Adamant. 04
朝日が柔らかく部屋の中に差し込んできて、「ぼっちゃん、朝ですよう」とか言われながら起こされる。
ぼんやりと目を開けると、あー……実家。って感じがする。
普通の高校に通うにあたって、俺は一人暮らしを始めたはずだったが、家族を心配させた手前昨夜は実家に泊らざるを得なかった。
ちなみに一人暮らしも当初大反対されていたけど、海外留学よりは距離が近い分マシということで譲歩されている。
メイドたちに洗顔と着替えと整髪をされそうになり、逃れながら『谷山麻衣』を作り上げていく。
喉や手首を極力出さないためのハイネックの長袖インナーを仕込んでからセーラー服を着て、髪はさっとまとめてウィッグを被り、櫛で梳かして整える。化粧はする必要ないと言われてるけれど、ちょっとだけ色のついたリップクリームは乗せる。そして、フレグランスを微かに身に纏う。
足元はシンプルで無難な黒タイツとローファーをチョイスして、鏡の前で全身をチェックした。
「よし。でーきた……」
メイドだちは俺のことを、ほうっと見惚れているがこれは完全に、仕える家びいきというやつで、大してアテにはならん。もちろん、男に見えるようであれば全力で修正してくれるだろうから、合格ってことだけど。
女神だの、お美しいですだのの褒め言葉は、悠理が俺のことを手乗りサイズの子犬だと思ってるのと同じ、目の錯覚なので聞き流してよい。
「じゃ、いってきまあす」
「!?───ぼっちゃま!?朝食のご用意が……!」
「お車がありますのに……!」
「お待ちください今使用人一同でお見送りを……!」
部屋を出て小走りに玄関を抜けていくと、声を聞きつけた使用人たちがわんさか駆けつけてきて、ワーワー言っているが今日は実家から登校するから朝にゆっくりしている時間はないのだ。
奴らは俺を学校まで車で送ろうとか考えていたようだが、そんなのは絶対に無理。
朝ご飯だって別に、学校の近くのコンビニで適当に歩きながら食べれるもん買えばいいのだ。
「い、いってらっしゃいませーーー!!!」
「あ~ん坊ちゃまあ~!!!」
使用人のせめてもの挨拶を背中に、でかい庭も突き抜けて家の塀を飛び越えて道路に着地した。
にしても……誰だ俺に甘えた声で鳴いてる奴は……?
学校にくるなり校長先生に声をかけられて、旧校舎に行く時間がなくなった。
復帰できたこと喜ばれ、ついでに霊能者を増員させたのだという報告を受ける。へ~。
よくわからないが真面目に仕事しててえらいねって褒めておくと、校長はタヌキみたいな顔をぺかぺかと輝かせた。
ベラベラ語られた内容によると、僧侶の滝川さん、巫女の松崎さん、エクソシストのブラウンさん、そして霊媒師の原さんという四名が増えたそうだ。
清四郎が面白がりそうな霊能者ちゃんぽんに、俺も少しだけ好奇心が疼くが、あくまで俺はリンさんにお礼とお詫び、何よりジャケットを返すことが目的なので邪魔だけはしないように心がけねば、と放課後旧校舎へと向かった。
外には黒いバンが停まっているので、渋谷さんとリンさんが居る可能性は高い。
だが、俺は前科があるため気安く旧校舎内に入って行けずにたたらを踏む。
ふいに見上げた校舎はほとんど窓が閉まっている状態だったが、反射する光の奥に人影が見える。
シルエットが黒くてよくわからないが、彼の人が気づいてくれればいいのだけど……。
心の中で渋谷さんの名前を念じながら、人影をじっと見つめた。
「、?、…れ……?」
ふと、声が聞こえた気がした。だが、ヘンな聞こえ方だ。まるで体の内側にだけ響くみたいなくぐもった声。
周囲を見渡したが誰も居なくて、聞き間違いかなと再び人影を探す。
(窓の外だよ、気づいて~)
(渋谷さ~ん)
ぎゅうっと手を握ったら、借り物のジャケットを入れた紙袋の取っ手がちょっとだけ潰れた。
ガタッ、ガタタ……!
