Adamant. 03
翌日、菊正宗病院に転院させられて、詳しく検査をした結果やっぱりちょっと貧血気味と言われたので薬をもらった。
しばらくは激しい運動は控えて、出来れば学校も休んだ方が良いと言われたけど、これは俺が剣菱の坊ちゃんだから過保護に言ってるだけだろう。
気づけば放課後の時間になっていたので、迎えに来た運転手に頼んで学校の近くまで行かせた。
「坊ちゃま、今日はご安静になさっていたほうが」
「大丈夫。ちょっと用を済ませるだけ」
「せめて学校まで校門まで車をつけて───」
「目立つから駄目だ」
学校から離れたところで車を停めさせたので、付き添いをしていた執事の五代が心配して渋る。
ドアを閉めてなるべく早く距離をとる。……うちの車はマジでセンスおかしいド派手な車なんだ。霊柩車みたいでな。
「あ、麻衣ちゃん!体調大丈夫なの?」
「恵子さん。こんにちは、もうすっかり」
「プリントとりにきたのー?」
「うん。授業、むずかいところやった?」
「大丈夫。もしわかんないとこあったら教えるよん」
「ありがと、たのもしいな」
教室に行けば放課後といえどまだ生徒がいた。
話しかけてきた恵子さんや、ミチルさんと裕梨さんに応じながら、机の上におかれていたプリントをまとめてクリアファイルに仕舞う。
「そういえば昨日の放課後ね、渋谷先輩が約束通り来てくれたんだよ」
「でもさー」
「ねえ?」
「どうかした?」
三人はそれぞれ目くばせし合うので、首を傾げた。
渋谷さんがお見舞いに来てくれた後、怪談をしたんだろうかと気になっていたのだ。
「黒田さんにバレちゃって、できなくなっちゃったの」
ちらり、と横目で示すのは教室にまだ残っているクラスメイトの黒田さん。話したことはないけど、眼鏡と三つ編み姿のどこか神経質そうな女の子。
聞くところによれば、彼女は霊感があるタイプらしい。怖い話をすると霊が寄ってくるからと、厳しく注意されてしまったそうだ。
「それで、渋谷さんもやめようっておっしゃったの?」
「んーやめたっていうか……旧校舎に何か感じるかって話をふったのよね」
「そしたら黒田さんは戦争で死んだ霊がいるっていうワケ。病院があったとかも言ってたかな」
「でもさ、この学校戦前からあるって渋谷先輩が論破しちゃってえ」
それは……。
その空気で、これから怪談しようなんてみんなは言い出せないだろうな。
雰囲気を想像して思わず顔が引きつってしまう。
「相手が悪かったのね。あの人、旧校舎のこと調べに来た専門家のようだから」
肩をすくめてそういうと、三人が大きな声で「えーっ!?」と驚く。
「どうして麻衣ちゃんが、そんなことしってるの?」
「昨日の朝学校に来た時、旧校舎のところにいるのを見たの」
「昨日?体調不良でお休みしたんじゃないの?」
「学校で倒れちゃって、その時に渋谷さんと連れの方が介抱してくださって」
「倒れたの!?しかも介抱……!」
「校長先生が慌てて救急車呼んじゃって……だから、渋谷さんのことは校長先生に聞いたの」
「へー……!ってか昨日来てた救急車麻衣ちゃんだったんだ……」
矢継ぎ早に問いかけられて、なんとか知ってることを話すと、どうやら声が大きくなってしまってたみたいで黒田さんが「ねえ」と声を上げる。
俺をまっすぐに見てくるので、結構しっかり話を聞いてたようだ。
「その話、本当?」
うるさいとかの注意ではなく、期待を込めたような顔。
ぎこちなく頷き、渋谷さん本人にも確かめたと返すと、彼女の顔はますます熱を帯びはじめる。
「……でも、自分から話しかけに行くのなら感心しないな」
「どういうこと!?」
今にも突撃しそうな雰囲気が見て取れて、念のため牽制すると、彼女は途端に気色ばむ。
