Adamant. 12
夏休みにテレビ番組でやっていたスプーン曲げを、真似したら出来るようになった。───と、笠井さんは語った。ゲラリーニ現象と呼ばれるもので、ユリ・ゲラーと言う超能力者の力を目の当たりにした人たちが触発されて、自身も才能を開花させるという過去に起こった事例から名付けられた。「今でもできるのですか?」
俺は単純に、そういうタイプは短時間で力を失ったと聞いていたので、彼女に問いかけた。
だけど挑発と思われたのか、彼女は少々ムキになって出来ると発言した。だがその空気に俺は、失敗したな、とオリヴァーを見る。
相変わらず涼しい顔をしていたので、何を考えているのかはわからないが笠井さんがスプーンを掴んで集中している姿から視線を動かさない。
俺もすぐに彼女の動向に注視する。
集中して一点───スプーンを見つめる彼女の顔は深刻そうだ。
前かがみの姿勢が徐々に丸まって、その頭がぐっと下に押し込められていく。膝の間、そして長い髪や頭に遮られて、スプーンが見えなくなった。
「そんなことをしてはだめだ」
途端、オリヴァーが厳しい声で彼女を止める。
彼女の肩はびくりと大きく跳ねた。驚きではなく、まるで、怯えるみたいに。
「そんなことをしていると、本当にゲラリーニたちの二の舞になる」
顔を上げると見るからに蒼褪めていた笠井さんは、オリヴァーに言い聞かせられるようにしてゆっくり緊張を解いていく。
「どうしたの」
「今のはトリックだ」
「トリック……?」
「スプーンが身体の影に入ったところで、先を椅子の縁に当てて曲げようとした」
何が起こったのかと思えば、オリヴァーによるとゲラリーニたちの常套手段のようだ。
そういえば、ゲラリーニはその力を短期間で失った為、多くがペテンの烙印を押された。それはきっと、力を失ったことを認められず、そして周囲がそれを許さなかったから。
「……見えなかったものね。───どうりで」
納得していると、笠井さんが俺を見る。
「で、でも、曲げたことがあるのはほんとだから!」
だとしても、だ。俺は苦笑して、オリヴァーに続きを託した。
「そういうトリックを一度でも見つかってしまうと、何を言っても信用されない」
「っ!」
「ゲラリーニの能力が不安定なのは研究者ならだれでも知っている。出来ない時は出来ないと言って良いんだ。それで信用しない人間は頭から信じる気が無いんだから無視していい」
「……」
「私が教えたんです。ほかの教師たちから睨まれて、どうしてもスプーンを曲げなきゃならない状況だったので」
それっておかしくない?と思いながらそもそもこの学校ちょっとおかしいな、と納得して疑問をおさめた。
笠井さんが本当にスプーン曲げをできたとして、それが本当であるかないかなど本気で問うなんて、生徒はともかく大人はなんなんだ。いや、頭の固いオトナはいっぱいいるけどな……。
「麻衣、体調は?」
「え?」
笠井さん達との話を終えて生物室を出ると、オリヴァーはさっさと歩き出す俺の腕を引いた。
そういえばPKを使ったっけな、と思い出して「へいき」と笑いけかるが、どうも納得してない。俺が勝手に名乗り出たことを不満に思っているんだろう。
「……あなたは"ひとり"で力を使ってはいけないはず」
「それは麻衣も同じ条件では?」
「わたしにはオリヴァーがついてるもの」
言葉遊びのようだが、オリヴァーはユージンが居ない今、その計り知れないほど大きな力を使ってはいけない。俺の場合は訓練中ということもあって、一人では使わない───という、違いがある。
オリヴァーはそれ以上何もいうことなく、ぷいっと顔を背けて歩き出した。
俺はウフフと笑って彼の後を追いかけて隣に並ぶ。
「ねえ、少し上手になったと思わない?」
「なにが?」
「スプーンを曲げるの」
「……そうだっけ」
「前は力の加減が難しくてねじ切れてしまったけど、今日のはちゃんと綺麗に折り曲げられたでしょ?」
「結局ちぎれたけど?」
「それはまだ練習中」
「上手くなる必要はないだろう」
