Andromeda. 04
アルパカの写真をいっぱい撮ってた時、携帯にメールがぴろりんと入って来た。昨日会った元クラスメイトのリサだった。そもそも昨日のうちに俺が二人に連絡を入れてから返信が続き今に至る。
他のクラスメイトには言ってないみたいで、俺の携帯に二人以外から連絡が来ることはない。
「んー……」
「どないしたん?」
小動物に野菜をあげられるらしい。そう打ち出された紙の前で悩んでいたので白石先輩が隣で首をかしげた。俺の手には携帯があったので、単に野菜を買うか悩んでいるわけじゃないってのはお見通しだ。
「メール?なんか言われたん?」
「リサからメールがきて」
「ああ、昨日会ったっていう?」
「そうです〜、でもなんでもない」
今日は一日先輩と遊んでるって話してあったんだけど、それなら夜解散した後ちょっと会えないかなと聞かれていた。
でも解散時刻がわからないし、白石先輩にそれを聞くのは気が引けた。
もともと約束していた人が優先だ。
リサにはカミングアウトしてしまった責任があるっちゃああるけど、その話はもうメールしているうちにほとんど流れていた。だからなんで呼び出されたのかはわからない。
帰る前にもう一度会っておきたかっただけかな。
「今日は先輩の日」
人前で返事をするのは気が引けたけど、長くもない断り文なのでごめん、と打ち込んだ。
解散時刻わかんないし、夜に出かけるのはやめたほうがいいよ。と。
白石先輩は中身までのぞいてこなかったけど横で笑っていて、送信したところで俺の手から携帯を抜いた。
「そうやな、今日はオレが独り占めや」
「あ〜れ〜」
そうして先輩のポッケに俺の携帯がしまわれる。
すぐ返してくれるかと思ったら、行くでと歩き出されてしまい、あれれっと首をかしげる。そんなことされたら、俺はうっかりそのまま忘れて東京へ帰ってしまうぞ。
白石先輩が覚えててくれるなら話は別だけど。
今日はそんなに携帯弄ってないと思うんだけど、気に障ったのだろうか。たぶん、別行動とった時だけ使ったはず。
白石先輩は全くと言って良いほど携帯触らなかったので意識して遠慮したつもりだった。
「先輩携帯返してくれません?」
「いやや」
「ヤギ撮りたい」
「オレが撮ったる。んで、あとで送るわ」
「頑なだなあ〜メールはもうしませんから〜」
笑顔なので怒ってるわけじゃないんだろう。
「お、見てみい、口開けたとこ撮れた」
カシャーと音をさせた後楽しそうに写真を見せられて、ヤギの口ぱかっとしてるところが写っていたのでうっかり笑ってすっかり携帯を忘れた。
帰りの電車は二人でならんで座ってた。会話があまりなくて、ついうとうとしてしまう。
はっとしておきてキョロキョロして、またうとうとしてはっとする。白石先輩は俺の顔を覗き込んで、起こすから寝てても良いと言ってくれた。
昨日からちょっと行動がよくわかんないんだけど、優しいところはかわんないんだな。
安心してすや〜と寝こけた。
浅い眠りの中で、自分の降りる駅のアナウンスはやけに大きく耳に入る。
おきなきゃ、と目を開いたところで白石先輩が声をかけて来たのでしっかり覚醒した。
「降りるで」
「ああい」
先輩は目をぱしぱし瞬きさせる俺の手を引く。
「おつかれさん、大丈夫か?」
「はいー、よく寝ました」
白石先輩とは最寄駅が一緒なので、このまま途中まで帰るか、もしくはまだどこかぶらぶらするか。
でも足取りはなんとなく帰り道に向かっているようだった。
「明日起きるん早いんやろ?なら帰ろうか」
「んー」
「それとも、もう少し一緒にいるか?」
起きるの早いといっても、今日起きた時間とそう変わらない。どうせ新幹線にのるのでそのあとまた寝てたら良いし、今はまだ眠る時間じゃない。
「いる」
夏だからしょうがないけど、なんだか暑くて息苦しい。
すぐそこに公園があったはずで、きっと自販機があるから指をさす。
