I am.


Adamant. 13

夕暮れ時に、ベースにオリヴァーと二人で居たところに霊が出た。
天井から逆さまになった、長い髪の毛を垂らす女の顔。白い着物を着た首と胸までがずるぅりと降りてきたところで、滝川さんが気配を察知したのかベースに飛び込んで来て、真言を唱えてくれたため退散した。
「なんだ今の!?」
「……とうとうここにも現れるようになったらしいな。───これで、今回原さんはたよりにならないとわかったわけだ」
二人が話をしているのを、俺はじっと立ち竦んだまま聞く。
だって、……こわかった。
「大丈夫か?お姫さん、顔色悪いぞ」
「……ずっとこっちを見てたから……」
「おお、怖かったなあ~よしよし」
滝川さんに頭を撫でられるのも、本来ならウィッグを心配して離れるところだが、今はされるがままだ。
俺は今までも霊を見たことはあった。そして、うらみつらみを吐く迫力を目の当たりにしたこともある。もちろん怖かった。
だけど、そのどんな霊よりも恐ろしいと感じた。

だってあれは、"俺"を見ていた。



その日の夜───俺は気晴らしに、魅録の運転するバイクに乗ってかっ飛ばしていた。
夜の峠道を、風を切って、後続車を引き離して走るのは楽しい。
わっは~!と声を上げるくらいに、憂いも払えたと思った矢先、バイクのサイドミラーに不思議なものが移ったことに気が付いた。
ゾクッと背筋が凍るのと、それを視認したのは同時だった。
───あの女だ。
「魅録!!もっとスピード上げて!!」
「?おお、いいぜっ、掴まってろよ」
俺は反射的に、魅録の背中に強くしがみ付いて急かした。
ミラーからは目が離せず、もっともっと、とせがむ俺を、魅録は次第に訝しむ。
「スピード落とさないでっ」
「何言ってんだよ、信号はさすがに守るぜ俺は!」
「~~~~~っ」
叱られて初めて、魅録に危ない真似をさせようとしてたことに気づいた。
そして追いつかれるという恐怖に後ろを振り向くと、女の姿はどこにもいなかった。
「い、……いない……?」
「どうしたんだよ?さっきからちょっとヘンじゃないか?」
「み、魅録ぅ~……俺、悪霊に憑かれたかもしんね~!」
ハヒハヒと息をしている俺を、魅録はてきとうに慰めて、信号が青になった為バイクを再び発進させた。
その後はミラーが怖くてみられなくて、ずっと魅録の背中に顔をうずめてた。


「で?なんですか、こんな深夜に我が家におしかけてきて」
「悪いな。が悪霊に憑かれた呪われたってうるせーから」
ドライブの終着点は、なぜか清四郎の家だった。
俺は首根っこ掴まれるようにして清四郎の前に引き出される。
「それはそれは、穏やかではありませんね」
「面白がってる!」
清四郎を指さして魅録に言うと、魅録も笑った。ウワ、こいつも面白がってた。
この霊感無いコンビ、霊をみないからこそ度胸があって、好奇心が旺盛。頼りになる二人ではあるが、頼りにしてるこっちを完全にオモチャにしている感はある。
だけど背に腹は代えられん、と俺はかいつまんで湯浅高校で起きていることと、笠井さんのこと、それから霊が出た経緯を話した。
「じゃあ、笠井さんって子に呪われたってことか?」
「俺、笠井さんに呪われるようなことした?」
「あるとしたら逆恨み。力を失いかけてる自分の前に、才能を持った奴が現れたから」
魅録の言葉に、理不尽すぎるんだが?と頭を抱えた。
でも笠井さんは俺を「すごい」と言っていたが、そこに嫉妬があったとは思えなかった。
もちろんすべての感情を表面から読み取れるわけではないが。
「とはいえ、人為的に霊を人に憑けるとなると、相当な才能が必要じゃないですかね」
「それもそうだけど。ていうか、そんな事できるの?」
「ないことはない───厭魅の一種で、死者、この場合悪霊などを使って人を呪い殺すものです」
ヒュッと息を飲む。魅録も横で一瞬固まった。
清四郎曰く、ヒトガタを使って呪いを込めると、その念をもって悪霊がその相手を呪いに行くのだそうだ。
まだ俺は昨日今日かけられた程度なので実害は出ていないが、次第に悪化していくだろうとのこと。
対処法としては、ヒトガタを探して燃やすこと、だそうで。
「え、探すの……?」
「というよりは、根本的に犯人を捜して吐かせた方が早いだろうな。またやられたらキリがない」
独り言ちるような清四郎に、それが出来たら苦労はしねーんだと肩をぶつ。
「はは。とはいえ、その学校に行ってから接した人はそう多くないでしょう、その中で最も怪しいのは笠井さん。ほかには誰かいませんでしたか?」
「笠井さんは清四郎みたいなオタクじゃない」
「ぶはっ」
「…………多趣味・博識といってくれませんか」
魅録が噴き出し、清四郎が引きつった顔をする。
「だから、博識な先生が一人いたんだ───笠井さんは、全てその人の受け売りだと」
「ほう。とはいえ、単純に誰がやっても出来るというものではありませんがね」
俺が言いたいのは、笠井さんにそんな特殊な呪法の知識があるとは思えないということ。
そして少しあった違和感は、笠井さんにサイ能力を『誤魔化す』やり方を教えたことが気がかりで。

