I am.


Adamant. 09

リンさんとの訓練が始まる初日、資料室で動きやすい格好に着替えて、全身鏡で確認をする。
ウィッグがロングヘアーなので結わきたかったが、一本縛りはどうにも難しくて、ゆったりと三つ編みにして先っぽを縛った。激しく運動するというわけではなさそうだったから、まあ大丈夫だろう。
「お待たせしました」
応接間のソファにいた二人は、俺が資料室から出てくると、少しだけ目を見開いた。
道着やスポーツウェアなどではないからだろう。
「あ、激しい運動ではないと聞いたので、太極拳の時の服にしました」
表演服はゆったりしていて、首や腰回りのラインも隠れやすいから丁度良いかと思って。と手を身体にぺたぺたと当てながら様子を窺う。
「たしか武道の経験があると言っていましたね、どんなものを?」
「拳法をメインに、ヨガと太極拳を嗜む程度です」
前者は幼いころから習い事として通っていて、後者は家に講師を招いてやっていた。
リンさんはなるほど、と頷きオリヴァーを見る。
「ナルも今日は一緒にやっていきますか」
「僕はいい」
そういったオリヴァーはふいっと顔を逸らして所長室に引きこもってしまった。
残された俺とリンさんはその背中を静かに見送る。俺は、残念と小さく口にして肩をすくめた。


訓練は資料室の中で全身鏡を前にして行われた。
瞑想から始まり、その後はゆったりと身体を動かしていく。
姿勢を正して、身体の中のエネルギーをその身に纏わせることを意識するように言われた。
これって太極拳では?そう思いながら、鏡越しに背後にいるリンさんを見る。
「腕をもう少し上げて───そう」
手が後ろから伸びてきて、前に出している俺の腕の下で止まった。
反射的に少しだけ自分の腕が持ち上がるので、リンさんの腕が俺に触れることはない。
「姿勢がきれいですね」
わあ褒められた。そう思って上を見ながら、に!と笑いかけると、リンさんは一瞬きょとっとしたのちに、目をそらす。シャイなのかも。
それ以降は鏡越しに顔を見るだけにして、三十分ほど身体を動かした。


「───筋が良いです。おそらく既にナルより上手いと言っても良いでしょう」
持参した水を飲んでいた俺は、ペットボトルからぷはっと口を離したついでに、また笑ってしまった。
「そんなこといって。オリヴァーは長年の教え子では?」
「ナルは最低限しかやりませんでしたから。日常的に身体を動かしてきた人とは違います」
「これくらいしか出来ることはありませんでしたし、性に合ってたので」
まあオリヴァーは研究者が本業なので、訓練に熱心ではないのはよくわかる。
俺の場合拳法を習い始めたきっかけは力の安定のためだったけど、続けているのは単純に趣味だ。あと拳法って格好いいとか、清四郎に勝ちたいとか、男のロマンと言っても良い。
「そういえば、オリヴァーは五十キロのアルミを持ち上げることができるのだとか?それは訓練の賜物ではありませんか」
「あれは一人でできることではありません───実験の時はジーンがいましたから」
「ジーンって、ユージンのこと?亡くなったお兄さまの」
オリヴァーだとナル、ユージンだとジーンという短縮型になるのは知っていたけど、念のため聞き返す。
「はい。彼らは双子で、ラインが繋がっていたと聞きます。その為ナルの小さな力をトスしてジーンが受け取り増幅させ、返すことができるのです」
「ラインというのは」
「テレパシーのようなものでしょうか。意識の共有や力のやり取りが二人の間でだけ出来たので、彼らはそう呼んでいました」
「そう。ユージンもPKが使えたのですか?たしか霊媒だったと存じてますが」
「使えないと聞いています。なぜ出来たのかは本人たちも良くわかっていないそうです」
「……使えないのに……」
少し、考え込む。
俺はユージンと才能が違う。だけどオリヴァーとは酷似している。
なら俺とオリヴァーで、そのトスは出来るのだろうか。
相性が良いことはわかっているのだ。ただ、それを試すにはきっとまだ俺は力の使い方には慣れていないだろうし、オリヴァーがどう思うかはわからない。
なんたって今、彼は亡くなったユージンの身体を探しているわけだ。
本来なら俺の訓練だって、やっているところではないはずだ。
実際俺の面倒を見るのはオリヴァーではないとしても。
「───彼はなぜ、わたしを誘ってくれたのかな」
思わずポツリと呟いた。
リンさんに答えを求めたわけではないが、ゆっくりと視線が合わさり、問いかける形になった。
「おそらく、自分の幼少期と酷似していたからでしょう」
「そうなんですか?」
「聞いた限りでは」
ふうん、と頷き考える。
俺もそれなりに苦労したけど、オリヴァーにはオリヴァーの苦労があり今に至るだろう。それはきっと違うものだが、俺たちは多分どこか根っこの部分が繋がっている。
だから余計に親身になるのかも。彼も、俺も。
「オリヴァーはユージンの死を、サイコメトリで知ったのですよね」
「はい」
「そしてその身体を探しにきたということは、どこかに遭難したか、もしくは」
「───殺された、と聞いています」
「……」
それなら身体を遺棄されたんだろうとわかる。
殺された経緯はリンさんに話さなかったそうだ。そりゃ、言う気にはなれないだろう。
俺はおずおずと、口を開く。
「わたしも探すと言ったら、烏滸がましいでしょうか」
驚愕に目を見開くリンさん。出逢ったばかりで踏み込み過ぎだと思うが、これに関しては早いにこしたことはない。
ユージンの尊厳を、いち早く取り戻すべきだろう。それに行方不明者の捜索は時間が経てば経つほど、手掛かりが失われていく。
「……サイコメトリをするつもりですか?」
「お許しをいただけるなら」
「危険です、ユージンは……」
リンさんは言いかけて言葉を止めた。
オリヴァーがいうには殺されて亡くなっているわけで、その光景を見るのは酷だと言いたいんだろう。
だがそんな事は、俺が何よりもわかっていることだった。



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お嬢様は丁寧な口調だけどどこかウエメセで、ため口になるともっと沼が深いんだ……。
Aug.2023

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