I am.


Adamant. 20

オリヴァーから聞き出した情報によると、ユージンの当日の足取りはあらかた見えた。細かくスケジュールを組んでいたわけではないらしいが、限られた日数で会う予定だった人や依頼の内容から、ある程度の予想はつく。滞在予定の半分を過ぎたあたりで亡くなったようなので、ユージンと会った人と会わなかった人を分けて経路を探った。

そして割り出した、現場と思しき場所に、俺と悠理はとうとう降り立った。
ちなみに野梨子と可憐は日本中の湖のリストアップ担当で、魅録は警察から捜査の記録を回収するので不在だ。
丁度事故があったのと同じくらい明るい時間帯の道路で、大きく曲がったカーブや遠くに見える山の形、道路の脇の山肌を覆う擁壁とかも、まさに見た通りの気がするが、日本中にこういった道はうんとある。本当にここだ、という確信はまだない。
「読めそう?」
「どうかな、道路って多くの情報が行き交うし」
アスファルトに手をつくと、美童が心配げな声を上げる。
「人も思念も残りにくいですしね」
「そういうもん?」
「サイコメトリーをするとき最も思念が残りやすい物質は『液体』なんですよ。次が『物体』」
「物体はわかるけど、液体って……」
「まあこの場合、物質としては液体が勝るが、多くの思念を受けがちでわかりやすいのは物体になるんでしょうかね。今回のように場所となってくるとポストコグニションという過去視に分類されて───」
サイコメトリーで読むのは、残留思念とされている。持ち主、関係者、それに触れた人の強い感情というわけだ。
この場合は場所だから、そこに強い思念が残されていないと何も読むものが無かったり、取るに足らない膨大なヴィジョンを浴びることになりそう。

横で清四郎が美童や悠理にうんちくを繰り広げているのを聞き流しながら、俺は目を瞑った。すると突如───眼前に、車が迫ってきた。
「ッ!!!!」
思わず息をつめて、アスファルトから手を放して飛びのいた。
毛穴という毛穴から汗が噴き出て、心臓が警鐘を鳴らすかのように体中に大量の血液を送り出す。全身の血管がビクビクと痙攣している気がした。
道路の脇に座り込み茫然とする俺にかけられる声は酷く遠く、地面についた手は小石や雑草をにじる。
は、は、と短い呼吸を繰り返す音が自分の物だと理解するのに少し時間が要った。
自分の動揺や焦りすら鬱陶しくなり、歯を食いしばって鎮める。そしてもう一度アスファルトに手をのばして、読んだ。

ずっと、呼吸するのも忘れていたらしく、気が付いた時には酸欠状態で身体の力が抜けていた。美童と悠理が両脇に居て俺の身体を支えていて、清四郎が正面から顔を覗き込んでくる。
「み、みれた……と思う」
「!」
、顔が真っ青じゃんか」
「気持ち悪い……」
「わ、大丈夫?吐く?」
身体を起こしてから、背を丸めて屈むと、いくらか楽になる。
右往左往する悠理と美童に手を振りながら、吐かないと告げて立ち上がると清四郎が俺の腕を引き肩に回した。
「ごめ」
「いいや」
短くやりとりしつつ、車に戻ろうと促される。
遅れて美童が俺の反対側に身体を寄せて腕をとったので、二人にほとんど抱えられながら離れたところで待たせていた車に戻った。



ユージンの夢を見たあの日から俺はずっと実家に泊まっていて、悠理と同じベッドに入ることが多い。
本人がご機嫌なのはいいけれど、正直あれ以来ユージンの片鱗を感じた日はなく、俺はいい年してお姉ちゃんと一緒に寝るのはそろそろやめたいと思っている。
だけど今日、静まり返った深夜、隣で寝ていたはずの悠理がもぞもぞと動き出すのを感じて意識が浮上する。
寝返りをうち、俺のそばに転がってきて腕を上げたみたい。掛け布団が少し持ち上がり空気が入り込んだからなんとなくわかった。
目を開けるほど気にはならなくて、それでも耳はしっかりと覚醒し、悠理の動向を探る。
わずかに髪の毛に触れられて動いた気がしたと思ったら、悠理は俺の髪を軽く梳いた。
そして指先が頬を一瞬だけ撫でる。
さすがにうっすらと目を開けると、悠理が穏やかな顔して俺を見下ろしていた。
俺が起きたのに気づいて、離れていこうとした手を咄嗟に掴む。
これは悠理ではないという確信が不思議とあった。
「まだ悠理の中にいたのか」
「……ごめん」
「謝ってほしいわけじゃない」
握った手を通して、少しだけ緊張が解けたのが分かる。
「オリヴァーには会いに行かないの」
「ナルには会えない」
それはどういう意味で?と思ったが問わない。
囁くような声は、今にも消えてしまいそう。少しでも身じろぎしたら、その音に遮られる。だから下手に動くこともできず見つめ合ったまま口だけを動かした。
「いま、どこにいる?」
「わからない。……湖みたいなところに沈められたことだけ」
「それはいやだね、早く見つけてあげよう」
悠理は一度目を逸らして、くしゃりと笑った。
「僕はもう家に帰れない」
「うん」
「だから、無理して探そうとしないでいい」
「っ……、……」
一瞬俺は目を見開いた。何をいってるんだ、と糾弾しそうになるのを抑える。
自分のことより他人を心配する気持ちはわからないでもないが、だからって自分のことをないがしろにするのは違う。
確かに失われた命は二度と元には戻らないし、犯人を見つけたってユージンが復讐を果たして気持ちよくなれるとは思えない。
「ユージン───やりたいことを見つけよう」
え、と口ごもりぽかんとした悠理に笑いかけた。
彼はきっと、死んだことに囚われすぎている。復讐とか生き返りたいとか恐怖とかも強い感情だけど、これもまた重い、成仏が出来ない枷となる感情だと思う。
「やりたいこと……?」
「そんな、すぐには見つからないよな。でも、身体はみつける───ひとまずはそれを希望にしてみないか」
なにもかもを諦めてしまっているユージンが、なにかひとつでも希望を持てたならきっと昇って行くきっかけになれるだろう。
「う……ん……」
頷いたのか、考えているのか。わからないまま、悠理の目蓋が震えながら閉じていく。
頑張って何度か起きようと抵抗していたようだけど、結局そのまま、眠りについた。



