Clotted cream. 04
旧校舎の調査が終わって、後片付けを手伝った俺は通常の授業に参加すべく教室に戻った。ナルやぼーさんたちはおそらくもう帰っただろう。車が去って行くのを見送ることはなかったけど、もうそのくらいの時間は経っている。
急に地響きが鳴り、旧校舎が倒壊したのもそのくらい後のことだった。
教員は崩れた瓦礫を見に旧校舎を囲もうとする生徒たちを教室に帰し、その後全員帰宅の指示が出た。
今日はどの部活も休み、居残りもダメ、いわば緊急学校閉鎖みたいな。といっても明日は普通に登校するんだが。
なんだよ見せろよと思いつつ帰っていいなら帰る、というのが高校生である。あっさり遊びに繰り出す友人たちを尻目に俺はまっすぐ家に帰ることにした。なんてったってしばらく寄り道禁止なのだ……。怪我してるからな。
「たーだいま」
アンティークに顔を出すと、2組ほどお客さんがイートインに入っていた。
どちらも食事や会話を楽しんでいるようでこっちに視線はない。
「おかえり。なんかいつもより早いね」
「おかえり、そういや早いな」
俺の帰宅に気づいた小野さんが厨房から顔を出す。圭一郎さんも小野さんに同意するように首を傾げていた。
そういえばデパートへの出店はもう終わってこっちに戻ってきてたんだった。
「今日ねえ、旧校舎が急に倒壊しちゃってさ、強制的に学校から出されたんだ」
「倒壊ッ?なんで?」
「お、おま、巻き込まれてねーだろうな!?」
「それは大丈夫〜。もう調査終わって荷物も全部撤去してたし、授業出てたから」
おとつい気を失ったことで全員に俺のやらかしがバレ、高校の旧校舎で心霊現象の調査を手伝っている旨を説明した。
校舎が崩れるなんてそうとうなことで、二人して目をまんまるにする。大きい声を出しそうになって、お客さんがいることを思い出してすぐ裏方に引っ張りこまれた。
俺に怪我がないことを確認した圭一郎さんと小野さんはほっと息を吐く。
「とにかく、もうそのあやしい調査は終わったんだな?」
「あ、あやしくは……」
なるほど、圭一郎さんは信じない口か。いや俺も見えなきゃ見えないで……とも思うが、いないとも断言できない派でしてな。
「いいか、治療費やらカメラの弁償やら持ち出されたら、絶対にすぐに従わずに俺に電話しろ」
「あい」
「訴えるだの責任とれだの言われてもひるむな」
「あい……でもナルはそんなこといわないよ」
「ナル?あだ名!?おまえ、ほだされてないか?」
「いやいやいや」
ぷんぷん手を振りながら、愕然とする圭一郎さんをなだめる。
たしかにほだされているというか、信用しちゃっているのだが。
圭一郎さんから見ればきょうび出会ったばかりのよくわからん男を無条件に受け入れてるようなもので、保護者としては不安だろう。
でもでもだってー。
「ちゃんとした、いい人だったよ」
事前に知ってたとはいえ、実際に会って人ととなりを少しだが知った。
ここは現実で、俺は麻衣で、彼はナル───オリヴァー・デイヴィス博士であろう片鱗も垣間見えた。
SPRはもちろん、デイヴィス博士も実在するこの世の中だ。身元はぶっちゃけしっかりしてる。
「麻衣ちゃんがここまで言うんだから、大丈夫なんじゃない?橘」
「この世界中の誰もがいい人って思ってそうな顔を見ろ!」
顔を両手で掴まれて小野さんの方にぐりっと向けられる。見下ろした小野さんはふっと笑って俺の鼻をつっついた。
「たしかにそうだけど、こう見えてしっかりしてるじゃないか」
否定がない。俺はそんな顔をしてるのか。
そう思いつつ、小野さんの言葉に口を閉じる圭一郎さんの様子を伺う。
手はすぐにはなされて解放、くしゃっとなった髪の毛をなでて直した。
「なんかあったら逐一報告しろ、いいな?」
「うん!」
はあ〜と深いため息を吐いた圭一郎さんはお咎めなし、けれど要経過観察、みたいな感じで許してくれた。
翌日、俺はナルから電話がありお給料の振込についての話に喜び、さらにはバイトの誘いに飛びついた。
その事を報告した俺はお店で今度こそ頭をぐりぐりされることとなった。
どうやら保護者的にはバイトすると決める前に連絡、報告、相談が欲しかったらしい。
あらら、よく考えればそうだね。
「とゆーわけでだな、まずは契約書的なものをくれないかな」
詳しい話はオフィスで、ということで訪れた渋谷サイキックリサーチでソファに座ってるナルを前に保護者の同意がまだないことを言っておく。その保護者が本当の親ではないということも。
「一緒に住んでるのか?」
「ううん、近く?ていうかあの人の店がうちの2件隣で、そこでバイトもしてるんだ。あ、ここ副業OK?」
「それは構わないが、調査に行くときはどうするんだ」
「クリスマスなどのイベント以外は調査優先します!学校も休めます!」
ぴしっと敬礼してみたけどナルはスルー。俺の現住所、バイト中であるアンティークの住所、緊急連絡先として保護者の名前や電話番号を記した紙を眺めている。まだ同意はしてないのでハンコはない。
それにしても渋谷サイキックリサーチのバイトは、勤務形態や給与、条件などを見るにとても高待遇なのは俺の目に見ても明らかだ。
