I am.


Adamant. 17

(リン視点)
剣菱と名乗った彼は、豪奢な部屋で気後れすることなくソファに腰掛けて笑う。
顔が変わったわけではないのに、長髪や女性らしい服装ではない事、仕草や喋り方が違うのでまるで別人のようにさえ感じられた。

───『剣菱』といえば、世界にも名を轟かす大財閥であるが、それ以上に私たちが所属するSPRにも多大な寄付をしている為記憶に新しい。
ナルもその名を聞いただけで、すぐに素性を隠す理由を理解した。
しかし、本来はイギリスに留学して研究所に通うつもりだったが、私たちに今まで黙っていた理由はわからない。
おそらくは、オフィスに通うことになった際にSPRから我々の事情を聞いたうえで、自身の素性を口止めしている。
十年前に訓練と研究に協力した際に名前を残さなかったとはいえ、今では剣菱と言う人間がイギリスに来ることになっていた事をSPRが知らないはずがない。
その情報が私とナルに下りてこなかったということは、そういうことだ。

そのことを含めて、何故隠していたのかと聞けば「だからこうして教えてるじゃないか」と言い放つ。
───私たちは一瞬、言葉を失った。
思い返してみれば、麻衣は時折こうして我の強い一面を見せるときがあった。堂々と胸を張って、自分の正当性を笑顔で貫く。
ナルはとうとう諦めたようにため息を吐き、ソファに少し投げやりに身体を預けた。
「……はこれからも麻衣としてオフィスに来るんだな?」
「うん、素性を知る人間は少ない方が良い」
確かに、よく出入りする霊能者たちにわざわざ麻衣の素性を明かす必要性は感じない。私とナルが知っていれば十分だろうと頷いた。
「……そういや笠井さんもリンの訓練を受けるじゃない?」
ふいに、の視線が私に向けられる。
彼の言う通り、笠井さんは本人の希望もあって今後オフィスに通うことになっていた。
どうやらがオフィスで訓練を受けているという話を聞いて、とナルに相談し、ナルがオフィスへの出入りを許可した。
「二人は俺が訓練に来ていることを滝川さん達に伏せていたようだけど、俺のことが知れたら迷惑かな」
「別にそういうわけじゃない」
「奇異の目にさらされることになるのはです」
の問いかけに一瞬何を言われているのかわからなかったが、ナルと私が彼らに伝えなかったのはあくまでのことを勝手に言うつもりはないためだった。
「配慮してくれてありがとう。でもそれなら平気だよ、彼らは純粋な探求心を持ってるだけだと思うし───」

───バタバタッ
「~~っ、……ゃ、……んです」
「───ぁ、……だ、……って」

ふいに、部屋の外の騒がしさが耳に入る。ナルやも、不思議そうにドアの方へ目をやった。
誰かが部屋に入ってこようとして、制止を受けているかのよう。は私たちを見て、手で制止をかけながら自分は立ち上がりドアの方を見る。
その時、ドアは勢いよく開かれた。

バンッ
!」
「悠理、入ってくるならもう少し静かに」

入って来たのは、と同年代くらいの、学生服に身を包んだ少女だった。
私もナルも、その人に見覚えがある。
以前、が夏休みに出かけた友達の別荘で起きた心霊現象を記録した資料にある映像に、彼女はいた。レポートにあった名前は『Y』で、霊媒体質の気があり、別荘の以前の持ち主である女性を憑依させたのが彼女だ。
その様子からしておそらくの姉であることはわかった。以前、は"同じように"双子なのだと言っていた。

「───、」
悠理と呼ばれた少女は、部屋に入って来た時の勢いを一瞬にして失い、部屋の中に立ち尽くしている。
私やナルの方を見て目を見開き、微動だにしない。も異変を感じたようで彼女のそばに寄って、声をかけているが無反応だ。
見つめられている私たちもその様子に尋常ではない気配を察知して、彼女の動向を注視する。

「わ、悠理!?」

突如、膝から力を失うように、彼女は頽れた。
が慌てて支えるが、私とナルも近寄り、顔を覗き込む。
彼女は床に座り込み自分の状態や周囲をしきりに見て、事態をのみ込もうとするかのようだった。
「大丈夫ですか?」
ナルがそう声をかけると、彼女の視線はそちらへ向く。
そして、困惑しているようだった顔が次第に綻び、口が開かれた。

「───ナル……」

え、と声を上げたのはだった。そしてナルと私も、驚きは隠せない。
がナルの話を家族にしているにしても、はナルをオリヴァーと呼ぶ。短縮形を知らないわけではないが、ナルを見て一目でそう呼んだ理由がわからない。
「悠理じゃ、ないな?」
が怪訝な顔をして問うと、彼女は今度はの顔を見て柔らかく微笑んで、小さく頷いた。
「……、彼女は僕のことは」
「オリヴァーの話をしたことはあるけど、ちゃんと覚えてるかどうかは怪しいかな。ナルという呼び方だって知らないはずだ」
「……」
「悠理がこうなるには、理由が一つ思い当たる。ただ、それは」
「彼女は霊媒体質───だったな」
「うん」
淡々と、ナルとが会話をしているのを、悠理さんは柔らかい表情で眺めている。

「僕の顔を見てそう呼ぶということは、まさか……ジーンなのか?」
「……ひさしぶり」

そしてとうとう辿り着いた名前に、彼女は肯定するように口を開いた。




next.

今までにない展開に挑戦。
Dec.2023

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