Adamant. 15
(ナル視点)気になったので友人に調べてもらった、と麻衣が説明している声をよそに、僕とリンは手の中にある雑誌の記事から目が離せないでいる。
細かい字の日本語を読むのは煩わしいがそのタイトルだけで、どんなことが書かれているのかは予想ができた。
産砂先生はかつて、ユリ・ゲラーが来日した際に見せたスプーン曲げによって才能が開花した、本物のゲラリーニだった。そして雑誌の取材でスプーン曲げをペテンであると告白した。これはおそらく、編集者が勝手に記述しているのだろう。
「……まずは、村山さんの名前を笠井さんが知る機会があったかどうかを調べる」
「ええ、それが良いでしょう」
麻衣は深く頷き、僕が立ちあがるのを見上げた。
すると、リンが軽く呼び止める。
「ナル、先ほど霊の出現がありました。やはり麻衣が狙いで間違いないでしょう」
「そうか……それにしたって、なぜ麻衣なんだ?」
「わたしが呪われた理由、心当たりがあるとすれば───二人の前でスプーンを曲げた所為かと」
「!そんなことをしたのですか」
ゆったりと首を傾げた麻衣に、僕は肩をすくめた。案の定リンが厳しい顔つきになるので、麻衣は更に首を傾げて不思議そうにした。
僕とは違うと言いたげだが、彼女の力も大概規格外だ。僕が傍にいたとはいえ、訓練以外では無闇やたらと使ってはならない。
だから僕はリンが口うるさく言いかねないことを予想していた。
「話が進まないからその件は後で。だけどスプーンを曲げたくらいのことでか?」
「わたしのサイ能力は天性のものだと言ったの。力を失ったり、弱まったことで悔しい思いをした人からすれば、わたしの存在は気に障ったかもしれませんね」
「……」
麻衣の言うことに納得はできないが、人を呪う理由に論理的思考や正当性を求めても仕方がない。
些細な感情の機微が恨みへと発展することは、僕も知っている。
調査の結果、村山さんは笠井さんが二年の時に同じ文芸部に所属していた。部活の規模は大きくなく、おそらく全ての部員の名前と顔くらいは知っていて、わざわざ席を対象に呪う必要はない。
そして麻衣から聞いた、産砂先生が笠井さんのことを「後輩だから」と言ったことに関して。産砂先生が湯浅高校出身だったということはなく、二人に共通するものはゲラリーニであること以外にはなかった。
笠井さんと念のため高橋さんにも参考に、麻衣のフルネームを知っているか、そしてそれを誰かに話したかを聞くと、高橋さんと笠井さんには麻衣が名乗っていて、笠井さんは産砂先生に話したと答えた。
校長や学校に対して、麻衣のことは助手としか伝えていない為、麻衣の名前を知る者はこの学校には今高橋さんと笠井さんと産砂先生しかいない。
僕はリンと麻衣を伴い、産砂先生のいる生物室を訪ねた。
そして、笠井さんから麻衣のフルネームを聞いたか、この力が天性のものであると聞いたか、最後に出身地やいつごろ東京に来たのかを確認した。
予想通り、麻衣のことはほぼすべて笠井さんから彼女へ筒抜けで、出身地は福島県、大学卒業を機に東京へ来た為、湯浅高校の出身でもなんでもなかった。
呪詛を行ったことを問うと、最初は知らないの一点張りだったが、彼女がかつてゲラリーニであったこと、そしてゲラリーニのトリックを告白した一人だと指摘すると、空気が一変した。
「───わたしは!……わたしは、絶対にインチキなんてしなかった……」
彼女は何故か、僕ではなく、麻衣を見ている。
「本当にスプーンを曲げたのよ。だけど、出来るときと出来ないと気があって……なのにっ」
一瞬僕らは身構えたが産砂先生は目線を下げた。ただずっと静かに見返す麻衣に、きっと押し負けたのだろう。麻衣は物腰柔らかで気弱そうにも見えるが、その実そうでもない。
