I am.


Adamant. 16

ヒトガタに名前を書いて呪うと聞いた時、犯人は俺を───剣菱を知っているのかと思った。
だが実際に見つかったヒトガタには谷山麻衣と書かれていて、俺の名前は見つからなかった。
犯人───産砂恵はやはり、俺の本来の名前を知っているわけではない、ということだろう。
……とすれば、本当に谷山麻衣という名前で俺への呪いが成功したということか?
納得がいかない。
果たして、このまま帰っていいのだろうか、と校舎を見上げて首をひねる。

「麻衣?」

背後から、オリヴァーに呼びかけられて振り返った。
今回呼ばれた霊能者たちはそれぞれ帰って行ったけど、俺はリンとオリヴァーの車に乗せてもらえることになっていたからだ。
「乗らないのか」
「あ、ごめんなさい、ありがとう」
まるで後ろ髪ひかれるような俺を、二人は怪訝そうに見ている。
なので、厭魅のことが気になると白状しながら車に乗り込んだ。
「ヒトガタは全て燃やしました。麻衣の分も」
「本当にあれが全てだったのかな、って」
「産砂先生は嘘をついていないと思うが」
「ん……」
真ん中に乗った俺の両脇をリンとオリヴァーが挟む。……こうなった以上、本当のことを言うべきだよな。
座った、膝のところにあるスカートをもじもじと引っ張る。

「実は、谷山麻衣というのは本名ではないの」

だから、と、言いかけるも、オリヴァーやリンが身を乗り出してくる。
「…………本名ではない?」
「どういうことだ」
苦笑して肩をすくめると、彼らは少し落ち着きその身体をシートに戻した。
学校で出会ったことから、ある程度身元は保証されていると思っていた俺が、この半年間本名ではないことを明かさないまま二人と過ごしてきたのだから、それなりに驚いただろう。まあ、お互い様だとは思うけど。
「オリヴァーと同じようなものです。本名は一部の界隈では知られていているので、素性を隠して生活しています」
「学校はどうやって」
「校長先生にお願いして秘密にしてもらっています。一部の先生方しかわたしの本名は知りません───もし産砂先生がわたしの本名を何かしらの方法で知り、どこかにヒトガタを隠しているというのであれば、改めて彼女を問いたださないと」
彼らが追及したくなる気持ちもわかるが、俺が最も重要視しているのは、俺の本名が漏れている可能性がゼロではないことだ。
話の内容を本来の進行方向へと変えて、半ば相談するように言葉を投げる。
「……呪詛は通称であっても成立します。効果は減退するでしょうが」
「え」
ところがリンは、俺の不安をあっさりと解消してみせた。
拍子抜け、そして安堵の気持ちで、肩からゆるりと力が抜ける。
「通称で効果を発揮したのは、……数をこなして熟達してきたからだろうな」
オリヴァーの補足も耳に入るが、正直もうどうでもよくなっていた。
前もって呪詛について、もっと彼らに聞いておくべきだったという後悔が募る。でなければ、こんな風に一人で悶々と不安を抱えて相談するような真似はしなかったのに。
……くやしい。
ぺたっと掌で顔を覆って、自分の行動を省みていると、オリヴァーがあからさまにため息を吐いた。
「それで?そちらの疑問は解消されたことだし、こちらの疑問を解消させていただいても?」
おずおず、と手を下ろしながらオリヴァーとリンをみる。二人は有無を言わせぬ表情で俺を見つめていたのだった。

「……少し時間ある?実家に来てもらえたら説明がしやすいの」




実家には今から客人を連れて帰ると連絡し、カーナビに剣菱の家の住所を入力した。
目的地としてピンが刺された場所がだだっ広い土地だった為、二人は本当にここ?と戸惑いを見せたが、近づいたら案内すると言い聞かせて車を走らせた。
そして目的地周辺まできてナビゲーション音声が終了した後は、敷地の高い塀を沿ってしばらく走った。
「───じき、門です」
とうとう合図を出すと、ハンドルを持つリンの手がぴく、と動いた。
「これが、実家……ですか」
「派手な外観でしょ、お恥ずかしい限りで」
門の前に来たところで、奥にはデカくて派手な建物が見えてくる。
外観がまさに城で、真ん中に旗が立っている珍妙な佇まい。門の前には警備の人間が立っており、先に伝えていたナンバーの車に応じて門を開けた。
「そのまま道なりに進んで、屋敷の前まで行って大丈夫」
「……はい」
池の周りの道を行ったあと屋敷の前にバンが停まると、あらゆるところから執事長の五代と使用人が出てきて待ち構える。
「ようこそおこしくださいました」
そして、車を降りた俺たちに対し、一同が頭を下げた。
俺でも圧巻だと思う光景に、二人は居心地が悪そうにしていた。
「……あまり賑やかな出迎えはするなと言ったのに」
「嬢ちゃまのお客様は丁重におもてなしするのがわたくしどもの務めでございます」
五代は俺の荷物を受け取りながらハキハキ言った。お嬢様扱いなのはこの客人に対してどう出たら良いのか言わなかったからだろう。
「ささ、お身体が冷えてしまいますから」
「ん。応接室に二人をお連れして。わたしは着替てくるから」
「!かしこまりました」
「二人とも、一度失礼させてね。───この格好だとまどろっこしくて」
五代に急かされて家の中に入りつつ、終始あっけにとられている二人から離れた。


あまり待たせるわけにもいかないので、ウィッグを外して髪を整え、服を男物に変えるだけにして部屋を出た。化粧はほとんどしていないので、このままでいいだろう。色付きリップもフレグランスも薄れたはずだし。
息が上がらない程度の早歩きで応接室の前まできて、ふうっと一呼吸して身嗜みを整える。そして、ドアの前に立っていた使用人にドアを開けさせて、部屋の中に足を踏み入れた。
中に居た二人は、入室に気が付いていっせいにこちらを見た後、戸惑うように俺を見上げた。
「麻衣、……か?」
いつもは必要以上に女性らしい振る舞いをするが、隠す必要もない今、目の前のソファに軽く足を開いて腰掛ける。
オリヴァーの恐る恐るといった感じの問いかけにも、ンハッと素で笑ってしまった。
。……剣菱、だ。改めて、よろしく」
「───どうりで、本名を隠すわけだ」
オリヴァーは一度深くため息をついてから言う。その言葉のわりにちょっと不満そうなのは、俺に隠し事をされていたのが気に食わないからだろう。
「あはは、留学する場合は隠す気はなかったんだ。でも『谷山麻衣』として出逢ったんでね。どうせ研究や訓練に個人情報は必要ないでしょ?身分証明書の提示を求められなかったし」
「それはそうですが、わざわざ私たちに隠し続ける必要もなかったのでは?」
リンも黙っていた事は不満だったようで口を挟んでくる。
俺はオリヴァーやリンの素性を知っているのに、彼らは俺を知らなかったわけだから。
とはいえあなた達の秘密を知ったので、わたしの秘密を教えます、なんて好きな子を教え合う子供のような可愛げが俺には無いもので……。

「だからこうして教えてるじゃないか」

素知らぬふりをしてにっこり笑って言い返すと、二人は面食らったような顔で閉口した。



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男の子の時でも笑顔でゴリ押す!
案外早めの性別バレになりました。
原作ではナルと産砂先生の言い合い(?)で『通称でも呪詛は成立する』と言ってるんですけど、なかったことにしました。名前を明かしたくて。
Dec.2023

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