I am.


Andromeda. 02

高校最後の夏休みが始まった。一年の時も二年の時も、夏になるとホラーな依頼があって調査に行ってたんだけど、この夏はオフィスに冷房が行き届く虚しき日々が続く。
かねてより上司には相談しておいた、依頼がなかったらちょっと休みとって大阪行ってきてよい?という願いが叶うことになった。

大阪に行くと、まず先生が迎えに来てくれた。男になった後に一度会ってはいるけど、久しぶりなので背がのびたなあ〜と背中をばしばし叩かれた。
滞在予定は二泊三日、先生の家に泊めてもらうことになってる。
そして初日は元四天宝寺のテニス部と久々に会う約束になっていたので、まずは光のおうちにピンポンだ。
「おーほんまにこっち来とる」
「嘘だと思ってたんかい」
これは光なりに感動してくれている……ということにしておこう。

待ち合わせ前に光とラーメン食べて店から出ると、「あれ〜財前」と呼びかけられて立ち止まる。俺はのれんから顔を出した瞬間で、立ち止まった光の後頭部に顔面を突っ込みそうになったのでとっさに避けたところだ。
「吉田、と鈴木?」
「久しぶりやん。卒業以来?」
「せやな」
吉田と鈴木といえば、リサとすずキチ……二年生と三年生の時にそれぞれ同じクラスだった。二人は在学中から同じ小学校ってことで仲が良くて、夏休みに花火大会に誘われて一緒にいったこともある。俺の顔をめちゃくちゃ知ってる元クラスメイト代表とも言えよう。なんというめぐりあわせだ……。両手でそっと顔をおさえた。
元クラスメイトたちとのメールが徐々に途切れたといったって、友達じゃなくなったわけじゃない。でもメールしづらくて、元クラスメイトにまではカミングアウトする機会をつくらずに大阪へきた。
ラーメン屋の出入り口付近ではさすがに、と思った光は二人の方へ歩いていく。俺は勝手にできるようにという配慮なのか、光からは一切視線が送られなかったけど、もう今更なのでおずおずとついてった。
「えー……そっちの、人は、え?まって?」
「麻衣ちゃん?」
「ひさしぶり〜」
二人の女の子を見下ろして、へらりと笑う。あ、俺けっこう背ぇ伸びたんだな。
すずキチはうっぎゃーと声をあげた。それはもうでっかい声だった。大阪クオリティなのか、個人の声量なのか。そのリアクションの大きさは風となり髪までなびいた気がする。
リサは絶句といった感じだった。どっちもどっちで、まあまあ予想されてた反応だ。俺はもう粛々と二人の反応を受け入れる覚悟を決め、心の中で銀さんを思い出し両手を合わせた。

結果的に言うと罵られたり、引かれることは一応なかった。リサは戸惑ってるようだったけど、最後はばいばいと手をふってくれたし、また連絡するって言ってくれてた。
「リサ……だいじょぶかな」
「はあ、まああんなもんやろ」
別れた後に一応光に意見を聞いてみたけどこんな回答だったので、気にしすぎないようにして、でもあとで俺の方から連絡入れとこうと思った。

テニス部員はすずキチと同じようなリアクションで、驚きの声をあげた。が、俺に詰め寄り事情を聞くというよりは、光に彼女ちゃうんかと詰め寄っていた。前も否定はしてたんだけどなあ。
一足先に知ってた白石先輩が俺の隣で腕を組んで、その様子を眺めはははっと笑っている。
「大丈夫やったろ?」
「大丈夫、なんすかね、あれ」
「遊んどるだけや、気にしてへんよ───ほんま男なんやなあ」
謙也さんも俺の隣に立って遊ばれてる光を一緒に見た。
そしてまじまじと俺を見て、両手で肩を掴む。
「へ?あー」
「おん、しっかりしとるわ」
肩、腕、それから鎖骨辺りをぺんぺん、と軽く叩かれた。
「ここもね」
「ッキャー!」
謙也さんの両腕を掴んで、胸にべたっとくっつけると可愛い悲鳴をあげてくれた。
「こら謙也、何セクハラしとんねん」
「オ、オオオレの意思ちゃうわ!」
「喜びよった時点でお前の意思や」
手をわきわきした謙也さんは真っ赤な顔で白石先輩に弁解した。