「喉乾いたのでジュース買って来ていいですか?」
「───あ、ああ」
誘うように言ったくせに、俺の答えに驚いた白石先輩は目を瞠り、やがて我に返って公園の方へ足を進めた。
ペットボトルのキャップを開けると、甘くて酸っぱいりんごの匂いがした。
先輩はいかにも健康的なお茶を選んでベンチの隣に座る。
口をつけるとひんやり冷たい水分が喉を通り、身体中に行き渡るように下りて行くのを感じた。
いくらか脳が活性化したような気がする。
一気に半分くらい飲んでぷはーと口を開けると、隣で見守っていた白石先輩に気づいた。見てんなよ。少し恥ずかしくなって乱暴に口元を拭うとちょっと濡れてた。
「そだ、携帯」
「あ、忘れとった」
ふいに預けたままの携帯を思い出し、口を拭いていた手をぱっと差し出す。
白石先輩はへらっと笑って、俺の掌の上にぽすんと置いた。
夕ご飯は一応、先生の家で食べることになってたから、何か連絡が来てないかと開く。メッセージの通知がすぐに表示されたけど、一瞬ぱっと見えた差出人の名前はリサだけだ。
そういえばメール途中だったっけ。一応断りは入れてあるけど。
つい通知画面に触れると、メッセージは開封された。
やべ、メール見ちゃった。でもメールの内容が……。
「」
「!はい───」
白石先輩のいつもより少し低い声にびくっとする。
会えないならメールで言うね、と始められたメールには好きですという言葉が入ってて、俺はうろうろした視線をなんとか白石先輩に持って行った。
隣同士にあった肩に置かれた手に力がこめられ、反対の肩まで引かれてぐっと体を寄せられる。
狭い観覧車の中で並んで座っていた時よりも近く、雨をしのいだ時よりも熱い。
はっとした俺の吐息がぶつかって、返ってきたと同時に自分のじゃない吐息が吹き込まれる。りんごの香りが勝り、先輩のお茶の味はほとんど感じなかった。
「な、なんで?どうすんの?」
あかんっていったのに。
俺は果てしなく困って、アホな問いかけをした。
さっきどないしよ、と苦笑した先輩は、俺の肩を掴んで離さないままゆっくり下を向いて息を吐いた。すごく小さい声で謝られたのち、今度はぎゅっと抱きしめられる。
「メールより、俺にしてくれへん?」
「す、いません、でした?」
俺は先ほど携帯をベンチの下に落っことしたので、さすがに今すぐ返信しようとは思わない。
人気のない公園で、夜の暗がりとはいえ、半ば乗り上げるようにして抱かれてるのはちょっといたたまれなかった。恐る恐る背中に手を回してぺんぺんしたが、放してくれる様子はない。
俺の肩のところにある顎が角度を変えて、首筋に鼻先を埋められる。
「でもあの、さすがに、冗談じゃすまないトコですよ」
「冗談やと思うか?この状況で」
「思……ません」
ふっと笑った声がする。
「の反応みたくてやってたんちゃうねん、オレの気持ち試しとった───いや」
少しだけ腕が緩んだので身体が離れたけど、声が小さいのでものすごく近くで言葉を聞く。
「勝手に動いとった」
おでこ同士をすりっと合わせられる。
そんなまさか。
触れられたところがじわじわと熱くなる。
声を聞いてるだけで、背筋がぞくぞくした。
妙な予感があって白石先輩の唇から目が離せない。
「やっぱ変わらへんわ……好きやねん、のこと」
まぎれもない告白を聞いた途端、俺は喜びとか困惑を抱くよりも、今まで見ていた白石先輩の行動が色々と蘇ってきた。
俺はこの人のことを、結構悩ませていたんだな。
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財前編ではまだ決めかねてるというか、迷いがあって『関西弁』になりましたがあれも告白のつもりだったという。
他の子が告白するの見て、一日デートして、決めないとあかんなって。悠長にしてたらとられてまうかもなって。
Sep 2018