Adamant. 14
大勢の人間が固まったことで、おや?と思った俺はみんなに挨拶の言葉をかける。こうして全員が揃ったことだし俺は改めてもう少し詳しく説明をすることにした。
昨日の夕方会議室に出た女の霊が、深夜俺を狙って出没したことから───『厭魅』の可能性について。
オリヴァーとリンは俺の話を聞き、その方法が妥当だろうと頷く。
更に詳しい概要の説明をオリヴァーに任せると、次第に意見が固まっていき、今度は誰が犯人なのかという話になった。
「そんなもの決まってますわ、笠井さんでしょ」
「そーねえ」
原さん、そして松崎さんは笠井さんが犯人だと乗り気である。
「笠井さんという、証拠は薄いと思いますが」
「なーんでよ、他にだれかいる?あんた直接会ってるから肩入れしてんじゃないの?」
「……だからこそです。彼女は夏休みにたまたま、不思議な力に目覚めてしまった女の子だと思いました。───人を本当に呪う方法なんて知ってるでしょうか。この前少しだけ、サイ能力についてお話しましたが、すべて産砂先生の受け売りだと言っていました」
「じゃ、産砂先生があやしいって?」
「結論を出すのは早すぎませんか?間違っていたら傷つけることになります。相手は生きた人間ですよ」
松崎さんに続いて、滝川さんが肩をすくめた。
そして俺が宥めると、今度はオリヴァーが畳みかけるように口を開く。
「だが一番怪しいのは笠井さんだ。被害者の一人……吉野先生は朝礼で彼女をつるし上げた張本人だからな」
「一也さんにはまた彼女をつるしあげる覚悟がおあり?」
「……放っておいたら死人が出るかもしれないんだぞ?麻衣だって」
犯人は笠井さんだの産砂先生だの、ここで言い合っていても仕方がないだろう。
今俺たちがすることは、こんなことじゃない。
「死人が出る前に、見つければいいのです。ヒトガタも、犯人も。───それがあなた方がここに来た意味。出来ないとは言いませんね?」
オリヴァーとリン、そして滝川さんをはじめとする霊能者たちを見渡した。
「はぃ……」
そして、返事をしたのは最後に目があったブラウンさんだった。
わ、なんだかごめんね……。
再び訪れた沈黙を破ったのはオリヴァーで、俺の言う通り人型探しと犯人捜しを並行して行うと指示した。
ヒトガタは相手にとって身近な場所に埋めるというから、学校のどこかにある可能性が高いとし、みんなには学校の中の床下や天井裏、普段人目につかないところをしらみつぶしに探していくように言った。
「少なくとも犯人が麻衣のヒトガタを埋めたのはこの二、三日のはずだ。まだ埋めた跡が分かるだろう」
「……へぇ~い……」
滝川さんが生気のない声で返答する。オリヴァーのもたらした不幸中の幸いは、あまりにもささやかだったからだ。
しかし俺にケツを叩かれてるので、彼らは文句を言わずにじょろじょろと会議室を出て行こうとする。
その中で、松崎さんは俺を見て口を開いた。
「あんたはどうすんのよ、ここで待機?」
「まさか。自分の命もかかっているのだから、もちろん探します。そのかわりどなたか一人、わたしと行動してください。きっとまた悪霊が現れますから、一人だと怪我をしかねません」
さっきはリンに提案したことだったが、この際誰でも良いんだよな。
滝川さんとブラウンさんが特に除霊に長けているし、俺が倒れたとき多少力のあるものがいいだろうから二人のうちどちらか……と、二人をみると彼らは丁度顔を見合わせていた。どっちでもいいけど、と言った感じだろう。
「じゃ───」
「私が」
ほとんど迷った感じはなく滝川さんが手を上げたとき、遮るようにしてリンが言った。
まあ妥当か、とみんなが納得して改めて会議室を出て行くと、残されたナルとリン、そして俺は犯人捜しの第一歩として、思い当たる場所のひとつである『座った生徒が連続して事故に遭う席』へと向かった。
案の定、机の中にはヒトガタが張り付けられており、リンいわく「よくできています」とのことだ。
これは特定の個人ではなくて、その席に座ったものを対象にしているもの。
そして妙なことが起こるとされてる陸上部の部室へ行くと、床がえぐれている部分から土に埋まったヒトガタをまたしても見つけた。
オリヴァーは話を聞くために高橋さんを呼びだす一方で、俺はリンと校舎内を引き続きヒトガタ探しのために歩き回る。途中ブラウンさんだとか、松崎さんだとかとすれ違い、この探した場所の情報共有はしてきたがキリがないと感じる。
「ここにもないようです」
「そう……」
リンが天井の裏を見てくれた後に、俺は落胆に肩をすくめる。
学校は少々騒がせることにはなるが、捜索者を増やすのも手だな。リンやオリヴァーに提案してみようか。
♪───♪───
考え事をしていたその時、俺のスマホに着信が入る。その相手は清四郎だ。
リンはどうぞ、と手を出すので俺は失礼、と断りスマホを耳に当てた。
「なにかわかった?」
開口一番にそう尋ねると、電話口から軽く笑い声が聞こえる。
