I am.


Clotted cream. 06

ケーキに行動力を奪い取られアザラシのようになって朝を迎えた俺は、アラームの音に目を覚ます。
ナルには保護者が現地に送ってくれるって連絡を入れたので大丈夫だ。
板の間で寝たような気がするが、おそらくエイジくんか圭一郎さんのどっちか、もしくはどっちもが運んでくれたようで布団の中で目を覚ます。
「ん〜」
アラーム止めなきゃとシーツの上を手でぱふぱふすると、後ろからにゅっと手が伸びて来て俺を追い越した。そして携帯電話をとって勝手に止める。
「あれ?」
「なんだよ……6時じゃん……まだ早くねえ?」
後ろに寝返りをうとうとしたら、人にぶつかった。いやそりゃそうだよな。
エイジくんが俺の携帯電話で時間を確認して、むすーっとした声を出していた。
「ごめえん」
「オヤジ迎えにくんだろ?それまで寝てよーぜ」
「ん〜」
まどろみながら、それもいいなとアラームを30分後に設定し直す。
思えば、着替えて顔洗って歯磨くのにそんな時間かからないよなあ。
人の寝息を聞いてると眠たくなるといいますか、俺は再び意識を遠ざけた。
しばらくして、階段を登って来る足音に、圭一郎さんが来てしまったのかと慌てて意識を引き寄せる。ばちっと目を開けて体を起こすと、エイジくんが俺にまわしていた手がぽてりと落っこちた。
「麻〜……あっ、てめーエイジ!!床で寝ろって言ったろーが!!」
どすどすと入って来た圭一郎さんは俺の後ろでぐうぐう寝てるエイジくんを叩き起こす。
そのときばさりと放られたのは近所のパン屋さんのもので、多分俺の朝ごはんだ。
「んだよオヤジ……朝からうるせーな」
「なんだじゃねえ、何一緒になってベッド入ってやがる」
「布団一組しかねえンだからしょうがねーじゃん」
起きたらしいエイジくんがごろりと転がり肘をつく。
俺はもそもそ布団から這い出て、放られたパンをテーブルに置いてから洗面所へ顔を洗いに行く。
戻って来たらエイジくんたちはなおもギャアギャア言い争っていた。
圭一郎さんは俺のことを女の子扱いしがちだし、エイジくんは女だろうが男だろうが一度作った距離感は崩れることがないので話は平行線だ。
「圭一郎さんパンたべていーい」
「おう食ったら着替えてこいよ」
「俺のは?」
「あるわけねーだろ」
とんだ贔屓である。今に始まったことじゃないんだが。
口喧嘩をよそにバターロールに噛み付いた。

車で約2時間ほど走ったところにある森下家は、圭一郎さんの目から見てもなかなか良い家だなといわしめた。
まさに洋館といった呼称の似合う佇まい。蔦が絡みついてる様子もまた味がある。
「前みたいに怪我すんじゃねーぞー」
「気をつけます」
運転席側の窓をあけて俺を見上げた圭一郎さんはいってらっしゃいの代わりに言葉をかける。
俺は小さく頷き、いってきますがわりの言葉をかける。
「帰って来たときにも小野さんがいることを祈るよ〜」
「……ああ」
「話題タブーだった?ごめん?」
ずーんと落ち込んだ圭一郎さんに話題のチョイス間違えたかなと心配になる。
運転席を覗き込むと、ちょっとため息をついた圭一郎さんが憂いを振り払うように手をひらひらした。
「いや……なあ、小野がいなくなっても一緒にケーキ屋やってくれるか?」
「当たり前じゃん!」
あははっと笑い飛ばした。そりゃ小野さんの作るケーキはとびっきり美味しくて特別で、うちの店が繁盛するのに重要だ。いなくなったら大変だし、さみしくもあるが、だからって圭一郎さんが開いた店はなくならないし、俺の好きな店であることはかわりない。
「俺たちはさ、もうただでは切れない仲だよ」
「……麻衣……」
俺になにかあったら圭一郎さんにつながるよう、圭一郎さんになにかあれば俺は少なからず関わり合いになれる。無関係ではない。それは子供と保護者という間柄だからかもしれないし、そういう約束を経て俺たち同士がそう思っているからかもしれない。
「一緒に頑張ろうね」
ハンドルに力なく垂れてた手を上から押さえて軽く握る。
「行ってきます」
「ん、行ってらっしゃい」
ふふっと笑ってちゃんと挨拶して別れた後、低いエンジンの音とともにフェラーリは颯爽と走り去って行く。
「おー、やっぱ嬢ちゃんちの車だったわ」
「まごうことなきフェラーリよ、赤の」
「わっ」
外に人のいる気配を察して出て来たらしい綾子とぼーさんに、今度はばっちり目撃された。
「二人とも来てたんだ〜偶然?」
「久しぶりね、あんたバイトになったんだって?」
「結構良いトコのお嬢じゃねーの?おまえさん」
二人はニマニマ笑いながら、それぞれ別口で依頼されたと教えてくれた。
ちなみにナルとリンさんはすでに中で機材の設置を始めているそうだ。
「あいっ変わらずの機材の山よ、早く行って手伝ってあげたら?」
「はいはい。二人は手伝ってくれてたの?」
「やぁだ、そんなわけないじゃない」
「俺たちはこの身一つでやってるんでね」
胸を張るな胸を。
一応インターホン押したほうがいいのかな〜とか思ったが、綾子が勝手知ったる他人の家という風情でドアを開けた。まあこれから出入りすることになるんだからいちいちやってらんねーけど、俺は初めて訪れた家なわけでだな。
きょろきょろと、典子さんの姿を探したら、何を探してるんだとぼーさんに聞かれた。
「家主に。やっぱほら、始めは挨拶しないと」
「ああ、ベースの確保済んでお前さん来てから家族紹介するって言われて待ってたから、まずはナルちゃんとこ行こーぜ」
「そうなんだ〜」
ぼーさんはすっかり、俺が以前勝手に呼びつけたナルという名を気に入って使ってるようだ。
俺は仕事中はきっちり、あえて偽名を名乗ってる意思を尊重して口に出すときは渋谷さんと呼ぶ。
「おはようございま〜す」
「……遅い。外のバンにある荷物全部」
「あいあいさー」
ふにゃっふにゃな敬礼をして、挨拶もそこそこに踵を返す。
どうやらぼーさんたちに案内された部屋をベースという拠点にするらしい。カメラやレコーダーなどの情報を取る機器は一部すでに運び込まれていたので、あとは中継するために必要なもの、といったところだろう。
リンさんはラックを作り上げていて、ナルはカメラの確認をしていた。
「ほら、二人も来て!」
「え?ちょっと」
「俺たち!?」
暇そうな手が俺の他にも4本あるじゃねーか。そう思ったので問答無用で1本ずつ掴んで引っ張ってった。
ナルはきっと無関係で行こうと思ってたんだろうけど、どうせそんなの無理だ、早くに巻き込む方針にしたほうがいい。

