Clotted cream. 07
*橘圭一郎視点アンティークにテレビ局の取材が入った時の縁で、各務民子アナウンサーの披露宴に携わることになった。
デザートメインのガーデンパーティー形式で行われたため、ほとんどがうちの提供となる。
テーブルフラワーからブーケ、その他演出も他社にもってくよか自分でやったほうが手っ取り早いのでさくっと勉強してさらっとこなしてやった。
ひそかにお近づきになれないかと狙っていたタミーちゃん……なぜあんな旦那なんだ……と嘆きつつも仕事はしっかりとこなす。
祝われている光景に、憧れの結婚、求める幸福を垣間見て、昔のことばかり考えていた。
高校の時に付き合っていた彼女に無理をしていると指摘されて振られたこと、大学時代憧れていた先輩には遊び人だと思われて交際にすら発展しなかったこと、その後まったく好みのタイプじゃないのに好きになれた彼女には最初とほとんど同じような理由で、無理させていると謝られたこと。
そういえば母にもそう思われていたなと、さらなる思いが蘇る。
無理をしてるってなんだ?自分ではわからないし、人にそう言われてもどうにもならない。
会社員になってからだってそつなく彼女ができて順調に交際してたのに、どこかで対応を間違う。
誘拐されて、その時の記憶がないから、自分の中に疑問を抱え続けているからだろうか。
そのない記憶の中に、今の自分を作り上げる何かがあって、そのわだかまりを解くことができないのか。
自分は人間としてゆがんでいて、それを正すためにはきっと、犯人がつかまるなり、記憶が戻るなりしないと、一生このまま『無理をしている』風態の、情けない男なのかもしれない。
「いいなあ……」
タミーちゃんが周囲に祝われ、キスしている幸せな光景にぎゅっと胸がつまった。
「いいなあ」
「ん?」
切実でも羨望でもない声が隣からして顔を向けると麻衣がいる。
「おまえいっちょまえにもう結婚願望が───いや、まだ早いぞ」
「何言ってんの」
呆れた様子で返された。
そうだよな、結婚願望があるわけじゃないよな。単に、幸せな光景を目にして感嘆した声だよな、そういってくれ。
「圭一郎さんは結婚したいの」
「したいさ」
食い気味に答えたから、麻衣は体を少しのけぞらせた。
今日は麻衣も店で着ているウェイトレスの格好ではなく、スタッフとわかりやすいようギャルソンスタイルでこの場にいた。
初めて会った時は結わえるほどに長かった髪も今じゃショートヘアーで、中性的な顔立ちによく似合う。つまり、そういう格好をしていると少年のようにしか見えない。
俺としてはもっと可愛い格好をしてほしい……と残念に思ったがふと気づく。
そうだこいつは男であって、この格好が正しいのだ。似合うのも当然だ。
「……なに?」
体をのけぞらせたまま肩をすくめた麻衣をじっと見る。
まだあどけなさの残る丸み帯びた輪郭に、角ばらない体躯、細い首。
初めて会った時と、ほとんど変わらない。
あの頃は紛れもなく少女だと思っていたし、その時から女の子なのに少年ぽさのある雰囲気に、妙な色気を感じたものだ。もちろん手を出す気はさらさらなかったし、今の段階じゃまだちんちくりんの域に入ってるが。
「早く大きくなんな」
「なにそれ?もしかして俺に気を使って結婚しないってこと?ヤメテ!?」
「いやいやいや……───そうかもな」
麻衣が大きくなっても、おそらくごつくなるだけだ。少女と少年の境界にいるままではない。
そのことに安堵しつつ、そして物悲しさを感じつつ、背中をぽんぽんと叩いた。
当然だが硬い背中だった。
俺は少しだけ麻衣に自分を重ねてみる時がある。境遇や取り巻く環境は違えど、似ている部分があるような気がして。麻衣の笑みに、言葉に、生き方に、どこか期待していた。
愛とか羨望とか同情とか興味なんてもんじゃない、麻衣の未来を見て、守りたいと、俺は思うのだった。
結婚式が無事終わり、撤収作業も業者に委託するとこまでできた。
それぞれ着替えを済ませて、打ち上げに寿司でもおごっちゃると言えば。千影はわさび抜きじゃ食えねえと抜かすし、エイジはナマモノが嫌いだと。
反射的にわーいと喜んだ麻衣は、二人を見て掲げた手をそっと下ろす。
じゃあ焼肉ならと提案を変えれば、またしても麻衣だけわーいと喜ぶが小野がジャケットに匂いがつくからと必死になって拒絶した。
「ファミレスいく?」
ゆるゆると手を下ろした麻衣は残念そうな顔をして、うなだれた俺を背負いながら三人に提案し直した。
三人とも挙ってそれならと賛同した。ちくしょう。
「今日はお疲れ様でしたー!!」
ファミレスでオレンジジュース、アイスティー、ソーダフロート、ジンジャーエールで乾杯している四人を横目にビールが入ったジョッキを置いた。
「なあお前ら美食への欲求はねーのか!?コリコリのヒラメに縁側、ふわふわの煮穴子!!とろっとろのウニ!!」
グラタンやらハンバーグやら下手したら俺が作ったほうがうまいレベルのもん食ってる奴らをみる。
「超ジューシーな骨付きカルビとかは!?タン塩とかレバ刺とか石焼ビビンバは!?」
「圭一郎さんグルメだねー」
「麻衣は食べたかったろ!?」
「でもこっちもおいしい」
たらこスパゲッティをフォークでぐるぐるした麻衣は大きな口を開けてかぶりついた。
お前はなんだって美味しいっていうだろうよ。
「グラタン大好きー」
「よかったねえ神田くん」
「わーいハンバーグー」
呑気な連中にもう何も言う言葉が見つからない。
ビールに口をつけながら、今度は麻衣だけ連れて飯でも行こうと心に決めた。
next.
圭一郎さん視点。みじかくてすみません。
Feb 2019