Clotted cream. 03
アルバイトの研修と称してその実、暖房代の節約のため、冬休みからほぼ毎日のようにアンティークに居座っていた。ケーキの基本知識からお茶の入れ方、中学校の宿題、受験対策まで全て圭一郎さんが仕込んでくれる。東大出て五ヶ国語喋れて司法試験と外交官試験受けてるお兄ちゃん頼りになりすぎだった。
英語だけでいいって言ってんのにフランス語まで教えられたけどそれはその、もちっと余裕のある時期に頼む。でも詰め込める時に詰め込んどけ!と言うスタンスらしく、俺は毎日何かしら勉強してふわふわしながら家に帰る日々。
お店の手伝いをしている時に圭一郎さんが過去誘拐されその時の記憶を失っているという、なかなかヘビーな話も聞いた。そのせいで身内の前では良い子を貫き通しているらしく、エイジくんや小野さんはひええと戦慄していたっけな。
誘拐された時のことを圭一郎さんは全くといって良いほど覚えていないそうだが、ひとつだけ覚えているのは誘拐犯はケーキが好きで、毎日ケーキを食べさせられていたこと。
ねえ、アンティークって、そのために開いたの?
など、俺たちは誰も聞けなかった。
春、俺の高校入学が決まり、アンティークが何日かデパートへ出店することも決まった。
それに伴いちょろっとテレビカメラが入ることになり、お胸のでっかいユニットだけどアイドルじゃなくてアナウンサーらしいお姉さん二人がカメラとともに店にやって来る。
「ウェイトレスさんは女の子一人なんですね〜まさに紅一点」
「うちのプリンセスです」
格好つけてる圭一郎さんはまたも気障ったらしく俺を紹介した。未成年は親の承諾がないとテレビに流せないのですがと言われて、親がいないのですと語るとディレクターさんたちの視線がぎょるっと集まった。この春、後見人がバイト先のオーナーである圭一郎さんになったので、あの人がおそらく許可しますと指差しといた。
彼はまだ小野さんと一緒にテレビカメラの前だ。ちなみにちいちゃんは何かやらかしそうだから遅く来るように言われて不在。エイジくんはテレビに興味ないし通常業務を怠らないために厨房だ。
俺はカメラの邪魔にならないところ───テイクアウトのお客様にすぐ気づけるようにカウンターにいる。
小野さんは厨房へ逃げこんでたけどカメラが追って行ったので、あっちに行かなくてよかったとほっとした。
俺がテレビ局へのお持ち帰り用のケーキを準備していると、アナウンサーコンビの片方タミーちゃんが近づいてきた。さっき圭一郎さんがお胸ガン見したし、サインまでもらっててなんだかすみません。
「麻衣ちゃんでしたっけ〜、アタシも孤児だったんだ〜色々大変でしょうけどがんばって〜」
「タミーちゃんもなんですかー?」
フルネームわかんないので勝手にタミーちゃんと呼ぶ。
語尾のよく伸びる喋り方だがアナウンサー、なんだよな。もう一人のおねーさんはしゃきしゃき喋ってたのに。
まあでも二人ともコメントの内容自体はしっかりしてると思う。
「あたしは中学の時両親が亡くなって叔父夫婦にずっとお世話になってたから〜早く働きたくてね〜」
「ああわかります〜。今オーナーにお世話になってるんですけど、ここのバイトだけじゃなくて他にもやろっかなーって」
「兼業〜?でも学校の勉強もちゃんとしなきゃだよ〜」
喋り方とテンションがつられるなーと思いながらケーキを詰め込んでいく。
「ソコですねえ、働きたいけど学校邪魔だなーって思うし、でも学校ちゃんと行かないと働けないしなー」
「えらいね〜」
なでなで、と頭を撫でられたのでにこっと笑っておく。
「タミーちゃんもえらいね、お仕事お疲れ様です。ケーキは本日中にお召し上がりくださいネ」
タミーちゃんはきょとんとしてからもう一度俺を撫でて、心なし笑ってケーキを受け取った。
表情薄いし間延びした喋り方だけど優しくて綺麗なお姉さんだ。
