I am.


Adamant. 05


(渋谷視点)

旧校舎の昇降口の中、体調が悪そうに蹲る少女に見覚えがあった。
前日に出会った、夜の本校舎の一室で怪談を楽しんでいた女子生徒の一人だ。
旧校舎にまつわる怪談を話していたのを微かに聞いたので、気になって見に来ていたのかもしれない。そこまで興味があるようには見えなかったが。
とにかく何があったのか知るために近づくと、彼女はどんどん顔色を悪くさせていく。しまいには気を失ってしまった為、事情をろくに聞くこともできなくなった。
貧血かもしれない、と言っていた通り顔は血の気がない。保健室に運ぶか病院へ連れて行ったほうが良いだろうと、リンに様子を見させて校長へ報告をあげると、彼は血相変えて救急車を呼び出した。
そこまで緊急性の高い容体には見えなかったが、どうやら彼女───谷山さんは校長曰く『身体が弱いうえに親元を離れて暮らしており、面倒をよく見るよう任されている大事な生徒』だという。

下手したら谷山さんよりも顔色の悪い校長が、救急車に同乗して戻って来たのは昼を過ぎたあたりだった。
彼女の目が覚めたと聞いたので、僕はリンから聞いた話を確かめるべく見舞いと称して彼女の病室を訪ねた。
そこではどこかで聞いたような───身に覚えのある話をされる。
その身にPKを有した彼女は幼いころからよくポルターガイストを起こしていたらしい。それと向き合いながら、身体を鍛えたり心を落ち着かせることで、制御に努めていた。
使ったら身体に負荷がかかるところまで、僕と似ている。そのせいか境遇を憐れむような気持ちと、少しの興味を抱いた。

「訓練したほうが良いだろうな」
病院から帰って、リンに谷山さんのこと話す。
リンはまさに僕に力の使い方を教えた当事者だからだ。
「本人はなんと?」
「それはまだ。今は休息が必要だろうし、こちらも調査が始まったばかりだ」
「やるというなら結構。ですが、少しでもやりたくなさそうでしたら話を終わりにしてください」
「───初対面で怯えられるのなんていつものことだろう」
「!」
リンが渋るのは、人種のせいではないのはわかっていた。だから思わず口をついて出たのはリンが気にしていそうなこと。
気が小さくか弱い女性であれば、背が高く不愛想な男に急に背後から覗き込まれれば、怯えるのは無理もないと思うが、リン自身が報告してきたほどに、谷山さんは相当動揺していたらしい。
下駄箱が倒れてきたこともそうだが、恐怖にかられて気が動転し、普段は使わないように心がけていた力も使ってしまったというのなら少し納得がいく。
リンが責任を感じる必要はないが、多少の罪悪感があったのだろう。
「どちらにせよ、谷山さんの意見は尊重する。ただ、よく知りもせず放っておくのは危険だ」
「わかっています」
結局リンも頷き、僕たちはいずれ彼女に話を持ち掛けることで意思を固めた。


谷山さんは思っていたよりも早く学校に復帰していた。
しかしそれよりも驚くのは、彼女の強く念じた意思が僕の脳裏によぎったことだ。途中掠れるような部分はあったが、話し声のようにして僕に届いた。
僕からの意思も同様にして彼女に伝わり、合図をするように言えばその通りに動く。
一方通行ではない、純度の高いテレパシーはまるで、今は亡き双子の兄のジーンとのやりとりのようだった。
つながりの深い兄弟であるならまだしも、なぜ会って間もない彼女と……。
そう疑問に思いながらも、僕は伸びてくる手に、自分から近づいた。
指先が触れ合っただけでお互いが身にまとうエネルギーのようなものを感じて、馴染むと感じる。そこには妙な高揚感と、安堵がせめぎ合っていた。
───もっと確かめたい。
そんな風に、知的好奇心のようなものが疼いたが、邪魔が入り会話を続けることができなくなる。
松崎さんや校長たちがやってきて、祈祷の準備に入るという。
調査さえなければ、否、少しの時間さえあれば谷山さんに次の約束を取り付けることにしたのだが、校長がやけに谷山さんのことを気にかけているので話す隙がなくなった。