視線を下げかけた俺は、頭上で物音がしてすぐにまた顔を上げる。
窓が開けられるところだった。
わ、俺に気が付いてくれたんだ!そう思ったら案の定、二階の窓から渋谷さんがこっちを見下ろして、驚いた顔をしていた。
「あ、」
(───僕を、呼んだ?……谷山さん)
「え?」
俺はあの距離から届く声じゃない『声のようなもの』を拾って、反射的に両耳のそばに手で壁を作る。
その間も、渋谷さんと俺は見つめ合ったままだ。
(聞こえているなら、右手を高く上げて)
漠然と、彼の声が俺に届いていることを理解して、右手を挙手した。
すると渋谷さんは、その窓からふらりと姿を消す。
えっと固まっていると、続いて誰かが顔を出し、こっちを見下ろす。きっと渋谷さんに釣られてなんだろうが、リンさんではないのでどうアクションをしたらいいかわからず、頭を下げるにとどめる。向こうも俺にならって会釈をしてくれた。
窓のところにいる人に声をかけようかしら、と思っていたら渋谷さんが外に出てきて駆け寄って来た。どうやら窓から離れたのはこっちに向かってくるためだったらしい。
「谷山さん」
「あ、渋谷さん。わざわざ出てきてくださっ───」
「さっきのはなに?」
「へ??」
恐縮して頭を下げようとするも、その言葉は勢いよく発した言葉にやって遮られる。
さっきの、って……?
「僕の声が聞こえただろう」
「え?ああ、でも…………あれはなんだったんだろ」
「僕は声を発していない。それに、窓が閉まっている時に僕にも君の声らしきものが聞こえた」
「……テ、テレパシー……でしょうか」
渋谷さんは「その可能性が高い」と小さく頷く。
「でも声で直接やりとりなんて……」
「波長があうのかな」
何気なく言われたその言葉に思わず息を飲む。
以前清四郎に付き合わされたテレパシー実験は、実験者に図形を見せ、隔離した別室にいる被験者が図形を描写するというものだった。
相手は肉体的にも精神的にも近いとされる悠理で、何度か成功したけど確率を算出する程は悠理が付き合い切れなかったため正確なデータはとれていない。
だから声が聞こえるほどにダイレクトに通じ合うことが、どれほど稀有であるかは理解していた。
思わず、目の前の少年に触れたくなって、手を伸ばす。
彼も応えるように手を差し出した。指先が触れただけなのに、とても熱いと感じた。
でも痛みとか苦痛ではなくて、痺れるみたいな感触。離れたい気持ちと離れがたい気持ちの二つが湧く。
遠くから人の声や足音がしてこなければ、この奇妙な時間はいつまでも続いていたかもしれない。
「?」
首を傾げ、渋谷さんの身体の向こうに居る人たちを見る。
巫女装束の女性が、校長先生と教頭先生、教務主任を引き連れてこちらに歩いてくるところだった。
赤み帯びた茶髪や、濃ゆい色の唇などを見て、巫女というには華がありすぎる格好だと思った。
きっと彼女が松崎さんだろう。俺と渋谷さんがそっと手を離しながら見ていると、怪訝そうな顔で近づいてくる。
「あ~ら、ボウヤったらもうガールフレンドが出来たの?」
「いいえ違います、わたしはただ……」
「やあやあ、谷山くん。君も旧校舎のことが気になっていたのかね!」
否定する間も無く、すかさず校長先生が口を挟んでくる。
「あ、先生こんにちはあ~」
ここでまさかおべっか発動しないだろうな、という牽制を込めて、極めて明るくカジュアルに挨拶をしてみた。
校長以外には俺の身元は隠されていて、親元離れて暮らす身体の弱い生徒という程度の認識であるはずだ。身体が弱いというのは体育に参加しないための大法螺だけど。
「今からこちらの松崎さんが祈祷をなさるそうだからね、君も良かったら見学していくと良い」
「え、え?あの」
イチ生徒に向かってなんだその誘いは。俺がたまたま旧校舎にいたことで、興味があるとでも思われているのか?それは誤解だったのに……。
next.
設定はてんこ盛りになる予定です。
July.2023