その後みんなでカラオケ行ってわいわい盛り上がり、駅前で解散となる。
俺は光んちに晩ご飯お呼ばれしてて一緒に帰る予定だったので、すぐに改札には入らず集団を見送る。
「どっか寄るん?」
「たいやき食べよって話してたんです」
謙也さんはチャリを取りに行っており不在。
残った白石先輩は電車に乗らない俺たちに気づいて首をかしげた。
「夕飯食えんようなるで」
「えーまだ17時じゃん」
「うちの晩飯は18時や」
「ほええ」
カスタードと抹茶が選べなくていっそ二つ買おうかと迷っていた俺に、光はそっとアドバイスをした。といっても二つも食うなという制止である。
光んちの晩ご飯を残してしまうことになるのは避けたい。
「光はんぶんこ」
「オレはつぶあん一択」
意外と光って甘いもの好きでブレないんだよな。一口交換くらいはしてくれるだろうけど。
「そんな〜」
「ならオレが抹茶買うたらええな」
すげなく断られる常連の俺を見かねて、白石先輩が妥協案を出してくれた。
「いいんですか?」
「ちょうど小腹すいとったし……謙也の分も買っといたろ」
さりげなく四人分を注文したと思えば二千円出して会計を終えてしまう。あわわ先輩のオゴリやって。光もあっさりお礼いって受け取ったのでほこほこしたたいやきくんを大事に持ってもぐもぐした。
「あ、頭からたべちゃった……先輩へいき?」
「え?ああオレ尻尾の方でええで」
っていうか半分に割ってない。むちいと引っ張ってみると指で持った部分だけちぎれたので口に放り込んだ。意外と難しいなこれ。
「適当に半分食ったら交換しよか、手ぇ汚れるやろ」
「ならそれで〜」

歩道を遮るガードパイプに並んで座ってると、自転車に乗った謙也さんが合流して「たい焼きや!オレも食う!」と言い出し、白石先輩がさっと差し出した。なんという流れ作業でしょう。
謙也さんは自転車を植木のところに停めて光の奥の向こう側に座った。
「いつまで大阪いられるんやったっけ?」
「二泊三日で、午前中の新幹線のります〜」
謙也さんが話しかけてくれるが、俺たちの間にいる光はたい焼きを食べ終えてすでに一人の世界で携帯弄っている。いや、家に帰る時間連絡いれてんのかもしんないけど。
「明日も人と会う約束しとるんか?クラスメイトとか」
「まあ、そうですね、約束してます……」
大阪に来る日にちを決めて、白石先輩に連絡した時に、二日目を誘われていた。
一日目にテニス部に顔を合わせる約束をしてたので、当然別口の誘いだってのはわかっていたし、みんなは?と聞かなかった為、二人で遊ぶことになっていた。
東京で会った時も二人で遊んだようなものなので、まあ改めて大阪で二人で遊んでも変じゃない、か?
「へ〜、そうなんや」
「あ、の」
もしかしたら謙也さんをここで誘ってもいいんじゃないか。せっかくだし……と思っているとパイプについてた手が握られた。光とは反対隣にいた白石先輩の手だ。
な、なんだこれは。
誰にも見えないところで指先が絡みついてくる。
少しだけ力を込められて、まるで、内緒にしといて、と言ってるような。
「今日は半日やったし、また今度来た時はもうちょっと遊べたらええなあ。またテニスしようや」
「は、ハイ……」
何も言わない白石先輩の方が見られない。
にかっと笑う謙也さんと、ガン無視の光にSOSの視線を送ったが誰も俺たちの繋がれた手には気づいてくれないまま、話は明日の予定じゃなくなった。

近況を聞かれ、バイトは休みもらってて、塾などは通ってなくて、受験勉強はま〜ま〜。───と答えると謙也さんが大丈夫なんかと心配してきた。
「もともと真面目にやっとるし、謙也ほど焦らんで平気やろ」
「そらそうやな!」
白石先輩は俺の手を繋いだまま、何食わぬ顔でフォローをいれる。
そして謙也さんはたい焼きにもぐう、とかじりついた。
「財前は推薦とれるんやろ、大学決めたんか?」
「あーまだっす」
「す、推薦!」
そうかーテニス部だし強いから推薦もとれんのかー。
「こいつ家追い出されんねん」
「なんで?」
「お兄さん夫婦と同居やからな」
「そっか」
光ではなく謙也さんと白石先輩の補足説明により判明した。
なんだよ、俺にもそういうのは教えとけよ。
「あれ?じゃあ光どこでもいいの?」
「どこでもって、まあ言われてみたら、そうやな」
「東京にしなよ、東京───」
へらへら笑って言ったタイミングで、するっと手が離れていった。
右腕だけ自分のじゃないみたいに硬直してた、緊張が解かれる。

あ、しまった。
俺はなぜだか罪悪感に駆られた。


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ヒカル、マイフレンド……なのでしょうがない。
Sep 2018

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