I am.


Adamant. 19

放課後、待ち合わせ場所に向かうと既にオリヴァーが待っていた。
周囲からの視線を浴びているので、なるべく早く連れがいることを見せた方が良いかと足早に近づくと、すぐに足音に気が付き顔を上げる。
だが俺を見て、不思議そうに首を傾げた。
「……学校じゃなかったのか?」
「一度着替えてきたんだ。これから向かう場所にあの格好はそぐわないから。───行こう、車を待たせている」
俺が麻衣の姿ではなかったから首をかしげたみたいで、事情を説明すれば軽く頷き納得した。
言った通り車を待たせているための待ち合わせだが、オフィスの前まで行かなかったのはうちの車がハデだからだ。
「……これに乗るのか?」
「恥ずかしいのは一瞬だよ。ほら、モタモタしてたらさらに注目を浴びる」
友人たちには霊柩車ともいわれている城みたいな飾りがついた自家用車の前で、オリヴァーは非常に嫌そうな顔をした。
早く乗れとばかりに背中を押すと、周囲の視線から逃げるように中へ乗り込んでいった。そして俺も後から続き、ドアを閉める。
「運転手はこの車に毎日乗っているので、あまり言わないでやって」
「坊ちゃま……お気遣い痛み入りますぅ」
運転手の明倫の為を思って言ったというよりは、オリヴァーを言いくるめるために牽制した。
「それで、朝の電話では報告も手短だったが、これからどこへ行くんだ」
「悠理のところ。一緒に会ったほうが話が早いでしょ」
「じゃあ実家?」
車を走らせると、行き先を言われていないオリヴァーはさっそく俺に疑問を投げる。
悠理に会うなら俺の実家に来れば話は早いが、今日は実はそうではない。
俺がオリヴァーを連れて向かったのは、悠理の通う学校───聖プレジデント学園だ。


入校許可をOB扱いでもぎ取って、オリヴァーは適当に豊作兄ちゃんということにしておく。
兄の顔はあまり認知されていないので、誤魔化しは聞くだろう。

堂々と放課後の校内を歩いていると、中等部からエスカレーター式で上がって来た奴らが多いので「あれ、剣菱じゃないか」「とうとう転校する気になったのか?」とか声をかけてくる人がいくらかいた。
その間オリヴァーは借りてきた猫のようにおとなしく俺の後ろを歩き、目的地の『生徒会室』を前で足を止めるまでほとんど口を開かなかった。
「中には悠理と、友人───以前オリヴァーにも話した別荘で遭遇した心霊現象に立ち会った人たちもいる」
ドアの前で、オリヴァーに説明をする。
「彼らに紹介したいと?だから学校に来たのか。……僕は友人を増やしに来たわけではないんだが」
「別に友達になって欲しいわけじゃない。ただ俺の信頼する仲間だよ」
「それが僕に何の関係があるんだ?」
「彼らに協力してもらって、ユージンを探そうと思っている。───俺と悠理が見たものは、あくまで俺たちのものだ。だから正直、君の許可は必要ない」
手を取ると、オリヴァーは目を瞠った。
「……でも、君に言うのが筋だと思った」
「それだけ?」
「んー、本当は少し、オリヴァーに協力してもらえたらって思うけど」
くすぐるように指に力を入れると、オリヴァーは嫌そうに手を振って離した。
本当は、オリヴァーはこのことを一人で成し遂げるつもりだったはずだ。
リンやほかの誰にも語らなかったユージンの死の詳細。それを俺と悠理が人に吹聴するのは、いい気分ではないかもしれない。
でも、俺はもう知ってしまったから、その頃には戻れない。

「───僕に何をさせたいんだ?」

結局オリヴァーは俺におし負けたような態度で肩をすくめた。




生徒会室には有閑倶楽部のメンバーが勢ぞろいしていた。
野梨子と可憐と魅録以外は一度会ったことがあるだろうけど、順番にみんなのことを紹介し、オリヴァーのこともみんなに紹介する。
「渋谷サイキックリサーチのオフィスのことを調べて、君がオリヴァー・デイヴィスだろうって言ったのは清四郎なんだ。魅録や美童とも一緒に話していたから、彼らは元々オリヴァーのことは知ってたことになる」
「そう」
「美童とは一度会ったことがあるよね、公園で」
「あの時はどうも!」
「どうも」
「可憐は家が宝石商だから、旧富水邸でエメラルドの帯留めのイミテーションを手配してくれたんだよ」
「へえ、あの」
「ジュエリーに興味があったら言ってちょうだいね」
「そういえば、この前呪われたって言ってたのはどうなったんだよ」
「あれね、なんとかなったよ、今度話す。魅録はこの前の件───夜中鏡越しに霊と目が合った時、一緒にいたんだ」
「バイクでツーリング中な」
俺とオリヴァーが主体となって話しているが、ぽんぽん発言が飛び出してきて追いきれない。
紹介の途中で可憐がコーヒーを淹れると立ち上がったり、野梨子が手伝いに行ったり、悠理が腹減ったと言い出したりと騒がしい。

