。
家は日本屈指の大財閥で、立場は次男。本来なら私立の聖プレジデント学園に通っていたところを『わずらわしいから』だの『目立ちたくないから』だの理由を色々つけてこの学校に通っている。
ただし、女装までしているのはかーちゃんの言いつけであり、完全に趣味だ。
「…………わがままを言ってごめんなさい、先生。心配してくださり感謝します」
「いいえ、いいえ。後でご家族の方がいらっしゃいますから。それまでお休みになってくださいよ」
モジモジと居心地が悪そうにしている校長にお詫びした。ただでさえ無理言って通わせてもらっているのに、入学早々に騒ぎを起こしてしまったんだから。
家の者は豪快で大らかだが、末っ子である俺のことをうんと大事にしてくれているので校長先生に追及が行かないとも言えない。
しかし、一番迷惑かけてしまった相手がいるのを思い出す。
「そういえば、わたしが倒れた時いらした方たちって?」
「ああ!彼らはですね、旧校舎の調査に来てくださってる方々なんですが……」
校長先生は二人のことを簡単に教えてくれた。どうやら一人は渋谷さんというらしく、昨日会った人だったみたい。
実は旧校舎の解体工事が出来ない理由は、幽霊に呪われているからという噂があり、その手の専門家を呼んだそうだ。
渋谷さんは『渋谷サイキックリサーチ』というその名の通りの事務所の所長だという。本人は十七歳といっていたが……いるもんだなあ、規格外の人間ってのは。
「渋谷の一等地にオフィスを構えていたのでお願いしたのに、来てみたらあんなに若い子供が所長だとは……驚きましたよ。ですので今は他にも霊能者を手配しようと思っていましてね!」
「そうなんですか」
「ええ、ええ、ですから私はそろそろ学校に戻らねばなりません……谷山くんのご家族様にもご挨拶をしたかったのですが如何せん……」
「もちろんです。学校のために尽力してくださってるんですものね。わたしのことはどうか気になさらず、学校にお戻りになってください」
「おおっ、ありがとうございます。ご家族様にはよろしくお伝えいただきますよう……!」
最後はいつも以上に猫をかぶって、オホホホと笑って見送る。校長先生は深々頭を下げて出て行き、やっとこさ、安堵の息をついた。
しばらくして、病室がノックされたので返事をするとドアがあけられた。
家の者がくると聞いてたが、そこにいたのは友人である清四郎の姿。学校帰りなのかその装いは制服だ。
「やあ、───いや、今は麻衣か。顔色は悪いが元気そうですね」
「おかげさまで。家の者がくると聞いてたんだけど?」
「おや、僕じゃ不満のようだ。誰に来てほしかった?まあ誰であっても大騒ぎだろうけど」
「……清四郎ちゃんのお顔が見られて嬉しいワ」
清四郎はベッドサイドの椅子を持ってきて、苦笑しながら腰掛ける。
「───それにしても、下手うったね」
「咄嗟だったんだよ」
「だとしても。何のために普段から鍛えてるんです?」
「……叱りに来たの?反省はしてるよ」
説教モードになったのを察知して、ベッドにもぐりこんで背を向ける。
俺がこんな状態になるということは、単に身体が弱いからではなく、念力───PKを使ったからだと清四郎にはわかっていた。
多趣味でESP研究会だのUFO研究会だのに所属していて、オカルト系にも造詣の深い清四郎には、色々と相談に乗ってもらっているし、身体を鍛えるときの習い事でも一緒になった仲だ。
だからこそ、かかりつけの病院が清四郎の家ということにもなっている。
「その力は下手したら命にもかかわるんだから」
「あーもー、うるさいな……」
双子の姉がよくキレ散らかしている気持ちがわかる。
病室から追い出してやろうかとベッドから起き上がったところで、また病室のドアがノックされた。