「ケーキ屋の方は休日に接客入る程度かな。ここもやっぱり休日に相談者が来ることが多い?」
アンティークはそもそも小さいお店なので、忙しいとき以外は俺がいなくとも回る。
そういうわけで普段はそんなにシフトに入ってない。高校生だし遅くまでもできない。お給料もそんなに入らない。
「まあ、そうだな。でも滅多にない」
「え」
言ってて悲しくは……いや、ならないか。ここは営利目的ではない。
「来られる日に来られるだけ来てくれ。ケーキ屋のバイトと調査はその都度相談だな」
「ほーい」
ナルは傍らに置いたお茶に口をつけて、なんとなしに書類を確認していた。
俺にもお茶を出してくれたのでそうっとティーカップに口をつけた。たぶんこれはナルがいれてくれたんだろうし、今後は俺がいれる側になるんだろうな。
「おいしい……」
ほっこりしながら、おそらく良い茶葉を使ってるであろう紅茶を堪能した。
契約書を持ち帰って、詐欺じゃないこと、カメラのことは一切もちだされなかったことを説明すると、圭一郎さんは同意書にハンコをくれた。
それでも渋々って感じだったのはサイキックリサーチっていうのがそもそも胡散臭いせいか、泊まりで遠出することもあるって言ったせいか。心配性だなあ。
「じゃあ麻衣ちゃんバイトやめちゃうんですか?」
「前と同じように土日は入るよ」
「あれ、そんな少なかったっけ?もっと麻衣の顔みてる気ィすんだけど」
俺の副業が決定した途端ちいちゃんが不安そうにした。エイジくんが首を傾げてるのはおそらく、シフトに入ってなくとも毎日店に顔を出していたからだ。
「つーか、こっちに多く入ればよくねえ?給料ガツッっと出してやれよオヤジ」
「いやいや〜圭一郎さんには後見人にもなってもらって、ここでも雇ってもらってるのにこれ以上のことをしてもらうのは気が引けて」
俺が頻繁に出るほどお店が忙しくないというのはあえて口には出さない。
「そこは気にしなくていいっつったろーが」
「何よりむこうはお給料が良い……とても」
同意書を抱きしめてウフフと笑う。
アンティークが安い給料と言いたいんじゃなくて、渋谷サイキックリサーチはほんとーに給料が良いのである。
「お給料は大事だよね」
「大事なのです」
「みんなも、麻衣ちゃんは自立精神が旺盛だってわかってるよね」
小野さんがみんなにそう言ってくれたが、圭一郎さんは心なし沈んでいるようだった。
放課後立ち寄る時間がズレるくらいでお店には顔だすのになあ。
「橘ね、ちょっと寂しいんだと思うよ」
「へ?」
圭一郎さんはしょぼしょぼしながらお話は終了とし、お客さんの顔が見えた途端すっかり切り替わった。そして配達のため出て行ってしまった。
しんとした店内の、忙しない厨房で一息、小野さんがこぼしたのはそんな時だ。
今ここにはお皿を拭いてた俺と二人きり。
「顔、出さなくなるわけじゃないけど」
「うーん、そうじゃなくて、頼られたいんじゃないかな」
「後見人になってくれた時点ですごい、すごい、頼ってしまったのに。っていうかこれからもしかしたら迷惑をかけることになるかもしれないのにさ。じゅうぶんだよ」
「麻衣ちゃんが迷惑をかけることはないと思うな」
「どうして?もちろんヤンチャしておまわりさんに捕まるなんてことはしないケド」
きゅっきゅカチャカチャと音を立てる俺と、クリームをかしゃかしゃ混ぜる小野さん。
スプーンでたっぷりすくって、それを差し出してきたので反射的にぱくっと食べる。うめえ。
「あはは、それはないだろうね、でも、そうなったとしても迷惑じゃないよ」
「え〜」
「麻衣ちゃんが大変なときに、橘に連絡が行くってことだ」
鼻の頭にクリームがついてしまったのを指で拭われた。
取り払われたクリームの行く先を見てると、柔らかい唇が開き、赤い舌に舐められる。
「僕らもかけつけられる。それは君が近所に住む女の子というだけだったらできないことなんだよ」
「そっか」
「本当の家族みたいに頼って欲しいっていうほどおこがましくはないけど、甘えてくれたら僕らはとてもうれしいんだ」
そういうもんかなあ。そういうもんか。
もし俺が逆の立場で、親身になろうとしてる子供がそばにいたら、同じような気持ちになれた。
小野さんの言ってることもわかる。
でも子供の立場になってしまった時、大人に対して全幅の信頼を寄せるというのは、なかなか難しいなと思うのだった。
「うん、ありがとう」
お皿をそっと重ねて、最小限の音を出す。
小野さんの視線を感じていたが、いざ小野さんに視線をやると彼は優しい顔でクリームを容器に移す作業をしていた。
next.
主人公にもっと給料出してやりたい気持ちもあるが、そこまでしなくとも自分がいるんだし平気だろって思いもあって、しかし主人公はそう思ってなくてもっと働くっていうのが圭一郎さん的にもやもやする話。
他でバイトするくらいならここでって思ったが今以上にしてもらうことは正直なくてへこみもしている。
主人公的には、働いた賃金とはいえ、これ以上圭一郎さんからもらうのはなあと思ってたり。
Feb 2019