Clotted cream. 08
結婚式の打ち上げで、圭一郎さんがお寿司か焼肉連れてってくれる話だったんだが、ナマモノ大嫌いなエイジくん、ワサビがダメなちいちゃん、焼肉の匂いがジャケットに着くから嫌な小野さんの三人がいたため、代替案として俺が出せたのはみんな大好きファミリーレストランだった。ジュースで乾杯して、各々好きな料理を頼んでもとっても安価。いつも大変お世話になっております。
圭一郎さんは不服のようだが、みんながそれぞれ美味しいと楽しめるのが一番だ。
店内から外を眺めているとふいに、見知った姿を見つける。ナルと真砂子とぼーさんの組み合わせだ。
そういえば昨日ナルから連絡きたけど、今日が結婚式だから断ったっけ。
真砂子からの依頼でとある公園で起こる不可思議な現象を確かめに行くんだかなんだか。リンさんの姿が見えないのは機材を準備してるからか、もしくは不要と判断したからか。
俺が手伝いにこられないからぼーさんを呼んだのか、除霊要員でもともと声をかけるつもりだったのか……。
圭一郎さんは2杯目のビールを頼んだところで、エイジくんはデザートにありついてる。
「麻衣?くうか?」
「あむ」
向かい側からフォークを差し出されて反射的にかぶりつく。ミルクレープだった。
それでも視線は外へやってるので、みんなが俺の様子に気づいて首を傾げる。
「外になんかあんのか?」
「や、知り合いっぽいのが」
「それって霊能者の?」
圭一郎さんと小野さんが、俺の見ているほうを探るように頭を動かした。
「多分。昨日、ちょっと依頼が入ったって言ってたんだけど……ここらへんだったのかあ」
「じゃあ近くにオバケが出るんですか?」
「さあどうだろ───」
俺の記憶にひっかからない調査だったので、スカかなあと思ってたんだが、どうだろうな。俺の知らない調査だってあるはずだ。
「……ちょっと見に行ってくる」
あっと止めるような戸惑うような声がしたが、俺は席を立って店を出て行った。
人混みの中見かけた姿のある方へ小走りに向かう。たしかその先には公園があるから、おそらくみんなも向かったのだろう。
そこは遊具のある児童向けの公園というわけではなく、散歩ができるような公園だった。
ひらけたところまで行くとまばらに人がいた。
おかしいなーこの辺にいると思ったんだけどなー。
きょろきょろあたりを見て探す。
「あ、いた」
ぶんぶん首を振ってたので一瞬見逃したが、隅っこに三人が立っていて、俺の方を見ていた。なんだよ、気づいてたのなら声かけてくれたらいいのに。
と思ったが、公園を見渡していただけかもしれない。
俺が近づいてくと、はっとしたような顔をする。
「なんだ、おまえ、麻衣か!」
「え?なに?」
ぼーさんに驚かれて立ち止まる。
「誰かと思った」
「あたくしも……」
ナルも真砂子もそういうこという。なんでだよう……と思ったがそういえば今の俺は男の子っぽい格好をしているんだった。
仕事中は給仕用の服を着るとはいえ会場はそれなりのところだったし、圭一郎さんがスーツを用意してくれてたのでそれを着て行ってたんだ。エイジくんと小野さんはカジュアルな格好だったけど。
「結婚式行ってたので」
「だとしてもその格好は違うだろ」
「あ、仕事!仕事で!」
「仕事?」
ナルだけはああとわかったような顔をした。
「ケーキ屋さん。ウェディングケーキとかね〜提供する側だったので、こういう格好」
もちろん仕事中はベストとエプロンしてたけど。まあそこまで細かくいう必要はないか。
「なにおまえ、あっちこっちバイトしてんのな」
「まーね。さっき終わって打ち上げしてたところ、三人を見かけたから顔だしにきたんだ。どう、順調?」
「今の所動きはないな」
ナルがふうとため息をついて周辺に視線をやる。
今回の詳細はいまいち聞いてないので、依頼をもってきた真砂子に求めると、男女でいるとどこからともなく水がふってくるんだそうだ。
元々はドラマかなんかの撮影中で、男女の俳優が恋人らしいふれあいのシーンを演じるタイミングでおこったのが発端で、芸能界にもちょこちょこ出入りしてる真砂子に依頼が来たそうだ。
しかも調べてみると、もう半年も前からたびたびそういう現象がおこっていたという。
真砂子曰くなんらかの気配は感じるけど害のあるようなものはなさそうで、いまのところ様子見というかんじだ。
「カップルかあ〜……ありゃ、そこらへんにいないな」
「ええ、条件がそろってませんの」
「どっちかといたらいーじゃない」
ぼーさんとナルを失礼ながらも指差した。
ナルなんて同年代でお似合いの美男美女なわけだし、たしか真砂子ってナルにウフフじゃなかったっけ。
「でしたら麻衣さんにお願いしますわ」
真砂子の手がするっと伸びてきて、俺の腕に絡みついた。
ほえ?
