Clotted cream. 02
クリスマスイブの日曜日、ケーキ屋さんの書き入れ時。これからやってくるであろう多忙にわななく面々を、朝食買いに行く道すがらで見かけた俺は何か手伝えることあったら言ってね、と社交辞令的なものをこぼした。だって近所に住む中学生にできることなんてほとんどない。給料だせないし、食品触れさせられないし、メニューも頭に入ってないのだから。
───しかし食べ終えた食器の片付け、簡単なオーダーは取れる。
深く考えてないエイジくんとちいちゃんが大いに乗り気で、圭一郎さんは赤いフェラーリで配達に出かけた今、ストッパーである小野さんはうーんと考える。
いや、中学生に手伝ってもらうのって、考えるほどか?そんなに人手が……足り、足りなそう〜。
かあいいウェイトレスドレスは圭一郎さんが女の子に着せたくて発注したそうだが、初めて袖を通したのが俺というかわいそうな歴史が刻まれた。
小野さんはうんうん可愛い、というがこの人の恋愛対象は男性だそうなので心からの可愛いなのかは分からん。
俺を子供だと思ってくれてるのか、潜在的に男だと感じ取ってるのか、そんなに距離を取られたことはないけれど。
「オヤジが見たら泣くな」
エイジくんがははっと笑ってるのを尻目に、俺たちは店内にそれぞればらけた。
初めてのアルバイトというわけじゃないが、ケーキ屋は経験がないのでそれなりに大変だった。
仕事の流れやコツを掴むのに時間がかかるし、たいした手伝いもできないのが心苦しいところだが、ちいちゃんのてんやわんやっぷりを見てるとちょっと自分の心に余裕が出てくる。ごめんちいちゃん、ありがとうちいちゃん。
小野さんもエイジくんもちょこちょこ厨房から出て来ては手伝ってくれるし、色々と指示をしてくれるのでなんとかやれてる。
「麻衣ちゃんごめん、お皿洗ってくれるかな、足りなくなりそうだ」
「はい!」
店内の片付けをして厨房へくると、洗い物が結構溜まってしまっていた。
「大丈夫?疲れてない?」
小野さんの横でカチャカチャとお皿を洗っていると、ケーキのデコレーションから目を離さないままの彼に声をかけられた。
「へーきです!」
「中学生でバイトなんてしたことないのに、甘えてしまってごめんね」
「いえいえ、いい予行演習です」
「そうか、来年からバイトするんだよね」
「もちろんです。どんなのにしようかなあ」
ちょっとだけ高校生になった時のバイトにアテがあるんだが、当たり障りなく口にしつつ、手だけはせっせと動かす。お皿洗い楽しくなって来た。
しかし話を積もらせる余裕はなく、皿を洗い終えたら手を拭いて、また片付けに出なければならない。小野さんだってデコレーションが終わればすぐに出して次のオーダーに取り掛かるのだ。
その場その場で会話をしたり、ケーキのことについて色々と教えてもらったりしながら、俺たちの一日は終わろうとしていた。
途中派手な女の子たちの来襲にちいちゃんが怯み、小野さんが慄き、エイジくんが出るなどして、店内は大忙しになった。最終的にテイクアウトはエイジくんがほぼ担ってくれている状態で、一人と中学生じゃあ店内は回せないんだろうなと痛感した。
日曜日の夜というのは客の引きが早い。それでも日中の賑わいもあり商品は完売し、早くも俺たちは自由となった。
「麻衣ちゃん今日は本当にありがとうね」
「いーえ、役に立てたならうれしいですけど」
「それはもう」
「途中ちいより仕事してたぞ」
「はい!麻衣ちゃんにオーダーもとってもらってました!」
あとは圭一郎さんが配達から戻ってくるのを待つばかり。
せっかくなので掃除も手伝おうとモップを取りに行ってると、圭一郎さんが帰って来た声がする。
「イエー配達終了、帰ったぜ!!───ん?」
小野さんにからっぽの店内を見て客は!?と話しているが空っぽのショーケースを見てぱちんと手を叩き合う音がした。喜んでる喜んでる。
「何!?千影お前ちょっとは使えたんか!?おい!!」
「いいえ!全然使えてません!!テイクアウトはほとんど神田さんにやらせてしまいました!!あと麻衣ちゃんにも助けてもらいました〜」
「ちい……お前正直すぎ」
「ん?麻衣ちゃん?店来てくれてたのか?」
「ああ橘、そのことなんだけど」
モップを持ってた俺はひょこっと声のするところに顔を出す。
「圭一郎さん、お帰りなさーい」
ちょっとだけ語尾が小さくなっていくのは、この格好の気恥ずかしさプラス、ほんとうは働いてはいけないからだ。
いや、後片付けとかしかしてないし、給料貰わないから法的には大丈夫、なはず。でも圭一郎さんの気に障るのが一番よくないわけで!
「麻衣……ちゃ……ん」
がくりと跪いた圭一郎さんを見て、小野さんたちはちょっぴり明後日の方向を見た。
「それを着て……働いてたのか……」
「あの、ごめんなさい。店が忙しいって聞いたから、手伝いたくて……でも調理はしてないから……!」
「───違う、ごめん橘、僕らが頼んだんだ」
俺が謝り始めたので小野さんがはっとして庇ってくれる。
「俺がいない時に…なんで…配達なんて行くんじゃなかった!!」
「オヤジがいれば麻衣にこんなん頼んでねーよ」
あ、なんか怒ってるんじゃなさそう、だな?
