I am.


Adamant. 18

オリヴァーとリンを家に連れてきて談笑していたところに、バタバタと大きな足音を立てて入って来たのはまぎれもなく騒がしい姉だったはずだ。
けれど突如その様子は変わり、オリヴァーを優しく見つめるようになった。
悠理の体質をふまえ、オリヴァーの短縮形の名前を呼んだことからして、違う人間───霊が憑依をしていると考えるのが妥当だった。ただ、それを口に出すには気が引けた。

ところがオリヴァーは自らの口で、悠理に尋ねた。
───「ジーンなのか?」と。
そして悠理であるはずのその人は、ゆっくりと頷いて答えた。



悠理は今までもよく霊に憑依をされることはあった。だけどこんな風にすっかり意識を明け渡してしまうのは珍しい。本人の無意識に入り込んだ霊が一時的に悠理の身体を使えるだけであって、完全に眠っているわけではない悠理の思考を奪えることはないはずだ。
「んあっ、なに?誰?」
と、思っていたらやっぱり悠理は意識を取り戻した。
目の前にいたオリヴァー、そして横のリン、身体を支える俺を見て不思議そうにする。
「悠理ったら、お客さんのいらっしゃる部屋に飛び込んできて転んだんだよ」
「アタシがぁ?」
おかしいなあ、と言いたげに頭を掻く悠理だけど、俺の言葉通りに受け取りそれ以上追及はなかった。
そして自分で立ち上がり、改めてオリヴァーやリンを見て「客?」と親指を刺して俺に尋ねる。失礼極まりないので、その手をぎゅっと握って包み込む。
「見てわかるよね、悠理」
「う、悪かったって!ゴメンナサイ」
野生にいたころを忘れられない姉の態度に俺も一緒に謝るが、オリヴァーやリンはあまり気にしていないみたいだ。それよりもこれが誰なのかとか、さっき起こった出来事のことに気をとられているだけかもしれない。
「お察しの通り、これは双子の姉で悠理といいます。悠理、二人はSPRからきた研究者の方々で、オリヴァーとリンだ。前にも話したことあっただろ」
「あーの習い事のセンセーね。よろしく」
間違っているようで間違いでもないので、悠理の認識を改めるのは諦めた。
悠理は何のためにここに飛び込んできたのかはわからないが、おおかた俺が帰ってきているという理由で挨拶にきただけだろう。
「ウッ、なんか寒い……もう行くわ」
「めずらしいね風邪?」
「どうだろ。そーだ!今日はこっち泊まってくよね」
「その予定だよ」
「んじゃ、またあとで。……ごゆっくり」
寒気については霊の気配を感じてのことかもしれないが、とりあえずそのまま部屋に戻らせてもいいだろう。
一応俺の客人にも気遣いの言葉を残す悠理に、ひらひらと手を振って見送った。

「ジーン……彷徨っていたのか」

ドアが閉まるなり、オリヴァーがぽつりとつぶやいた。
リンも俺も、何と言ったらいいのかわからず答えなかった。
おそらくユージンはオリヴァーのそばにずっといたんだろう。そして今日、悠理が飛び込んできたことで、瞬間的に波長が合って、意識がリンクしたと考えられる。
「今晩は悠理と一緒にいて様子を見てみるよ」
「……ああ、頼む。もし何かあったら、夜中でも良いから電話を」
鏡越しに見えた追いかけてくる悪霊ならまだしも、悠理に憑依したユージンが何かをしてくるようには思えないけど、頷いておいた。


その夜、悠理に可愛く「一緒に寝よう」とおねだりする必要もなく、悠理がベッドに潜り込んできた為横に並んで眠った。
夜通し見張るつもりはなく、何かあれば起きるだろうとウトウトし始めていたところで、ベッドの中で俺の手を悠理が握った。
寝ぼけて抱き着いてきたり、逆に蹴落とされたことは数知れずなので、特に驚くこともなく顔だけを悠理に向ける。
暗くてその顔が良く見えない為、起きているのか眠っているのかもわからない。息を潜めて寝息を探ろうとするも、布擦れの音しかしない。───となると、向こうも起きている可能性が高い。
「眠れない?」
「……、」
身体をごろりと傾けて、悠理に向き合う。呼吸が止まったかのような音がしたが、すぐに再開される。
微かに繋がれていた手が離れたので、布団から手を出して悠理の髪の跳ねてる毛先の感触を楽しむ。
部屋の中に差し込む月明かりが動いたのか、一瞬悠理の瞳に反射して光った。