圭一郎さんには後でタミーちゃんと仲良く話していたことと、兼業を考えていることについて言われたが、最終的にやりたいなら兼業していいけど学業はおろそかにしないことと、きちんと連絡を入れることを約束させられた。
立派な保護者である。
ちなみに、テレビの取材は三日間続き、二日目はデパートへの設営にカメラがついてった。
俺は高校に入って早々、旧校舎にうっかり行ったところ、そこに設置されていたカメラを壊し、調査員に怪我をさせた。そしてそれを盾にゴーストハントとかいう、知ってるようで知らない職業のお手伝いに駆り出されていた。なので設営の手伝いは行けなかった。
学校に行かなきゃーというと圭一郎さんはあっさりイイヨーというあたり、俺は設営に関する戦力は期待されてないのである。あと多分、圭一郎さん的には学業優先だと思う。
フェア初日もカメラが入る上に、圭一郎さんはものもらいができたことにより会場入りを断念、ちいちゃんが青ざめた顔で臨むこととなった。初日なので見送りしようとやってきた俺はハンカチを心の中で振った。
「麻衣は今日出勤だっけ?」
「ううんー今日も友達の部活の手伝いがあって学校行く……結構夜遅くなるかも」
昨日は夜、エクソシストのジョンが祈祷している最中に天井が抜け落ちてきたし。まああの旧校舎に霊がいないことはわかってんだけど、だからって俺が勝手に帰れるわけもない。そして天井が落ちたということは、そろそろ調査も佳境である。
「そんなに大変なのか?」
「遅くなるなら連絡いれろよー、迎えに行くから」
「んー大変みたいー。まあ閉店までには帰れるでしょ」
圭一郎さんとエイジくんは怪訝そうにする。なんの部活の手伝いだかは全く考えてない。
オカルトクラブでサバトやるっていえば半分嘘じゃないし納得してくれるかな、やめさせられるかな。
とりあえずこの日はごまかして学校へ行った。
登校するなり雇い主のナルはもう旧校舎の心霊現象らしきものは全てガセであると判断し、地盤沈下しているため校舎が揺れるのだと突き止めていた。あらら俺やることないじゃん、多分。
割り込み見学してくる黒田さんがその結論じゃ納得いかないらしくポルターガイストを起こしたことにより俺は手を軽く怪我、ナルは逃亡───ウソ、調べ物をしに離脱───、夜になり残された霊能者は除霊を試みたが、黒田さんが戻ってきたことでポルターガイストは再び起こった。
倒れてこようとする下駄箱をおさえようとして力及ばず下敷きになった俺は、ナルが言ってた豆知識、ポルターガイストによる物体の変動時その物体は暖かく感じられる、というのを思い出しながら意識を飛ばした。
あったかくてもこんな布団は嫌だ───。
夢の中で目を覚まし、ナルにそっくりの双子に再び寝かしつけられ、目を覚ました。うん、どういうことだ。
ふにゃっと目を覚ました途端、俺は誰かに腕を引っ張りあげられてるのがわかった。
「はれ……えーじくん」
「起きたのか麻衣」
ぼーさんや綾子がハラハラと見守ってるのが視界に入るが、ふわっと体が浮いて揺れる。甘ぁい匂いが俺を包み込んだ。アッ、アワーッ、だっこされた。
「2時過ぎても家に帰ってこねーから心配したろ」
「ご、ごめん」
俺を見守ってた誰かしらかが、エイジくんからの電話に出てくれたんだろう。
「オヤジすぐそこで車停めてまってっから」
「うん、あの、起きたから歩いていける」
「寝てたんじゃなくて失神だろ?しばらく動くな」
「ひゃい」
このお姫様抱っこやだよう。女の子に見えるが俺だって男の子であるし、みんなにもまじまじと見られてる。
「とりあえず今日は連れて帰るわ。先生とかいねーの?」
「いや、今は……」
「ふーん、まあいいわ。もう麻衣にあぶねーことさせんなよ」
「面目ない」
ぼーさんが一番にちらっと視線をやられるのはおそらくこの中で一番年上の男の人だからだろう。
