I am.


Adamant. 11

オリヴァーとテレパシーの練習を口実に雑談をしていると、オフィスに客人が現れた。
黒いハット、革ジャンとパンツ、そしてショッキングピンクのTシャツを中に着て、サングラスをつけた一見するとここに訪ねてくるような人ではないタイプ。だがその中身は、時折ここに出入りしている顔見知り霊能者である滝川さんだった。
派手な格好に一瞬圧倒されていた俺たち二人に、彼の方も、おや、と驚きサングラスを外す。
「珍し、お姫さんがこっちにいる」
「お姫さん……わたしのこと?」
彼にお姫様扱いされる理由が分からず首を傾げた。
「ここ来ても、いつもどっか隠されちまうだろ?」
「はあ……そうでしょうか」
俺は苦笑しながら滝川さんの渾名に一応の納得をした。
言われてみれば俺はこのオフィスにいるときは基本リンかオリヴァーに相手をしてもらっているので、霊能者の人達と談笑することはなく、隠されてると思われても仕方がない。
実際、二人は俺を彼らと必要以上に関わらせまいとしている節はあった。無用な詮索を避けるためだろう。
「それで、いったいどんなご用件ですか」
「今日ばかりは真面目に相談事だぜ」
オリヴァーは相変わらずつれない態度で滝川さんに声をかけるが、彼は得意げな態度で向かいの席に座った。
うーん、それって、普段は不真面目だってこと?いつも何をしに来ているかはわからないけど、たびたびオリヴァーがうるさいと文句を言いに行ってるのは見たことがある。
「お茶、いれましょうか」
「サンキュー。アイスコーヒーおねがい」
本来なら俺が手伝いをする立場ではないのだが、手持無沙汰だったので席を立つ。
オリヴァーは呆れた顔をしていたが、話すまで帰らなさそうな滝川さんに諦めて俺を止めなかった。


リクエスト通りのアイスコーヒーを渡すなり、一気に飲み干した滝川さんが話し出したのは、音楽活動をしている自身のファンから寄せられた相談事だった。
高校のある席に座った生徒が、立て続けに事故に遭うというもの。人数にして四人、電車の降車時にドアに腕を挟まれてホームを引き摺られて怪我をしたそう。
そんな特殊な事故が、特定の条件下で起きるというのは確かに奇妙である。
本当はアイスコーヒーを置いたら席を外そうと思っていた俺は、うっかりオリヴァーの隣に座り直して話を聞いてしまった。
しかも、滝川さんが言うにはその子の学校ではほかにも原因不明の事故や病気や体調不良が続いているそうだ。気味が悪いな、ということで滝川さんに相談したそうだが俺はその話を聞いていてふと、ある学校名を思い出す。
「それって、湯浅高校?」
「ん?知ってるのか?」
「最近、三件ほど依頼にきてたんですよね。全部断ってしまってたけど」
滝川さんは目を丸めた。
同意を求めるようにオリヴァーを見ると、彼は少し考え込むように俯いている。
───その時、またオフィスのでドアが開きベルが鳴った。
そこに立っていたのはスーツを着た中年の男性で、彼は自分のことを湯浅高校の校長であると名乗った。




正式に依頼を受けて湯浅高校へ向かったのはオリヴァーと滝川さんの二人だった。
初日から相談者はひっきりなしにやってきて、その話の内容からして機材は圧倒的に足りないらしい。そんなわけで、どうするのかと思っていたら人海戦術をとるといってオリヴァーは知ってる霊能者全員に声をかけた。
そのついでに俺が呼ばれたのは、猫の手もかりたい状況だってことなんだろう。
「とにかく数が多いのでゆっくり調査をしていられない。手当たり次第除霊してみるしかないと思う。効果がなければその時に次の手を考えよう」
オリヴァーはそう説明しながら、俺がいることに不思議そうにしている霊能者たちに指示を出す。
「原さん、校内を見てみてください。とりあえず霊が出るという美術準備室……事故の続く席と陸上部の部室を」
「真砂子と呼び捨てにしてくださって構いませんのよ?」
「……松崎さんもついて行ってください。霊がいるようなら除霊を」
「ああーら、真砂子には何も言い返さないわけ?いつもずいぶんなコト言ってやりこめちゃうくせに」
オリヴァーは原さんからのアピールをスルーしたが、そこを突っつくのが松崎さんである。
だが涼しい顔で、松崎さんのリクエストに応えてずいぶんなコト言ってやり込めてみせた。
「ここには麻衣が待機して皆からの連絡を中継する」
「よろしくお願いします」
このための俺です!と挨拶をすると、皆の視線が集中する。
霊能者でもなんでもない、よくわからない人が居るのだから珍しいだろう。
そのうえ、原さんの下の名前呼びをスルーして松崎さんをやり込めた後に『麻衣』は下の名前で呼ぶという格差……。約二名が不満そうであった。


