Adamant. 10
オリヴァーには、不便があったり、力になれることがあれば言って欲しい。と。サイコメトリでも、日本での暮らしでも、探す人手が足りないことでも、何でも良いと伝えた。
オリヴァーは考えとく、と言ったきり三ヶ月が過ぎ去り、渋谷サイキックリサーチでは夏休みが始まる初日から、依頼を受けることになった。
一方で俺は双子の姉に連れ回されることが確定していたので、調査の見学を申し出ることはできず、二人がしばらく事務所を留守にするというので見送った。
その調査は無事終わり、わずか一週間程度で戻って来たそうだけれど、俺は夏休みいっぱいを信州にある別荘で友達と遊び倒していた。
ちなみにその別荘、『旧富水邸』では以前の住人であった亡くなった老婆の霊が出て、彼女の恨みだとか後悔だとかを晴らすのに巻き込まれるというとんでもない思い出が出来た。
悠理は霊媒体質を発揮したせいで気力をごっそり持っていかれたし、俺はサイコメトリーで彼女の遺品から死因を探ったせいで気が重いし、美童は『目の覚めるようなブス』に迫られてトラウマとなった。
後の友人たちは元気そう……なんかムカつく。
夏休みが明けたら明けたで、俺はとーちゃんと豊作兄ちゃんの手伝いのため剣菱の仕事に携わるハメになり、いつしか夏はすっかり過ぎ去っていた。
学校にもオフィスにも顔を出すのが遅くなり、クラスメイトには病弱という認識を強めた。
そしてオリヴァーには開口一番にささやかな嫌味を言われた。
「───待ちくたびれた」
「……意地悪いわないで、これでも急いで会いにきたのに」
わざと拗ねた顔をすると、肩をすくめてそれきり。
さらに言葉を重ねてこないあたり、オリヴァーとしてはおそらく『久しぶり』程度のつもりだったのかもしれない。
まあ、待ちくたびれたというからには、俺の来訪を待っていたわけなので、ちょっと口が悪いのも許してやろう。
もちろんオリヴァーが待っていたのは、俺が夏休みに遭遇した心霊現象で録れたデータなんだけどな。
降霊会での霊の声とか、憑依された悠理の映像はもちろんのこと、清四郎が趣味でまとめたレポートや別荘の図面などを一式まとめてご要望である。
「これ約束の資料なんだけど……もしかしてお仕事忙しい?」
今日はこの資料についてや、オリヴァーが受けてきた依頼について色々話をする約束だったのだが、オフィスには先客として原さんと滝川さんがいた。
二人とも俺の学校の旧校舎で会っていた人達だけど、夏に行った依頼でも会ったと聞いているので、親しくなったのかもしれない。
「今日はあたくしがお願いした仕事がありますの」
「俺ははその手伝いに呼ばれて」
改めて挨拶をすると、それぞれここにいる事情を教えてくれた。
ここからほど近い公園が現場らしく、今から見に行くのだそうだ。
「───麻衣、これから時間はあるな?」
「それは当然……」
「じゃあ、ちょっと現場に付き合ってくれ」
「え」
「え」
「え」
俺と、原さん、そして滝川さんの「え」がバラバラに零れた。
……来るんじゃなかったあ。
俺は昼下がりの公園のベンチでオリヴァーと隣り合って座っている。
少し離れたところに居る滝川さんと原さんは、チラチラとこっちを見ている。非常~に居心地が悪い。
「麻衣、この降霊会の音声があるっていうのは?」
「レコーダーに入ってるけど……ここで聞くの?」
清四郎の作った資料を見ていたオリヴァーがそう声をかけてきたので、俺は聞き返す。
録れた音声データは霊の声なので、公共の場で聞くのはいただけない。
「オフィスに戻ったら聞くか……映像もあるんだったな」
「それはUSB。あとはわたしのスマホにも入っているけど」
見たいなんて言うなよ、の気持ちを込めて微笑みかける。
「……あと十五分して何も起こらなかったら帰る」
「いいの?原さんからのお願いなんじゃ」
「じゅうぶん義理は果たした。……このエメラルドの帯留めは押収されたとあるが」
「表向きはそう。隠し撮りした画像で急ぎイミテーションを作らせてすり替えたの」
「へえ。本物は?」
オリヴァーは俺や友人の"力技"にふっと笑う。
「彼女のお墓の中に。せめてものご供養になればいいけど───ん?」
不意に、小さな粒が頭に当たった。
雨か、と空を見上げようとしたら、その視界は突如ぼやけた。
ザパーッと大量の水が降って来たのだ。
「いっ……たあ……」
「っ、……───これか……」
反射的に顔をそむけたが、頭からびしょ濡れになる。隣にいたオリヴァーも同じように水をかぶっていた。
「羽織っておけ。ないよりマシだろう」
「ん。ありがと」
けしてご機嫌というわけではなさそうなオリヴァーだったが、ジャケットを脱いで水を払った後、そのジャケットを俺の肩にかけてくれた。
