Adamant. 06
渋谷さんの計らいによって、リンさんと再び会うことが出来た。倒れたときは全くと言って良いほどまともな会話をできておらず、その姿だって、今ようやくちゃんと目にした。背は高いけれど痩せた体型で、思っていたほど威圧感がない。普段道場で屈強な男たちを相手にしているし、俺だって男だし。
「何度もお仕事の邪魔をしてしまって申し訳ありません」
「いえ。こちらこそ先日は驚かせてしまい申し訳ありませんでした」
「謝らないでください、いくら突然声をかけられたからといって、過度に怯えてしまい失礼な態度をとりました」
「……、」
改めて向き合ってみて、全然怯える相手ではない……とわかる。
───あの時、肩をぐっとつかまれて、俺はフラッシュバックしてしまったのだ。
「むかし……、くび、を、しめられたことがあって」
「!」
「どうしても、このあたりに突然触れられると、こわいの……」
思いのほか弱弱しい声が出た。
なんでこんな、自分の傷を免罪符にするなんてこと。
「───で、ですからリンさんに非はないということです!そして、これはお借りしてた上着。丁寧に洗ってもらったので大丈夫だと思います。それからちょっとした品物なんですが、お詫びに。不要でしたら捨ててしまって?」
俺の突然のトラウマ告白に口を噤んだリンさんに、捲し立てるように用件を伝えて紙袋を押し付けた。
「介抱してくださったことも、ほんとうにありがとうございます」
強めの圧でにっこり微笑むと、リンさんは雰囲気にのまれて小さく頷く。
そして実験室の中に戻るように促し、背中をそっと押すとその通りに戻っていった。
中で仕事の話をしていたんだろう人たちが俺に再び注目していたが、一通り眺めてあいさつ代わりに笑顔を振りまく。
最後、渋谷さんに向かって「お邪魔しました。失礼しますね」と声をかけてからドアをしめた。
本当なら渋谷さんともう少し詳しい話をしたかったのだが、それは調査が終わってからにした方が良いだろう。
どうせ校長は俺に何かと声をかけてくるから、調査が終わったことも報告がくるはずだ。
渋谷さんにはさっきしたみたいに心で念じてみると、あっさりと返事が聞こえる。なんだか耳がくすぐったくなりそうなほど、声が近い。実際に耳元で話しかけられているわけではないのに。
慣れない感覚にドキドキしながら、手短に次の約束を取り付け、その場を離れた。
翌週の朝、校長先生から電話がかかってきて、登校したら校長室に顔を出してほしいと言われた。快く応じて、校長室へいくとそこには渋谷さん、それからリンさんまで居た。
おや、と思っているとまた校長先生が俺にぺかぺか笑顔を向けてくる。
「谷山くん、呼び出してしまって申し訳なかったね!」
「いいえ。どんなご用件でしょうか」
「それなんだが実は、旧校舎の件で彼らが君に話をしたいそうでね。構わないだろうか」
「はあ、旧校舎の……」
呼び出す口実にしたのか、それとも本当に俺が旧校舎について何か関わりがあるのか、とにかく話を聞いて見なければわからないので、俺はぎこちなく頷く。
校長先生は「それはよかった!授業のことは気にしなくて良いからね」とにこにこ笑って、部屋を出て行くので、俺はそれをしばらく黙って見つめていた。
「……調査が終わったわけではないんでしょう?」
「それはまだ。ちょっと、気になることがあって」
「はい、なんなりと」
三人きりになった応接室で、腰掛けていたソファにゆっくりと背中をおちつける。
「君が旧校舎に出入りしたのは気を失った日と、上着を返しに来た日───それ以外にはある?」
「ありません。調査が入る前にも」
「話に聞くことは?」
「話題としては怪談で噂を聞いたのが初めてです、渋谷さんにお話しした通り」
「噂を聞いてどう思った?」
「どう……?うーん、怪談にするにはもってこいの対象物だなあ、とか?」
質問は多岐にわたり、黒田さんとの関係───といっても、二度しか話したことはない───とか、自分の力のことにまで及んだ。
どういう意図なのかはわからないが、俺は出来る限り誠意をもって答え続ける。
ただ意外だったのは、互いの声が聞こえることを話題にしなかったこと。もしかしたらリンさんには言いたくないのかもしれない。調査と関係ない事だからかな。
……あれ?だったら俺の力とか、黒田さんのこととか、関係があるってこと?
「色々と聞かせてくれてありがとうございます」
「終わりですか?」
「ええ、よくわかりました。じき調査は結果が出るでしょう。もうお戻りいただいて結構ですよ」
結局どうしてこんなことを聞かれたのかわからなかったな、というまま拍子抜けして質問タイムは終わった。
時計を見れば一限に間に合いそうだったし、良いというなら戻らせてもらおう。
「そう、じゃあ失礼します」
リンさんは終始口を開かなかったけれど、二人に頭を下げれば軽い会釈が返ってくる。
そして背を向けてドアに手をかけたとき、俺のうなじがジワリと温かくなった。
(───また)
「!」
反射的に振り向くと、当然だが渋谷さんとリンさんがいる。
渋谷さんがこんなふうに悪戯っぽいことをしてきたのが何だか面白くて、思わず笑ってしまった。
リンさんは不思議そうにしていたが、俺は再び彼らに背を向けて、応接室から出て廊下を足早に歩いた。
そしてもうすぐ教室というところで、俺は黒田さんにばったり出くわした。
一応挨拶をすると、どうしてHRに居なかったのかと聞かれる。呼び出されて先生と話をしていたと告げるとなにやら不満そうにしているが、自分もこれから校長室に呼ばれているのだ、と誇らしげに言ってすれ違っていった。
……普通、校長先生に呼ばれるってコワくね?俺の場合は十中八九家庭の事情というのがわかるが。スリルやワルに憧れるお年頃なのかしらね……。
とかなんとか思いながら教室に戻ると、今度は恵子さん達がわっと俺を取り囲む。
黒田さんと同じようなことを聞かれたので、同じように返すと今回は災難だったね、と言われた。
「そういえば、旧校舎大変らしいよ!さっき黒田さんがもうジマンゲに語り回っててさ~」
「麻衣ちゃんは聞いた?」
「さっきそこですれ違ったけど、急いでたみたいだからあまり話さなかったな」
「そっか。あいつ麻衣ちゃんのこと何かと気にしてたからてっきり」
裕梨さんとミチルさんが、恵子さんの言葉に頷き合う。
「わたしのことを?ああ……旧校舎で会ったからかな」
「ええ!?麻衣ちゃんも旧校舎行ってたのお?」
「でも、昨日じゃないよ。介抱のお礼を言いに行っただけで長居はしてないし」
「あ、なるほどね~」
俺はすっかり黒田さんに敵視されるようになってしまったようだ。
老婆心ながらに口出ししたうえに、俺はノコノコとお礼を言いに現れたのだから良い気はしないに違いない。……ま、いっか。
「ちなみに、旧校舎では何があったの?」
黒田さんが果たして俺に語ってくれるのかわからなかったので、一限の担当教科の先生が来るまでは恵子さんたちから話を聞こうと、席に座って頬杖をついたのだった。
next.
今回の主人公はにっこり笑顔を(相手を黙らせる)武器として使っている節があります。
私は有閑倶楽部の人たちの好青年ぶりっこが好き……そういう雰囲気。
はたからみると、目配せし合っているナルと主人公。リンさんが「????」ってなってます。
暗示実験は受けたら結果が台無しになりかねないので、聞き取り調査後、旧校舎には無関係な者として弾かれました。
Aug.2023