「そうかな?だって、オリヴァーとは力も繋がるようになるかも」
軽口の応酬の最後に手をかざすと、オリヴァーは目を瞠った後、静かに俺の手に手を合わせた。
やっぱり馴染む───なんて思いながら、指の腹をすり合わせてずらし、指を挟んで握る。
「ことがそう簡単にいくかな」
オリヴァーはそう口ではいいながらも、小さく笑った気がした。
ベースに戻ると霊能者たちが集まっていた。そこで原さんは一貫して霊が見えないと言った。だけど、学校内で多く人間が被害に遭っていることは確かだ。
一部は周囲の雰囲気や噂に影響された人の勘違いであるとしても、尋常ではない数の相談が寄せられている。きっと何か理由があるに違いないが、その理由が見当もつかない……と、オリヴァーはぼやいた。
その日はまた、霊能者の勘を頼りに『噂のある現場へ行き除霊を試みる』の繰り返しが行われ、夕方には解散となった。
そして翌日、俺たちは飽きもせず───多分飽きてはいるのだろうがやめるわけにはいかない───同じやりかたで学校を練り歩く。
もちろん霊能者ではない俺はベースで中継役だったり、相談役をする。とはいえ相談は、オリヴァー達のやってきた初日と、昨日で結構相談は出尽くした感じだ。なので案外暇だったりして。
コンコン、……カラッ……
軽いノックをされたので返事をすると、ゆっくりとドアが開けられた。
昨日の高橋さんとは違う雰囲気に顔を上げると、長い髪をゆらし、どこか不安げな顔をした笠井さんがそこにいる。
「入っても良い?」
「どうぞ、こんにちは」
向かいの席を勧めると、彼女は無言で座った。
そして数秒ほど待つと、除霊の進捗を問われた。
「霊媒の方いわく、霊はいないそうです」
「まさか!こんなに事件がおこってるのに」
「ほかに霊が見える人はいませんし───せめて出没時に居合わせれば霊能者としても対処のしようがあるのかもしれませんが」
「あんたとか渋谷さんとか、霊能者なんでしょ?見えないわけ?」
「わたしはまったく、普段はサイ能力の訓練でオフィスに通っていて。所長の渋谷は心霊現象の研究が主ですね」
オフィスのスタンスからして一般的な霊能者とは違うことを軽く説明すると、笠井さんはぎこちなく相槌を打つ。
「あんた……谷山さんだっけ?いつから超能力が使えたの」
「ええ、谷山麻衣と言います。わたしは物心ついた時から」
「それってつまり、天性のサイ能力者ってこと?すごいね、……あんなにスプーンも折れたりするくらいだし」
すごい、かな。まあ、すごいのか……。俺は微笑むだけにとどめる。
笠井さんはきっと、スプーン曲げが出来たとき嬉しかったのだろう。だから、皆にもやって見せた。
クラス学年垣根無く、出来るときに出来るだけ見せて、そしてそれが火種となった。
扱い方を間違えた───と、断じるまではしないが、その行動がすべての始まりである。
とはいえ責められるべきは彼女ではない。
「ねえ、PK-STだけ?他にもなにかできる?」
「……どうでしょう。わたしは本格的に指導を受けて、まだ半年足らずなので。それにしても、お詳しいんですね『PK-ST』という言葉を知っている高校生には初めて出会いました」
「そう?こんなの、全部恵先生の受け売りよ。先生は超心理学にすっごい詳しいから」
「ああ、産砂先生も博識でいらっしゃいましたね」
俺の力の詮索はするりと抜けて、彼女の知識の出どころを探ると、産砂先生に行き当たる。
そういえば、ゲラリーニだとかペテンの仕方だとかを教えていたのはあの人だもんな、と思い出している一方で笠井さんは産砂先生の立場を振り返って苦い思いを吐露した。
どうやら、教師やPTAからのあたりが相当キツいらしい。
ははあ、大変そうですなあ……と、俺は彼女の憂いを聞くに徹した。
next.
麻衣と笠井さんのやりとりが本当は事件解決に必要なんだけど、省略します、やってるていで。
コミックス版もうまく書いてると思うんだけど、原作小説を読むと情報量に殴られる……。
Sep.2023