『ええ、面白いことが少々。過去の雑誌に面白い記事を見つけましたよ』
「へえ、記事」
『───データを送っておくので後で見ておいてください。湯浅高校の生物教師、産砂恵は福島県出身だったかな?彼女はかつて───』
清四郎が報告してくる内容に、俺は次第に相槌すらうたずに聞き入り始める。
沈黙している俺に、リンは不思議そうにしていたが、やがて電話が終わると傍にやって来た。
だが俺は続いて清四郎から送られてきてデータを確認すべく、スマホから目をはなさない。
保存されたファイルを開き、目当てのページを見ると確かにそこには、清四郎の言った通りの内容があった。
「リン、いい情報を、……っ!」
早速報告を、と思い顔を上げたその時、俺はリンの背後にある光景に口を噤む。
目を見開いた俺に驚いたリンは、すぐに後ろに目をやった。
そこには、天井からゆっくりと顔を出す『あの女』がいて、───口には何か棒を咥えていた。
「麻衣、私の後ろに」
リンは俺に背を向けたまま、僅かに後退した。
俺は言われるがままその背中にくっついて、腕に軽く触れる。
「まだあれには大したことは出来ないはずです。落ち着いて」
「はい……」
女が口に咥えていた棒を吐き出すと、その先には刃物がついていた。
そして鼻や口あたりから零れる血が、目や額、髪を伝って床にボタボタと落ちる。
リンはボソボソと何かをしゃべり指を軽く動かした。そしてふっと風が吹いたと思ったら、女はまたしても天井にびゅるっと引き戻されていく。
「わ、あ……すごい」
俺はその光景に茫然とし、その後リンを見る。
全く涼しい顔して払ってくれたところまで、スマートじゃないかよ。
「ありがとうございます、リン、一緒にいてくれてよかったっ!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる勢いでリンをほめたたえた俺は、ご機嫌るんるんで「報告したいことがあるの」とリンの手を引いてベースに戻った。
「ただいまあー」
勢いあまって、ガラーッとドアを開けると高橋さんとオリヴァーはまだ話をしているところだった。
二人は俺たちの急な登場に少しだけ驚く。
視線は上から徐々に下がっていき、おそらく俺たちのつながれた手を見てそれぞれ表情を変える。
オリヴァーは怪訝そうに、高橋さんは目を輝かせて席を立つ。
「えっ二人ってそうなんだ!?そうなんだ~!?」
「あ、違います。ごめんなさいリン」
「……いえ」
「なによう~」
リンは非常に居心地が悪そうに顔をそむけたので、悪いことをしたなと思う。
オリヴァーだってそんな、リンを厳しい目つきで見ることないのに。明らかに俺が勝手に繋いでただろう。
「ちょっと報告したいことがあって、勢いで来てしまいました」
「それは、よほど良い報告なんでしょうね」
「きっと。高橋さんとのお話はいかが?」
「一応終わった。高橋さん、もう戻っていただいて結構です。ありがとうございます」
「はいは~い、んじゃ、頑張ってね」
高橋さんは人見知りせず、俺やオリヴァー、そしてリンにまで笑いかけて会議室を出て行く。
その様子を見送ってから俺はオリヴァーに良い情報はあったのかと問う。
「あの席に一番最初に座って事故に遭ったのは村山さんという子だそうだ。彼女は、高橋さんたちによって笠井さんが教室に引き入れた際に反発していたらしい。産砂先生にまで文句を言いに行ったほど、超能力には否定的。そして陸上部もそうだ。顧問の先生からして反対派だが影響されたのか部員たちも相当同調していた。───笠井さんのクラスには引退した元陸上部員が多くいて、いじめられるような状況にあったそうだ」
ちなみに陸上部の顧問は、車に幽霊が出ると相談にやって来た人である。
「───高橋さんから聞いた半笠井派の人間は全員被害に遭っている」
「そう。……いくつか呪詛に関して確認したいことが」
「なんだ?」
「笠井さんにPK-STがありますが、ESPはないそうです。呪詛において才能は?」
「あるだろうな。普通の人間がやって成功するものではない。……霊能力があるとか、修行をしたことがあるとか素養がないと」
「事故に遭う席の一番最初の被害者である村山さんが『反笠井派』であったのなら、その次の人たちは?」
「おそらく村山さんの名前を知らないから、その席の持ち主を呪ったと考えられる」
「後の人は巻き込まれただけであると」
「そういうことになるな」
「わかりました。では、これを見てください」
そして俺は、オリヴァーにスマートフォンを差し出して、中にあるデータ───雑誌の記事を読ませた。
『エスパーたちのペテンを暴く』と題して、ゲラリーニと呼ばれた子供たちの、スプーン曲げのトリックを、写真の連続撮りで紹介されたものだ。
そのペテンを告白した子供たちの中に、産砂恵の姿があった。
next.
剣菱最強かーちゃん節を受け継ぐ末っ子を書きたかった……。
書けてるかはちょっと自信がない。そして多分背後に蛇は出ない。
Sep.2023