「昨日十分お話したんでしょ、それ以上を求められていないのなら、仕事の邪魔になるもの」
これは旧校舎にノコノコ入って仕事の邪魔をした俺からのアドバイス。……だが、どうやら響いてない。
黒田さんは思い切り俺から顔を背けて、教室から出て行ってしまった。
もしかして旧校舎に行くんだろか。発破をかけてしまった気がして頭が痛い。
「麻衣ちゃん、あいつのことは気にしない方がいいよ」
「中等部のころから有名だったんだ、アブナイやつって」
「霊感があるとかいっちゃってさ。バッカじゃないの」
三人はそれぞれ俺の肩や背中を叩き、帰ろうと誘ってくれる。
だが俺は車を待たせてあったので、彼女たちに言葉を濁して少し時間を置いてから帰った。
家に帰ると、家族が心配して待ち構えていた。
剣菱家はずっと末っ子フィーバーだから、仕事で忙しいとーちゃんと豊作兄ちゃん、趣味やらなんやらで外出しがちなかーちゃんも、クラブやライブなど遊び回っている双子の姉の悠理まで勢ぞろいである。
「清四郎ちゃんから聞きましたよ、力を使ってしまったんですって?どうしてそんなことになったのです」
「おめが倒れたって聞いてとーちゃんは心配しただよ~~!!」
「だからうちの学校に来ときゃあよかったんだ!」
「今は辛くないのか?明日から普通に学校に行く?とんでもない!!!」
かーちゃんにはのっぴきならない事情を説明し、とーちゃんには心配かけたことを詫びた。
悠理と豊作兄ちゃんは俺が一般の高校に行くのを反対してて、なんとか行かせまいとしてくるから放っておく。悠理なんかは自分だって聖プレジデントが退屈だって言ってるくせにな。
とにかく家族の追及を逃れて、俺はメイドの吉野に今まで手にしていたもの───黒いジャケットを渡した。
「吉野これ、明日までにきれいになるかな」
「こちらは……坊ちゃまのではございませんね?」
俺の衣類は把握されているので、吉野は驚いてそれを広げる。
ワーワー騒いでいた家族も、口を閉じて何事かとこっちを見てきた。
「俺が倒れたとき、かけてくれたんだ。お、でか~い」
転院直前になって、運ばれた時の荷物だと渡されたジャケットは男物の大きなもの。渋谷さんが見舞いに来てくれた時に何も言われなかったから気づかなかった。
袖を通せばえらくデカイので、リンさんの方だろう。彼は背の高い人だったから威圧感があった。急に声をかけられたことに驚いちゃったのも、きっとそのせいだ。
「では明日までには」
「うん、頼むよ」
肩からするりとジャケットをおろされ、回収されたジャケットと吉野に手を振る。
「ってちっちぇ~んだな~可愛い~~」
「何急に?あのジャケットがデカイんだよ!」
悠理は自分だって同じくらいの身長のくせに、デカイジャケットを羽織った俺を見て小さいと誤認して抱きしめてくる。家族もそろって、俺たちを生暖かい目で見てくるし、散々だ。
「あのジャケットの持ち主がの恩人なら、しっかりお礼をしないといけないな」
「わー、待って待って!自分でお礼するから!」
兄ちゃんは菓子折りの手配を、と五代に言いつけるが俺は慌てて止める。
ジャケットを借りたり介抱された以上に、俺は彼らに大きな借りがあると思っているので、何かお返しできる術はないかと考えているところだ。
その点に関しては清四郎にも相談していて、渋谷サイキックリサーチについてを調べてもらっているので動くのはその後だ。
もちろん明日ジャケットを返すときにお礼とお詫びをするんだけど。
next.
外では一般人のフリをしてるけどお嬢ちゃまが隠しきれてなくて、使用人の前では坊ちゃまで、家族の前では末っ子。
July.2023