産砂先生はそのまま、少しずつ憔悴していくようにして、過去を悔やむ。
だが最も悔しいのは、いまだに『超能力を信じない者たち』に対してだった。
なら何故、麻衣を狙った───?否、この問いは無駄だろう。彼女は今、まっとうな思考力を失っているから。
「校長先生に報告します。あなたには、カウンセラーが必要だと」
「私を病人扱いするつもり?あなたは超心理学者ではないの!?」
「……先生は疲れていらっしゃる、休息が必要です───呪詛には体力と……気力を使いますから」
ようやく、産砂先生の激しかった波が凪ぐようにして、肩から力が抜けていく。
そして、ゆっくりと目を瞑り囁くような声で了承して頷いた。
「はあ?空き地のマンホールの中に投げ入れたあ!?」
「どうしてそんなことがわかるのよ!」
「も、もしかして、犯人を突き止めたゆうことですか?」
「マンホールなんて、盲点でしたわね」
霊能者を集めて急遽マンホールの中を捜索に行くことにしたのは、産砂先生から証言を得たからだ。
彼女は別れ際、麻衣の目を見て、ヒトガタの在処を告げた。精神が摩耗していく中で出会った麻衣は、彼女にとってどんな存在だったのだろう。
───それは誰にも理解できない。
滝川さんとジョンがハシゴを使って下りていくのを遠目に、僕は隣にいる麻衣を見た。
「麻衣」
「ん」
思案めいた横顔に、思わず名前を呼びかける。
「ヒトガタは燃やしたらその時点で厭魅は破れる」
「そう、だね、うん」
ぎこちなく微笑んだが、憂いが晴れた様子はない。 「産砂先生に呪われたことを気にしているのか」
「───それは別に。笠井さんと産砂先生は似た境遇でありながら一方は呪った───わたしが何をしても気にしない人もいれば、わたしがどんな事をしても気に食わない人もいるというだけのこと」
「……そうだな」
「あ、あがったみたい」
麻衣のアンニュイな表情はいつのまにか鳴りを潜めていて、それどころか鼻歌交じりにマンホールから上がって来た滝川さんとジョンを出迎えに行った。
僕もその後を追うようにして、回収してきたヒトガタを並べる作業を見守る。
「あ!あったわよ、これでしょ、お姫サマ」
松崎さんが声を上げて、麻衣の手に何かを置く。するとそこには、谷山麻衣と書かれたヒトガタがあり、やはり麻衣が呪われていたことが確かになる。
本人は、ああ、と小さく声を零しながら名前を確認すると、列の端に置いた。
そして麻衣は淡々と、ヒトガタの名前を確認してリストに印をつけていく。
「名前は全て、湯浅高校の教員と生徒ですね。『谷山麻衣』以外は」
余りに反応が薄かったので周囲が面食らっている中、すぐに仕事を終えた麻衣は僕にリストを手渡した
「印が無い人の相談をリストアップしましょうか。本人の気のせいであるのか、ヒトガタが未回収であるのか精査したほうが良いし」
「そうだな。───ヒトガタは処理しておくように」
目の前のやるべきことに熱心な麻衣の姿勢は好ましく思える。僕たちはすぐに背を向けて会議室に戻るべく歩きだした。
背後では滝川さんや松崎さんが騒いでいるが、それを無視して。
next.
今回の主人公、一部の女性に嫌われがち。いや嫌われるっていうか黒田さんは『対抗』で、産砂先生は『嫉妬』的な。これって私、女同士ゆえに助長する部分もあるのかなと思っていて、女っぽい主人公を書く上で挑戦したいニュアンスでした。
人によっては主人公の『女っぽさ』って嫌いかもな、と書いてて楽しいです。
余談ですが、産砂先生が一番ピリッと来たのは、笠井さんがスプーン曲げを誤魔化そうとした後の主人公の雰囲気。本人は納得のつもりだったんだけど、笠井さんは落胆や呆れ、産砂先生にとっては嘲笑にすら見えたかもしれない。受け取り方は人それぞれだね。
Sep.2023