祈祷が終わり、校長や松崎さん達が校舎から出ようとすると、なぜか校長に同行することになっていた谷山さんが小走りに僕に駆け寄ってくる。
「しぶ、」

パァン───!
「きゃあああっ」
「うわあ!!!」

僕を見て口を開きかけたその時、彼女の背後でガラスが舞う。
昇降口のドアにはめ込まれたガラスが割れたのだ。その破片を一番にかぶったのは校長で、その付近にいた松崎さんやほかの教員も多少被害にあったようだった。
「怪我は?」
「あ、ない……です」
一緒に祈祷を見ていたジョンや滝川さんが校長たちを心配しているのを聞きながら、谷山さんを確認する。僕の方に近づいて来ようとしていたことで、距離は十分にあったようだ。声をかけると目を白黒させながらも、自身の身体を何度か叩き埃をはらうような仕草をする。
「すごい音と悲鳴がしましたけれど、どうされましたの」
「───谷山さん?なんであなたがここに?」
騒然となっていたところに、原さんと黒田さんが事態を見にやってきた。
黒田さんはたしかクラスメイトだったはずだから顔見知りなのはわかるが、何故か谷山さんを見て眉を顰める。
「人には偉そうに、行くななんて言ったくせに、自分は来ていいわけ?」
「そんなつもりで言ってないよ。それにわたし、ちゃんと用があってきた」
「あらそう、どんな用事なのかしら」
二人の間でどういうやり取りがあったのかはよくわからないが、僕は谷山さんが用もなく訪ねてきたわけではないことを思い出す。
「そういえば、用件を聞きそびれていたね」
「リンさんにお借りしてたものを返しに来たんです。きちんとお礼もいいたくて」
谷山さんは黒田さんから視線を外して、さっきから持っていた紙袋を掲げた。
そういえば、谷山さんが横になるときにかけたのがリンのジャケットだったと思い出す。本人が何も言わないので忘れていた。
「そう、リンならベースで機材を見ている。こっちだ」
僕も谷山さんも、黒田さんを交えることなく話を進める。全く無関係なのだから当然の対応だと思うが、彼女もほかの霊能者たちも、さっきまでのこともあるのでベースに集まってきた。
「───リン、ちょっと来てくれ」
「?はい……───ああ」
谷山さんのプライバシーもあるが、僕もリンも無用な詮索を受けたいわけではなかったので、衆目の場でやり取りをするのは避けることにした。
実験室のドアのところで声をかけると、リンは僕の隣に居た谷山さんを見て立ち上がる。
さっきまでの映像を僕がチェックする間に、谷山さんとリンは廊下で話をする形となった。



昇降口のガラスが割れたり、西側の教室で椅子がひとりでに動いていたことについて考え込んでいると、ドアが開く音がしてリンが戻って来た。その手には紙袋が握られていて、おそらくジャケットが入っているのだろう。
僕はすぐに、またドアのところに視線をやる。
谷山さんが立っていて、教室の中に顔を出していた。
「お邪魔しました。失礼しますね」
「───、ま……」
その場に居た全員の顔を見渡してから微笑み、挨拶をしてすぐにドアを閉めた。
一瞬追いかけようかと思ったが、今すぐする必要はないかと立ち止まる。
調査が終わったら彼女のクラスを訪ねるか、校長に呼び出してもらえばいい、と。

(……ぶや、……ん)
「、」
その時、彼女の声が脳裏をかすめる。
滝川さんが僕のわずかな動揺に気づいて声をかけてくるが、何でもないと首を振って考え込むふりをする。
(渋谷さん、聞こえる?)
(───ああ、聞こえる)
意識を集中させると、谷山さんがまだドアのまえに居ることが何となくわかった。
(調査が終わったころ、また来る)
(ああ、わかった……)
そういえばこんな繋がりがあるんだった、と思い出して小さく笑う。
やがて声も、足音も遠ざかっていった。



next.



リンさんが怪我をせず、主人公が取り乱して倒れた結果、リンさんは悪くないんだけど罪悪感を抱くというか気になったりするのでは……という。
July.2023

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