産砂先生の話をすると、にや~っと笑った清四郎と魅録は調べてみるといって俺を朝、送り出した。
今日は霊能者の誰か一人と一緒にいること、と言われたがみんなは数日の除霊活動の疲労からしてくるのが遅い。
まあこんな朝っぱらから悪霊も早起きして俺を殺しには来ないだろう……と、しばらく待つと、やって来たのは笠井さんだった。
ちょっと身構えそうになったが、俺はつとめて冷静に彼女に対応する。
「ひとりなの?」
「ええ。みんなはもう少し遅くに来るみたいです」
「あの、仕事……捗ってる?」
「───まあまあですかね。わたしは出来ることが少ないですが」
「……あのね、恵先生がさ、手伝えることがあったら言ってくれって。谷山さんが天性のサイ能力者だって知って、すごいって言ってたよ」
「そうですか。そのお気持ちとてもうれしいです」
「あたしも手伝うし、なんでもいってよ」
「ありがと、何をしてもらおうかな」
冗談まじりに砕けた口調で笑いかけると、彼女は期待をこめるような輝きを持って俺をみた。
だけど丁度その時、オリヴァーとリンがベースに来た。
「……笠井さん?」
「じゃ、あたし教室帰るね」
「ええ、また」
オリヴァーは笠井さんの存在に若干驚き不思議そうにしたが、それと同時に笠井さんは立ち上がる。
俺はひらひらと手を振って見送り、オリヴァーとリンには改めて挨拶をした。

「笠井さんはどうしてここに?」
「笠井さんと産砂先生が、何か手伝うことがあったら言ってほしいと」
「ふうん」
お茶を入れながらオリヴァーの質問に答え、二人の前にそれぞれカップを置く。
そして俺は昨晩のことを思いだして、あのね、と言葉を紡ぐ。
「きのう会議室に出た女の霊ね、夜中にわたしのところにきたの」
「───!?」
お茶を飲みかけていたオリヴァーは目を瞠った。
噴き出す、なんてことはなかったが。
リンも、はっとしてこっちに顔を向けている。
「深夜2時頃、鏡を見たら後ろにいて。しばらくそのままずっと鏡越しに見たままじっとしていたんだけど、意を決して振り向いたら消えてた」
二人に簡潔に状況を説明するが、バイクで爆走していたことは省略する。
「まさか、麻衣を狙って……?」
「そうだと思います、それでね、リン」
リンにこくりと頷き、そして、じっと見つめる。

「今日はずっと、わたしのそばにいてくださる?」

その瞬間会議室のドアが開いたのだが、誰も挨拶を言い出せずに固まっていた。



next.


誤解(?)を与える言い方すき。
しれっとリンさんも麻衣よび。向こうに留学して教え子になってたら下の名前で呼んでただろうなって思って。(まあ留学してたら本名だけど)
細かいことですが「そばにいさせて」じゃなくて「いて」なのはけして自分を下にはしないから。ナイトにしてあげる♡ってことやで。
Sep.2023

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