医者や看護婦が俺を見にきたのかと思って返事をすると、顔をのぞかせたのは渋谷さんだ。
「あ、と……渋谷さん」
「こんにちは、谷山さん。校長先生から、目が覚めたと聞いて」
「心配してくださりありがとうございます。清四郎、椅子を」
「わかった」
清四郎はすかさず立ち上がり、部屋の隅にある椅子をとってきてくれる。
「いえ、お構いなく」
「麻衣を介抱してくださったんでしょう。どうぞおかけになってください」
「失礼します。……あなたはご家族の方ですか?」
「友人の菊正宗清四郎です。いつもかかってる病院が彼のおうちなの」
清四郎が渋谷さんににこやかに応じながらも観察してるので、余計なことを言わないように俺が紹介した。二人は並んで座り、目礼をし合う。
「清四郎、彼は渋谷さん。今旧校舎で起こる怪談を調べに来ている専門家の方なんですって。わたしが好奇心で覗いた時に、邪魔してしまったの」
「へえ。麻衣の学校の旧校舎に怪談なんてあったんだ?」
「僕のことはどこで?」
「怪談は昨日聞いたばかりの話だけど。渋谷さんのことは校長先生に先ほど聞きました」
渋谷さん曰く助手のリンさんに怪我はないそうで、彼から何があったかは聞いているようだ。でも俺にも話を聞いて確かめようということらしい。
「谷山さん、あの時何があったのか聞いても?」
「はい、ご迷惑をおかけしてしまったので、きちんとお話しますね」
カメラも壊してしまったし、仕事の邪魔をしてしまったし、介抱もしてもらったのでもちろん隠す気はない。サイキックリサーチというだけあって、心霊現象や超能力については理解もあるはずだ。
俺はいわゆる超能力を持っていて、その力を使うと体調を崩してしまうことを話した。
なるべく使わないように心がけているが、命の危機を感じて反射的に使ってしまったこと。
小さい頃は無意識だったり、癇癪を起して、よく暴発させていたこと。
それを制御すべく、心身ともに鍛えたりしていること。などなど。
一通り説明すると渋谷さんはやっぱり、と言いたげに頷いた。
「……今回はカメラを壊してしまったし、お仕事の邪魔をしてしまいましたよね。リンさんに怪我がなくてよかったけど、カメラは弁償させてください」
そのうえ立ち入り禁止のはずの旧校舎に入り込んだことや、カメラを覗き込もうとしていたこともあるので、深々と頭を下げると渋谷さんは手で制した。
「かなり高額の機材になるので弁償できるようなものではありませんよ。それに保険をかけてあるので」
ぐっ、出せると思うのに、出せると言えないのが辛い……。お金で解決したいわけではないけどさ。
「でも、どうお詫びをしたらよいのか……」
「もし気にしているのであれば」
「はい」
何でも言って!の気持ちで居住まいを正して渋谷さんを見つめる。
「旧校舎についての怪談を教えてもらえませんか」
「それだけでよろしいの?……とはいえ、私もこの春外部から入学したばかりで噂には疎くて。昨日の怪談でミチルさんから聞いた話くらいしか」
「結構です」
清四郎も興味があるのか、渋谷さん同様に黙って俺の話を聞いていた。
ミチルさんが言ってたのは子供が誘拐されたとか、自殺が出たとか、工事中の車が暴走して死人が出たとかだったはずなので、思い出せる限り忠実に話す。
「随分続きますねえ、不幸が」
「実際にはどうだったのか、わからないけどね」
意味ありげに半笑いしてる清四郎に、俺も苦笑する。
渋谷さん曰く、旧校舎が使われていた頃に死者が何度か出たことや、解体工事中にあった事故などは実際に起こったことらしい。
すでにあの場所についてよく調べてきていたようだ。
これは、特に俺の口から語る必要もなかったことのような気がするが、まあよしとしよう。
next.
あえて女の子口調(おしとやか)するの楽しい……。
July.2023