オリヴァーとリンは二人で動き回って調査を続けるそうなので、俺はベースとなる会議室で一人、寄せられた相談を見ながら整理したり清書したり、書類仕事に勤しむ。
だが暫くすればそれも終わった。
今のところ、霊能者たちから芳しい報告が上がってこない。
何かやることはないか室内を見回したところで、会議室の扉が無遠慮に開けられた。ショートカットの女子生徒が入ってこようとして立ち止まる。
「こんにちはあ~、……っと、ダレ?」
「渋谷サイキックリサーチのものです」
相談者にしては不思議な問いかけだな、と思いながら応じた。
「あ、増えたんだ~。あたし、ここの生徒で高橋優子。タカって呼ばれてまーす」
「こんにちは、谷山麻衣です。ご相談ですか?」
「えーっと、それは済んでて、もともとあたしがノリオに相談したのがきっかけみたいな」
「ノリオさん……ってどなたでしょうか?」
しばしば話がかみ合わない時間が続いたが、高橋さん曰く滝川法生さんの本名がノリオで、ミュージシャンをしているときはそっちの名前で活動しているのだそう。
そこまで聞いてようやく、俺はオフィスに相談に来た時に自身のファンがどうのこうの、と言ってた話を思い出す。
「それで、みんなはいないんだ?なにやってんのー?」
高橋さんは懐っこくて、俺の正面の机に手をつき、書類を見下ろす。そして、これが全部寄せられた相談で、学校で起こった事件なのかと目を剥いた。
「まったく。どーなってんのかねー、この学校は……祟りに幽霊に超能力でしょ?」
あとUFOが来ればなんとかかんとか、とぼやいているのを他所に、俺は手持無沙汰に捲っていた書類から顔をあげた。
「……いま、超能力っていった?」
「え?」
祟りや幽霊の話は寄せられた相談にたしかにあったが、超能力に関しては聞いたことがない。
見落としや、聞きそびれたことがあったんだろうと、俺は高橋さんに詳しい話を聞くことにする。
そして、得た情報をひとまずオリヴァーに伝えたところ、リンと揃ってベースに戻って来た。

超能力というのは三年の笠井千秋という生徒が、夏休みが明けたころにやり出したスプーン曲げのことらしい。それにまつわる騒動が通称、カサイ・パニック。
スプーン曲げを人前で成功させた彼女は、生徒の間で大人気となった。スプーン曲げ自体も大流行し、それを信じる人と信じない人とで騒ぎになる。そのことで特に教師が鎮静化のために逆にヒートアップして、あんまりな扱いにキレた笠井さんは『呪い殺してやる』と言い放ったそうだ。
その後くらいから、ヘンなことが起こるようになった……という、噂があるにはあるらしい。

───てなわけで、俺とオリヴァーは生物室でひっそり過ごしているらしい件の生徒に会いに行くことにした。リンと俺がチェンジなのは何故だかわからないが、俺とオリヴァーなら同じ能力者として何か感じられることもあるのかもしれない。
実際に会いに行ってみた生物室には、笠井さんと生物部の顧問である産砂恵という女性の教師が居た。オリヴァーが超能力の話を聞きたいと言うと、笠井さんは酷く反発をする。
だが産砂先生が、心霊現象の調査をしている専門家なら、頭ごなしに笠井さんを否定することはない、ととりなしたおかげで多少話を聞いてくれるようになった。
とはいえ、俺たちを信用しきれてはいない。
「どうせ信じてくんないでしょ、超能力なんて」
「なぜです?スプーン曲げくらい僕だってできます」
自嘲気味に笑った彼女に、オリヴァーはさらっと出来ることを宣言する。
「……できるの?」
「できます、PKを信じない心霊研究者なんていません」
「ちょっと、ねえ」
売り言葉に買い言葉みたいな勢いだが、出来ることは確かなので俺は彼の腕を揺さぶる。
オリヴァーは一人でPKを使うことは禁止されているはずだ。
「……やってみせて」
「───わたしがやります。構いませんか?」
俺はオリヴァーに渡されたスプーンを奪い取って遮って、笠井さんに笑いかける。
オリヴァーはさっきまで俺を無視してたので、「おいっ」と言ってるのをお返しに無視した。
笠井さんは怪訝そうな顔をしたが、急にやって来た二人がまさか本当に出来るとは思っていないので投げやりな態度だ。
「どっちでもいいよ」
「じゃ、やるね」
不満そうなオリヴァーを笑顔でやり込めて、俺はスプーンを手に持って念じた。

数秒ほど集中すると、ぶる……と震えたつぼの部分が首を擡げ、くの字に折れ曲がる。
柄の部分しか手に持たず、曲がる瞬間をきちんと見せる綺麗なパフォーマンスが出来たと思う……のだが、やっぱり曲がった部分が折れてしまい、床にスプーンが落ちてしまった。

「あ、ちょっと失敗……───でも、はい、できましたよ」
オリヴァーが横で俺の落とした方のスプーンを拾ってくれているので、柄の方を笠井さんに手渡す。まじまじと、二つに折れたスプーンを茫然と見た笠井さんはやがて、少しだけ肩の力を抜いた。



next.


お姫さんの読み方は、おヒイさんです。
ぼーさんって人のこと、嬢ちゃん、お嬢ちゃん、少年って呼ぶからさ、ほら、おヒイさんとも呼ぶよきっと(希望的観測)
愛でてるというより揶揄で、"ナルとリンの"お姫さんという意味。
Sep.2023

PAGE TOP