分かっていたことだったけど、悠理が朝起きてユージンのことを覚えていることはなかった。
元々自分に憑依した霊とコンタクトをとるのは苦手だったし。……霊の感情が強く話したいことがあれば別だろうけど。

「へえ、ユージンがそんなことを」

悠理に憑依の話を聞かせると嫌がりそうだったので、例のごとく清四郎に相談した。
この日は俺が見た情報をもとに割り出した車や持ち主、行き先なんかの報告を受けていた日で、調べてきた魅録も一緒に居る。
「まあ死んじまったことを受け入れるので精一杯だろう」
「それはそうなんだけど……このままだと、身体が見つかったとして浮かばれるのかどうか」
「うーん、難しい問題になりますね」
憂いを零しつつ、肘をついて何枚かの写真を見る。
下にあるものを見ようと重なっている写真をどけて、その手が止まった。
大きな特徴はないが、灰色のハッチバッグセダンがそこにある。ユージンを轢いたのは間違いなくこの車だったと確信をもって言えた。
悠理と見たのはユージンの霊としての記憶といった感じで、周囲の情報がうすぼんやりしてしまっていたが、道路で見た事故の記憶は鮮明にあの場所に焼き付いていた。ユージンのことを考えていたからというのも原因の一つかもしれないが、きっと『あの場所』『あの瞬間』にいろんな感情が置き去りにされてたんだと思う。
とにかく、その時見た情報で俺は車と行き先の方向を割り出し、付近にある防犯カメラの映像をかたっぱしから集めた、というわけだ。
そしてある程度車の特定が済んだら、持ち主や家についてを調べることに。
「うわ……ETCの記録。魅録がとってきたの?」
「ちょっと苦労したんだぜ」
「楽しかったくせに」
「まァ、な」
写真の下から出てきたのは、車のETCを通った記録だった。これはまず間違いなく、警察が調べていた情報の中にはない。
どうやって調べ出したんだかわからないが、清四郎に続き末恐ろしい男だな、と感心する。
「持ち主は東郷清二で男だが、そいつやくざものだった。んで、東郷の女関係を調べてみたんだ」
「一人は妻の佳苗。運転免許証はなく、東郷の家にガレージはなさそうだったので除外していいでしょう。後は愛人の三石亮子、彼女は東郷の贔屓のホステスで都内のマンションに恋人と同棲中。で、最も怪しいのがこれ」
清四郎が気取った感じで写真を滑らせ、俺の前に着地させる。
指先で押さえてからとると、そこにはどこかで見たような容姿の女がいた。
セミロングの茶髪に、ベース型の輪郭と、分厚い下唇。容姿はどこか地味で、東郷の妻やイロと比べると見劣りする。
「小山内かよ。東郷とは中学の同級生で当時は元恋人だったようだけど、今はどうやら東郷に借金をしているようだ」
「借金してる女に自分名義の車をやる……?それも借金のうちかな?」
「シノギ用だよ」
「……」
反射的にこめかみを抑えた。……見えてきたぞ。
借金が先かどうかはわからないが、小山内はどうやら東郷に弱味を握られて麻薬密売と売春斡旋関係をやらされてるらしい。その仕事に使う車で、もしかしたら仕事中に事故を起こした。麻薬を所持していたり、それこそ自分でも摂取している可能性もある。───だから、息があったユージンを轢き殺してその遺体を遺棄した───と、思えば、わかりたくないが納得してしまう。
「じゃあガレージは?」
「静岡の実家にあった。両親は高校生の時事故で他界していて、今は足の悪い祖母が暮らしてる。月に一度様子を見に行ってるらしいぜ」
念のため確認すると魅録は鷹揚に頷いた。たぶん、美童が小山内に接触して聞き出し、魅録はもう実家まで見に行ってきたようだ。ご丁寧にその写真もあった。

その光景はうろ覚えだが、きっと、ここだ。

この女だ。



next.

加害者周辺はもちろん捏造であります。ゆるく読んでたも。
Dec.2023

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