俺の方が髪が長くてその分水を吸っていたし、着ていた服も水を弾くものではなかったからだ。
「聞いていたよりも水が強いな。───原さんに何かあったみたいだ」
この現象をあらかじめ聞いていたのにこの体たらく……と思わないでもないが、少し離れたところにいた滝川さんと原さんの様子がおかしいと駆け寄る。
原さんが地面に座り込み、滝川さんがそんな彼女を心配して顔を覗き込んでいた。
「どうした?」
「急に座り込んじまった。さっき一瞬、お前らの方を見て何か言いかけてたんだが」
滝川さんとオリヴァーが話しているのをよそに、着物が汚れてしまうと思い、そっと肩に触れて顔色を窺う。
「具合が悪いの?」
手や肩が少し震えているからもしかして、と思い問いかけると彼女は突如その震えを揺れに変え、奇妙に笑いだした。
「い~い~気~味~だ~わあ~~」
付き合いは浅いけど、およそ原さんから発せられているとは思えない笑い声や言葉。オリヴァーと滝川さんは彼女が霊に憑依されていると言った。
原さんに取りついた霊は女で、この公園で付き合ってた男に二股をかけられてフられたそうだ。出会いも別れも死も、この公園だった。復讐しようにもその男は全く鈍感野郎で何もできなかったと。───だからこの場所で、自分がされたことを他者に繰り返して腹いせをしているらしい。
「じゃあ、わたしがその男に仕返しします」
「「「え」」」
声を揃えて三人して俺を見る。
思わずその息ピッタリな様子に笑ってしまう。
「だから人を巻き込んではだめ。ここで燻っていても、あなたの恨みが晴れることは永遠にないから」
「そーだぜ、地縛霊になっちまうぞ」
「あなただってこのままで良いとは思っていないでしょう」
俺の思惑とは外れるが、滝川さんとオリヴァーが畳みかけるようにして成仏を促し始めた。
あれ??このまま二股男を探して、オトしてフッての、爽快復讐成仏コースじゃないの……??
原さんから微かに光の粒のようなものが発せられて、空にかすかな女性の微笑みが見えた。
話をしたらすっきりした、とかなんとか言って彼女は天に昇って逝ったのだ。なるほど……随分きっぱりした人のようだ。
復讐に向かない人だったのだろう。
「───あれ?えーと、麻衣!麻衣じゃない?もしかして」
原さんが我に返り、俺たちが濡れているのを見て状況を確認したところで、突如声が投じられた。
振り向けば後ろには美童がいて、驚いた顔をたちまち笑顔に変えていく。
「見違えたよ、そういう格好も似合うね。でもどうして濡れてるんだ?風邪をひいてしまうよ」
美童はストールを外して俺の頭にかけた。
ふわりとコロンの香りがする。
「ちょっとトラブルがあって、これから帰るところ。美童、今日のデート相手は?」
「それが───、ごめんよ。……麻衣を部屋まで送る約束がある」
一瞬誰かと約束があるのだ、と思わせぶりな顔をしたくせに、とびきりの笑顔でそういうのだから笑ってしまった。
「あっはは、瑠璃子ちゃんのショックからまだ抜け出せてないんだっ」
「その名前は出すなよ!」
俺なんかも女扱いしてくるとは、とふざけていると、オリヴァーや原さん、滝川さんがぽかんとしたまま俺たちを見ていることに気が付く。いけない、美童に会った衝撃で放っておいてしまった。
「失礼。お友達を見つけたから帰ります。送っていただかなくて結構ですよ一也さん。あなたも風邪をひかないように」
羽織っていたジャケットは返却し、美童がすかさず脱いでくれた薄手のコートをかりる。
「麻衣が風邪をひいてはいけないから、僕らはこれで。またお会い出来たら」
美童はさらっと挨拶ができない非礼を詫びて俺をエスコートして歩き出す。
少し離れながら三人を振り返り、軽く手を振った。
「では、ごきげんよう」
「あ、……ごきげんよー」
つられて手を振ってくれたのは滝川さんだけだった。
next.
ナルを濡らすと言う積年の悲願が達成した感動回です。泣けちゃう。
真砂子はナルが誘って主人公を連れてきた時点で、オトリ計画を言えなくなると思うの……なのでこのペアは、ナルが霊能者二人に周囲を見てこいって言った結果出来てしまったエサ。
主人公はお嬢()なので、当然ナルは自分を送るだろうと思って、送っていただかなくて結構、と言いました。
実際送るって言われても、向こうも濡れてるので断ったけど。
告ってもないのにフラれててごめん。楽しい
調査への同行についてですが、マチマチになるかと思います。なぜなら役に立てることがないのと、バイトじゃないからー。
有閑倶楽部は本来三年生(と留年生)なのかなって思うんですが、さらっと時系列混入させます。
Aug.2023