オリヴァーはどんどん静かになっていくが周囲はお構いなしで、結局落ち着いて話すまでには可憐が人数分のコーヒーを淹れるまで時間がかかった。


「事故現場のおおよその位置を探して、近くの防犯カメラの映像を収集する必要がありますね」
「───加害者は女か……。車種で絞れると思うか?」
「時期って一年くらい前なんだろ?僕ならとっくに廃車してるね」
「それでも乗ってた人の特定くらいは出来るんじゃない?」
「生きている状態の方を救護もせず、ましてや……。尋常じゃない精神状態ですわ」
「後ろ暗いことでもあるんじゃないかな、前科もちとかさ」
ユージンの最期を話すと、俺が言うまでもなく、口々にユージンを轢いた犯人の特定に乗り出す一同。
オリヴァーは突如始まった討論会に少し驚いていたようだが、やがて冷静な顔つきに戻り口を挟む。
「加害者がどんな人間であるかは重要じゃないと思いますが」
「最も遺体の居場所をよく知る人物をは誰だと思います?───それに、生きた人間の痕跡の方が我々には辿りやすい」
「危険な人間だったらどうするつもりなんです」
「だからこそ、よく調べるんですよ」
清四郎は、オリヴァーの懸念に対してニンマリと笑った。
これまでの経験上、危険人物が出てきたとして俺たちが引くかというとそうではない。
俺は諦めて、とばかりにオリヴァーの肩を叩いて「ユージンの旅行日程を教えてくれない?」と問いただした。


外はとっぷりと暗くなったころ、俺たちは今後の方針を決めてそれぞれ家路についた。
車内で心なし疲れた様子で外を眺めるオリヴァーの横顔を見て、ちょっとだけ笑う。ちなみに悠理はすっかり寝こけていてスヤスヤ寝息を立てていた。
「色々と話させちゃったね」
「ああ……」
聞き流しているのか、それとも肯定して俺を責めているのかはわからない声色が返ってくる。
だけどゆっくりとこっちを見た顔は、気分を害しているようには見えない。
「もし」
「うん?」
口を少し開いたら、すぐに閉ざした。
首を傾げて顔を覗き込むと、躊躇うようにしてもう一度口を開いた。
「犯人を見つけたらどうするつもりだ?」
「相手にもよる。まだわからないよ」
「……」
何か考え込むようなオリヴァー。
「不安なことがあるなら、ちゃんと言って。どうしたらいいか考えるから」
「僕とジーンは双子だ」
それは、知っているが。そう思いつつも、オリヴァーの言葉を待って小さく頷いた。
「……無表情にしていれば誰も見分けがつかないほどにそっくりなんだ」
「一卵性か……なら、犯人はオリヴァーを見たら気が動転するかもしれないね」
「そうだろうな」
ふう、と息を吐くその態度に、オリヴァーの懸念を理解した。
SPRという所属やオリヴァー・デイヴィスという名前を隠して日本へ来たことの理由の一つは、身の安全の配慮もあったんじゃないかと思う。
「でも、なおのこと、相手のことを知っておくべきなんじゃない?」
「わざわざそこまでするほどのことか?」
「オリヴァーのことは絶対に守るよ」
「僕は守って欲しいなんて言ってない」
プライドの高い人間に守るは失礼だったかな、と言葉選びの誤りを認識したうえで、他の言葉を探す。
「俺はただ……我慢ならないんだ」
オリヴァーは目線だけで、続きを促した。
「だって君は、何も悪いことをしてない」


納得してくれたのかどうかはわからないけど、オリヴァーはそれきり何も言わなかった。



next.

いわゆる有閑倶楽部展開です。ゲストがナルだと思ってもらえれば。
本当はGH原作沿いメインにしようと思ってたし、これはIF編とかで書こうかなって思ったけど、IFを改めて書く元気はきっとないので。ていうかGH原作沿いメインを何回かくねんという話。いや、何回でも書くけどな(ふんぞり)。
Dec.2023

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