そりゃあいい!でかした麻衣!みたいな感じで、俺と真砂子はナルとぼーさんに追いやられてベンチに座った。
「そういえば時間、大丈夫だったかしら……抜けてらしたのに」
「あ、ああ、うん。オーナー酒飲んでたし、大食いがいるからまだやってるんじゃないかな」
しまった、ジャケットも置いてきたからちょっとさみーや。
そう思いつつも真砂子には気取られないよう平気な顔をした。
ジャケットのポッケに携帯も入ってるから連絡いれらんないのは割とゆゆしき事態かもしれない。
「ケーキ屋さんでバイトもしてますのね」
「うん、うちの近所にあるんだあ」
「今度……買いに行ってもいいかしら」
「きてきて」
やったあ、と思ってにへにへ笑うと真砂子も柔らかく微笑んだ。
「おみやげ用の焼き菓子もあるし、自分用のケーキテイクアウトでも、イートインでアフテヌーンティーなど、なんでも」
「麻衣さんはいつならいらっしゃるの?」
「基本しょっちゅういるけど、シフトは土日の午後だねえ」
「じゃあ、一緒にお茶ができるのはいつかしら」
「えーとね」
「───女性だわ、若くて、二十代前半くらいの……あたくしたちを見て───」
オトリになったことをすっかり忘れてて、真砂子の様子で我にかえる。
咄嗟に真砂子をベンチに倒して覆いかぶさった。
「きゃっ……!」
上がる悲鳴に、驚かせてしまったことを悪く思うけど、水をかぶるならこうするしかないと思って……!
「イッ……たぁ〜……」
覚悟はしてたけど実際水をかぶせられるとビビる。しかも痛い。
衝撃に目を瞑って堪えて、ぼたぼた垂れていく水の感触と、体が冷やされる感覚にぞわぞわしながら恐る恐る目を開ける。そ、そうだ、かばった真砂子に水が垂れたら意味がない。
水滴がいくつか、真砂子にかかった。
真砂子は目を見開いて呆然として、両手で口元を押さえて、そして、「いい眺めだわ〜〜!!!」と宣った。だれだこの人は。
どうやら霊の仕業で確定で、その霊は真砂子に乗り移ったらしく、事情を聞くことに成功した。
生前彼氏と出会って、彼氏とデートして、彼氏に浮気されてるのを目撃して、頭から飲み物を被せられたという思い出詰まったこの公園で、イチャイチャしているカップルに当たり散らした結果がコレだそうだ。
かわいそうだとは思ったが、関係ないのに水をかけられた多くの人々もかわいそうである。
ぼーさんとナルと俺の説得によって昇天していった女性の霊を、姿は見えないがそれぞれを何気なく上を向いて見送り、ほどなくしてはっと我にかえった真砂子を見下ろす。
幽霊のお姉さんがあまりに愉快な人で、その人に乗り移られた真砂子もまた愉快な感じに奇行に及んでいたのでぼーさんがぷっと笑いを堪えている音が背後から聞こえる。
「水、かぶっちゃったなあ」
「あたくしは麻衣さんが庇ってくださったから、ほとんど濡れていませんわ」
「ああ、麻衣エライ!風邪引いちまうからさっさと帰ろうな」
真砂子のほっぺに水が付いてたのでぷにっと触って拭う。
「どうする?連れがいるんだったか。連絡したほうがよくないか」
「いや手ぶらできちゃったからさ、戻るわ」
「その格好でか?」
あははあ〜と笑って、ナルのバカを見る目つきをやりすごす。
これ以上ここにいると向こうに心配されるが、水びたびたでファミレス戻りたくねーなというのが本音だ。
「───いた、麻衣ちゃん!」
だからってどうしようもないよなあ、と思ってた俺の背後から駆け寄ってくる足音と上がる声。振り向けば俺のジャケットを持った小野さんがこっちに駆け寄ってくるところだった。
「あー小野さん」
「もう、いつまでも戻ってこないから心配したよ。電話も持たずに行って」
「ごめんごめん」
「って……なんで濡れてるの!?どうして!?」
「ちょっと心霊現象〜」
「ええ!?」
小野さんはわっと驚いて俺と、俺の周囲にいる人たちを見比べる。濡れてるのは俺だけである。
「あ、どうも僕は麻衣ちゃんの保護者というか、保護者の友人の小野です」
「こりゃどうも、俺は───」
戸惑いながらも、小野さんは突然の登場に少し驚いているみんなに自己紹介をした。そしてぼーさんは応えようとして口を開く。
待って。待って。
「だ、だめだー!!!」
俺はがばっと小野さんに飛びついた。濡れてるのは背中や頭だから前から小野さんの頭を抱きしめ、視界を遮った。
「ちょ、ちょっと麻衣ちゃ……何!?」
「見、見ちゃだめ〜!!」
小野さんの好みだったらどうしよう!特にナル!ぼーさんだって危ない。
ギブギブ!と俺の胸ペンペンしてる小野さんに、周囲が目ん玉ひんむいてる気配がする。ここでは俺が男の子だと知ってるのは小野さんだけなのだ。
「心配しなくても大丈夫だから」
「ほんと?」
俺の言いたいことがわかってるらしい小野さんとヒソヒソ話あってから手を離す。
「……なるほど、なるほど、うん」
ナルとぼーさんはゆっくりゆっくり視線を向けられて、居心地悪そうに身じろぎをした。小野さんは最後、にっこり笑って俺を見て頷いた。そのウンはなに。
聞くに聞けなかった。
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周囲から主人公のカレピだと誤解されるみたいな展開が好きだし100回くらい書いても飽きない。
アンティークの人々からの扱いはわりとプリンセス。年の離れた末っ子(妹)
Feb 2019