調査中に一度連絡を入れたとき、圭一郎さんから事の顛末を聞いた。
小野さんは以前訪ねて引き抜きを打診した元彼───ジャンの暴力を受け顔面などを負傷。
あわや手の骨を折られるところだったが、すんでのところで事態を察知した圭一郎さんとちいちゃんが駆けつけたため防がれた。
ヤローの顔面というわけで圭一郎さんの口ぶりはぞんざいなものだったが俺はちょっぴり心を痛めた。
エイジくんが報復に行きかけたが小野さんが止め、どうやら元彼のケーキを食べに行こうという話でまとまったそうだ。どういうことだ。俺は依頼を終えたら安心して帰ればいいということだけはわかった。
一方、こちらの調査はちょっと難航していた。
救援という形で来てもらった除霊に長けたジョン、霊視ができる真砂子を迎えたが、頼りの真砂子は来るなり体調不良でまともに立っていられないほどだ。
子供の霊がたくさんいて彷徨っている、と言い残してふら〜っと俺に倒れかかって来たのでとっさに抱きとめた。どこの部屋に行ったら霊がいないのかなんかわからないのでベースの椅子に案内して座らせた。
「飲み物でもいれてこようか、紅茶は平気なひと?」
「ええ……」
「麻衣、僕とリンの分も」
ナルがしれっと注文をつけて来る。いいけど別に、同じのしかいれねーからな。
あと典子さんに許可をとってからだし、森下家の茶葉でいれるんだからな。
「なんであたしたちの分は頼んでくれないわけ!?」
「なぜ僕があなたがたの飲み物に配慮しなければならないんですか?」
うーん、どっちも言い分はわかるが……。
「みんなの分もいれるよ」
「もったいないだろう」
いやそれは、森下さんちのもんだし……ナルがそこをもったいぶるのはおかしいのでは?
ということは、あれか、俺の労力をもったいぶってくれてる?
お茶の腕を信頼してくれてるのか、みんなのことがよっぽど気に食わないのか、ただ単に時間の浪費を気にしてるのか……えっ狭量〜。素直に喜べないなあ。
肩をすくめて見せて返事をせず、ベースを出て典子さんを探しに行った。
よく考えたら、典子さんに許可を得る以前の問題で、お茶は典子さんが入れるって言うわな。
そこで俺にいれさせて!というのは変だし、なんか失礼じゃない?と思ってへらへらお願いした。
「お茶ですよ〜」
「お、サンキュー」
トレイを持ったまま身を屈めるとぼーさんが一つカップを取ってくれて、続いて綾子、ジョンがお礼を言いながらとる。重みがだいぶ減ったので片手に持ち替えて真砂子に手渡し、ナルとリンさんは作業してるテーブルに置いた。
一口飲んだナルは一瞬眉を寄せたが、まずいはずがないので、静かに嚥下した。
「麻衣がいれたのか?」
「あっ、ううん、典子さんがいれてくれた。おいしーだろ」
俺たち一応客人ってことになるんだもんな。
そう思って手をぷんぷんすると、ナルもまあそうだろうなという顔をした。
「普通」
にべもなく味の感想を述べてティーカップを置くのはどうかと思う。俺がおいしーだろって聞いたせいなのか。


next.

圭一郎さんは主人公が男であることをわかっていながら女の子扱い抜けないし夢見てる。
床で寝かさないし、エイジくん一緒の布団入れないし、朝ごはんも買って来ちゃう。たびたび性別わすれるし男だと思い出して絶望するけど、なんかもうどうでもよくなってくる。
エイジくんもヤローを甘やかす趣味はねーけどこいつは別物って思ってるし、女の子だろうが男の子だろうがベッドでねてえから同じ布団に入る。
手なんかださねーよって断言はしないが、現在枯れてる(自称)し、別に恋愛対象とは思ってない。
抱かれてもいいって軽率に口に出すやつなので、いつか抱けるって軽率に口に出しそうではある。
Feb 2019

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