ドンッ!!!!!
と、激しい衝撃が脳をゆらした。
身体がビクリと跳ねたが、自分では動かせなかった。まるで微弱な電流が全身に通っていくみたいな感覚。
視界には枕の膨らみや掛け布団、暗闇の中に見えるぼんやりとした輪郭の悠理の姿があるはずなのに、脳裏には違う光景が広がった。

昼間の道路、歩く人間、背後から走って来た車が蛇行し、歩行者に突っ込んだ。
ブレーキの音が長く強く響き渡るが、すぐには止まらず車と人は長いことアスファルトの上を滑った。そして車がやっとの思いで止まっても、人はもっと長い距離を押し飛ばされて地面に転がった。
やがて運転席から降りてきた人物は、自分が轢いた人間を見下ろして酷く狼狽した。右往左往するそぶりの後、その人は車の中に戻っていく。
そして、再び車を発進させた。
ひき逃げか、と思いきや、車はもう一度倒れている人間を───潰した。

熱い、いったい何が、目が回る、やめて、こないで、こわい。と、誰かの声が遠くに聴こえていたが、その瞬間プツリと途切れた。
───だが沈黙の後、なおも情報は続いて頭に入ってくる。
運転席から再び加害者が下りてきて、事切れた被害者の身体を引き摺ってトランクへと押し込んだ。そして車は発進され、どこか家のようなところで停まった。
加害者はその後、ガレージのような場所で遺体をカバーに包んだ。
そして最終的に、どこか湖のような場所へ沈め、遺体を遺棄した。

なんて、酷いことを。

遺体をしずめられるまでに『声』はなかった。それでも胸を震わせるような感情が俺の中にはあった。被害者に同情しているだけかもしれないが、ずっと『言ってた』。

嫌だ、暗い、やめて、帰りたい、───ナル。と。

ゴポゴポと、耳のそばを気泡が昇って行く音の中に混じった、声ならぬ声だった。


気づけば、流れた涙を吸った枕が冷たく頬に張り付いていた。
薄ぼんやりと明るくなった部屋で、茫然と悠理と見つめ合っている。
「ゆぅ、り?」
「───、」
悠理の口はわななき、と呟いた。
その後ワンワン泣き出して、俺をぎゅうぎゅうと抱きしめた。多分双方同じもの───ユージンの記憶を読み取ったとみていいだろう。
俺が見たのは、おそらく悠理のアンテナが発揮したんだと思う。テレパシーはできなくとも稀に条件が合えば、たとえ才能のない清四郎や魅録でさえ同じ光景を見ることがある。

俺は今見た光景が一人の少年───ユージンの最期であること、オリヴァーは彼の身体を探しに日本へ来たことを話した。悠理はオリヴァーに会ってからユージンに憑依されていたことを、この時ようやく理解した。ただ、寒気がしたのはそのせいか、と独り言ちるあたり、野生のカンではわかっていたみたいだ。
「悠理今はどう?誰かいる感じする?」
「ん~……わかんない。もう一度ナルに会って見ればわかるかな」
憑依の影響ですっかりオリヴァーの呼び方をナルに定着させている以外、悠理には様子のおかしなところはない。
悠理は今のところ、ユージンの姿をみたり声を聞いたりはしていないそうで、すっかりどこかへ消えてしまったのだと考えている。
元はオリヴァーのそばにいたようだから、悠理についていたのは記憶の片鱗なのかもしれない。
「なあなあ、あの湖にいるってことなんだよね……はあの湖、知ってる?」
「……記憶にはないな。でも、探したいね」
「探そうよ。そうすりゃナルもユージンも晴れて自由の身ってわけだし、……あのひき逃げ犯絶対ゆるさないかんな!!」
「どーどー……」
ベッドの上で暴れ出す悠理をどうにかおさめつつ、それでも悠理のいう事を止める気はなかった。
元々俺はユージンを探すのに協力を申し出ていたわけだし、こうして光景を見たからには関わっても良いだろう。

まずは、オリヴァーに報告だ。



next.

悠理が霊の最期を見ている感じなので、サイコメトリーとはまた違った視点だといいな、と思っています
なのでジーンさえも無意識の感情(死の瞬間~霊となった曖昧な部分)を浴びてるんじゃないかと。
Dec.2023

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