そう思ってモップを握る手を少しゆるめた。
すっと立ち上がった圭一郎さんは俺のその手をそっととり、モップを壁に立てかける。
「よく見せてくれないか、麻衣ちゃん」
「ハ、ハイ」
「うん、可愛い……よく似合ってる」
ソウカナー、もう15歳になる男の子なんだがなー。
「ところで橘の方はどうだった?」
「おう!!こっちもばっちりよ!!千影が一人でも店番できんなら宅配サービス本格的に始めるわ。洋惣菜も好評だったしあれ正月もできねーかな!」
ちいちゃんが一人で店番できた、とカウントしていいのか甚だ謎だが、一応できたことはできたんだろう。大きな失敗はなかったし。
「それにしても、麻衣ちゃんがいてお前平気だったのかよ」
「え?ああ───うん、麻衣ちゃんは平気みたい」
小野さんがちょっと入った接客で、大人の女性にあたった途端、青くなった姿を俺は見ている。ちいちゃんが厨房へと促したので、俺も小野さんの手を引いてひっこんだ。もうお客さんは多くない時間だったから、俺はそのまま皿洗いをするためだった。
うっかり自分が女の子の格好をしていることも忘れて、小野さんの体を支えて厨房にきて、はっとして離れた。その時小野さんはきょとんとしてから、俺と同じように驚いてるようだった。
「なんか、匂いがしないというか……女の子って感じがあんまり。可愛いんだけど」
「まああんまり女らしくはねーよな麻衣って」
「へ」
それはそれでショックなんだが。
匂い?と思いフスンフスン服の中に顔を突っ込んでみる。甘い匂いがするがこれはお菓子だ……ウン。
「麻衣ちゃんは可愛いけど、男前ですからねー」
「ああたしかに、そうなんだよね。僕今日、力強く抱かれてドキドキしちゃったよ」
天然と女性恐怖症の底力なんだろうか。
女の子でいる必要性が薄れてくるよなあ、ここって。
「うっかり女装してるだけの男の子かと錯覚しそうになって」
「そうだって言ったらどうする?」
ぽろっとこぼれたのは油断してたというか、迷いがあったからだろう。
ここでは男に戻れるんじゃないかって。麻衣じゃなくてもいいんじゃないかって思いがあって、それを、期待してしまったから。ああでも、圭一郎さんは泣いちゃうかもしれないか。
えっと固まった面々をあらためて見回す。
「俺が、男だったら、嫌いになる?」
「ンなわけねーじゃん」
即答したのはエイジくんで、他の大人たちはぽかんとしたまま。
「麻衣が男だろうが女だろうが好きだぜ?」
甘い香りに抱きしめられて背中をぽんぽんされた。そしておもむろに胸にぺたっと手が触れる。そこはまな板だぞ。
圭一郎さんや小野さんがあっと口を開けたまま硬直し、俺は口を結んだままエイジくんの手と顔を交互に見た。
「───マジで男じゃん」
触ったエイジくん本人も呆然として手と俺を交互に見る。
「え、そんな……」
「ウソ、ほんと?」
ちいちゃんと小野さんまでぺたぺた、と胸を撫でにくる。どうだ、絶壁だろう。
ここの店員たち、変なところで勢いが良い。 圭一郎さんはギリギリ理性というか、おそらく希望を抱いて触れにこないが、ちいちゃんと小野さんが男だと発言すると、よたよたと近寄ってくる。そしてそろりと俺の胸に手をあてる。そんなでも背中じゃないんだぜ。
一応店はクローズになってるから大丈夫だけど、この光景お客さんには見せらんないな。
がーん、とショックを受けた顔をした圭一郎さんはそのまま力が抜けていく。あわわっと体を支えると、俺につかまりながらふるふる震えていた。
「マジか───」
「あの、ごめんね?騙してたみたいになって」
「いやいや、でも、なんで」
俺はお父さんとお母さんがそうやって育てたことを簡単に、あっけからんと圭一郎さんたちに語る。
別に二人に恨みはないんだ。そして俺は今まで話し合うことをしてこなかったので、逃げてしまったという負い目もある。
「じゃあ、好きでその格好をしてるわけでは」
小野さんが小さな声で言いかける。
「別に。ただ、お父さんとお母さんが俺を麻衣と呼んだから」
俺は悲しいことに、たったそれだけしか表向きに言える理由が思い浮かばなかった。
しかも、なんだかいいなりのお人形のようじゃないか。慌てて言葉を重ねる。
「ああでも、自分じゃない誰かになれるみたいで楽しいよね」
暗くなりすぎないようにつとめて明るく笑った。
俺の中には、"麻衣ちゃん"という理想というかモデルがいて、そう成ることに一種の生きがいも感じてた。
「麻衣って呼ばれるのは結構好きなんだ。その一方で、みんなに男を感じられたことが嬉しくもある」
けして好きでやってる格好とはいえないが、嫌で仕方がないわけじゃない。
唐突な性癖を披露したような気もするが、他のみんなの方が開けっぴろげなんだし、まあいっか。
みんなだって人生色々あったんだろう。大人だし、それ以上聞いてくることもなく俺の希望通り麻衣ちゃんと呼ぶことにしてくれた。
そして俺は来年からアンティークでバイトしないかと誘われ、やったーと喜びながら受けることになった。
もちろん、俺は麻衣ちゃんなのでこのウェイトレスの格好で働く。
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第一目標は圭一郎さんが中学生女子の健やかな成長()を祈って、夢にまで見たウェイトレスさんの格好をしてもらって天にも昇る気持ちだったんだけど男だと知ってがっくりすることでした。ので、性別バレは早い。
あと小野さんが女性を見た時にあれは女装してるだけの綺麗な男の子!と暗示をかけていたので女装してるだけの綺麗な(?)男の子を登場させたかったんです。
Jan 2019