思わずエイジくんに謝っているが、この人はあんまり悪くないというか、俺の監督責任はこの人にない。
ったくよーと悪態つきつつ俺を連れて遠ざかろうとするエイジくん。俺は首につかまりながら背後にいる面々に声をかけた。
「あの、また明日!ね」
みんなは戸惑いつつも手を振ってくれて、俺はエイジくんに大人しくしてろと怒られるくらいにはぶんぶん手を振った。
「今日聞いたんだ。オヤジがケーキ屋やってんのって誘拐した犯人を捕まえるためなのかって」
車までの道すがら、エイジくんは口を開いた。
「圭一郎さんはなんて?」
「うまく言えねーんだって。意外にも」
圭一郎さんは口がうまいし頭もいいから、エイジくんは少しからかうように付け足した。
軽く笑いつつ、笑っちゃダメだったかなとすぐ息をひそめる。
「どういう気持ちなんだろうな、オヤジ」
立ち止まり仰ぐ空はうっすらと白んでいた。
誘拐されるというのはものすごいストレスだと聞く。小野さんも言ってたし、エイジくんもそれを知って愕然としたんだろう。
「うーんむずかしいね」
「なー」
「でも誘拐犯がケーキを好きだって教えてくれたのはさ、俺たちは頼りにされてるんだよ」
「はあ?」
「どうしたいのかって自分の行動を言葉で示すのはむずかしいけど、きっと俺たちにして欲しいことは」
「して欲しいことは?」
「そばにいて、見てて」
「麻衣───それ、……オヤジがそんな可愛いことゆータマか?」
「アハハハ」
足をバタバタさせて笑ってると、車のドアが開いて閉まる音と、駆け寄ってくる足音がした。
「お〜ま〜え〜らぁ〜!」
「あーオヤジ」
「けーちろさん」
圭一郎さんは俺が倒れたと聞いて慌ててエイジくん引っ張って来て、先に様子見に行かせたのになんも連絡なしにゆっくり戻って来たことに怒っているようだった。
やべ、電話すんだった、とエイジくんは小さく呟く。おいおい。
「それで、麻衣ちゃーん?おまえはなんだって夜の校舎で下駄箱なんかの下敷きになったんだ?」
むにーっとほっぺを引っ張られた。
しかたなく、心霊調査のお手伝いをしていたことも、ポルターガイストによって下駄箱が倒れて来たことも、今後の調査への参加についても洗いざらい吐き出し、自分の迂闊加減と保護者へ何も言わなかったことを懇々と説教された。
助手席で粛々と受け止めた末、車が停まったのは夜間救急をしている病院だ。
手の怪我も一応見てもらい、軽い検査もしてその日は圭一郎さんの家に泊めてもらい、翌朝学校に送ってもらった。俺はこっそり赤いフェラーリから降り立ち、周囲をきょろきょろ見て目撃者がいないことを確認して敷地内に入る。
「……麻衣?」
「!」
「あんた、今のあの車から降りたの?」
「すっげ、赤のフェラーリじゃなかったか?派手〜」
裏門から入った途端、綾子とぼーさんに遭遇。俺がなんだか車から降りてくる声は聞こえただろうし、俺よりも先に走り去ったフェラーリをきっと目にしてた。
降りたところ見られてなくてもばっちりバレてんじゃん。
「ア、アハ、オハヨ〜渋谷さん見た〜?」
「うんにゃ。お前昨日あれからだいじょぶだったんか」
「いまって普通の登校時間くらいよね?病院行ってから来なさいよ───ってあら、行ったのね」
俺の腕の包帯に気づいた綾子は肩を下げる。
昨日迎えに来てくれエイジくんの口ぶりもあって、俺にはどうやら、赤いフェラーリに乗ったオヤジとガラわりーが可愛い顔した心は優しい兄貴がいる設定になってるらしく、ぼーさんたちに誤解をとくのがなんだか面倒だったのでそのままにしといた。
next.
クロスオーバーなのでちゃんとGHもかきます。
時系列一緒にしてみようかと思ってるので、どっちのキャラも登場早めです。
「そばにいて、見てて」は多分主人公の本心でもある。
Jan 2019