Clotted cream. 09
どうやら近頃の渋谷サイキックリサーチは霊能者の溜まり場になっているらしい。らしい、というのも、彼らが来るのは土日の昼下がり、俺はそのころバタバタとアンティークへ向かっているころで、出くわしたことはないからだ。
ナルとリンさんの歓迎を受けるわけがないのに、ハートの強いやつらめ。
そんなところでにこにこバイトしている俺も俺だけど……なんだかんだナルはいいやつだし、リンさんはちょびっと怖いと思ったこともあったけどたまに優しくて……みんなも気づいてしまったのか、ここの微妙な居心地の良さに。
「麻衣いいか、来ても絶対にお茶は出すな」
「へ」
神妙な顔つきで俺の差し出したティーカップに口をつけながらナルは言う。
こくんと飲んだあといくらか顔つきが和らいだ。
なぜナルが急にそんなことを言ったかというと、今日は休日にもかかわらずアンティークのバイトは休んで、オフィスに長くいるからだ。
先週ぼーさんの協力を得て真砂子の依頼に答えたことで、十中八九ここに集られる可能性がある、とナルは危惧していた。
「ど、どーして?ていうか、いつも出してないの?」
「依頼人でも僕が招いた客人でもないのに?」
「た、たしかに……」
しかもナルならここを喫茶店がわりにするなと追い返す姿勢を存分に示すだろうに、次いでお茶なんぞ用意されたらとんだツンデレ野郎だ。
つまり、ナルが追い出すそぶりを見せたなら、俺がお茶を入れて歓迎すればいいんだな!
ははは〜と苦笑しながらわかったわかったと頷いた矢先に、ぼーさんがのんきに顔を出した。
「よーう、ナルちゃんいる───って、麻衣!珍しいな」
「いらっしゃーい」
歓迎のあいさつをすると、ナルがギロッとこっちを見たのを視界の端に捉えた。
ぼーさんのいるドアの向こうには、綾子とジョンまでいる。
「オフィスにいるところ初めて見たわ」
「こんにちは」
「こんにちは〜。三人そろってどしたの」
「いやあ、先週の依頼の件でさ、その後どうなったかなーって」
「ああ」
ナルを一瞥したが、ふいっと顔をそらし立ち上がった。
「原さんに一任していますので」
たしかにナルって真砂子に頼まれたけど特に何もしてないし、もともと依頼を受けたのが真砂子だったよな。ナルが何も言うことないのも頷ける。
ぼーさんも深く追求せず、おそらくここでおしゃべりに来たのかどかっとソファに腰を下ろした。
そしてナルはむっとした顔をして俺を見る。おそらく追い出せって顔だが一周回ってもてなせって意味かもしれない。
所長室と言う名のナルシェルターに引きこもろうとする背中を見送った。
「あれ、おーい」
ぼーさんは行っちまうのかーと手をひらひらしてるが、振り向くことはない。
ぱたんっとドアを閉めた音に、みんな諦めて視線をこっちに戻した。
「今日はいつにも増してそっけないな」
「そう?いつもあんなもんでしょ」
「麻衣さんがいてはるからとちゃいますか」
「え」
ジョンの言葉を聞いて微妙に詰まる。
なんだつまり、ナルは俺に全部押し付けたのか。
「じゃあみんなにコーヒーいれちゃおっと」
「サンキュー」
「ちょうど喉乾いてたのよねえ」
「お、おかまいなく、です」
俺に任せるとどうなるか知らしめてやろうじゃねえか。腕まくりをしてお茶の準備をしに行く手前で資料室と名が付いたリンさんのお部屋をトントンして開ける。
顔だけ突っ込んでコーヒーいれますが〜と断りを入れたらくださいの合図が返って来た。
ナルにはさっきリクエストされた紅茶をいれてあげたばっかりなので除外だ。
俺がバイトしてお茶を入れるようになっておよそ半年ほどが経ち、飲み物の種類が着々と増えつつある。コーヒー豆が4種類、紅茶は5種類、他にも日本茶や中国茶がいくつかある。頻度が少ないのはティーバッグだけど。
コーヒーに限らずだが、こういうのは奥が深いけれど大衆的でもあって、好みではなくとも大抵のものは受け入れやすい味をしている。
そういうわけで最も一般的で受け入れやすそうなコーヒーをチョイスしてドリップ。一度にたっぷり作って持って行き、みんなの前でコーヒーカップに注いだあと、来客用のミルクやシュガーをおいた。
「いい匂い」
「おおきにさんどす」
「味の調節してねー」
「それはリンの?」
コーヒーカップを一つ手にとって席を離れようとしたところで、ぼーさんが俺を見上げた。
「そう。届けてくるので、ごゆっくり」
「サンキュー」
こぼさないように手にとって、すたすた歩いて行くとドアの前に来たところでノックをする前に開いた。
コーヒーを入れる宣言をしておいたし、おそらくみんなの声が聞こえたのだろう、リンさんが受け取りに来てくれたのである。
「あ、今日のはブルーマウンテン」
「いただきます」
香りを楽しむような息遣いをしたリンさんをうっとり眺める。だってなんか、嬉しいじゃないか。
目があってしまい、ふへっと笑ってごまかすとリンさんは目をそらした。そして小さな声でお礼を言って資料室に戻って行く。
俺はその背中に手をひらひら振ってから、一服したであろうぼーさんたちのほうへ戻った。
「いやあ、こんなちゃんとしたコーヒー飲んだの初めてかも」
「普通のドリップだよ」
ぼーさんの褒め方に苦笑した。
普段からてきとーにいれてたり、缶コーヒーやインスタントに慣れてる人ならそうかも。あっちも十分美味しいと思うけどね。
「下の喫茶店行くよか良いんでねーの」
「そうねえ」
「麻衣さんはコーヒーがお好きなんですか?」
「好きだけど……自分で自分にはいれないかな」
練習の時はちびちび飲んでたけど、普段飲む時はちゃちゃっとインスタントとかが多い。
こっちのバイト中にナルやリンさんにいれるついでに飲むことはあるけど、それでも数は少ないだろう。
「ええ?もったいねえ、こんなに上手にいれられんのにか」
「いやあ……べつに。自分じゃわかんないっつか……インスタントでも美味しくない?」
美味しいのは美味しいけど、安くたって美味しいので……と頭を掻く。
「おこちゃま」
「貧乏舌」
「お、おふたりとも……」
「うるせーやい!もういれてやんねーぞ」
ぎゃいぎゃいと口論をしていると、ナルが部屋から出て来た。そして俺たちの様子と、コーヒーの香りに気づいて、もともと不機嫌そうだった顔をさらにしかめた。
「いいかげんにしてもらえませんか。ここを喫茶店がわりにするなと───麻衣、言ったはずだが?」
なぜ俺が一番睨まれてるのか。
もちろん、ナルの表向きの言いつけを守らずコーヒーを入れたからだろう。でもそれは一周回ってコーヒーいれてやれってことだろ?フリだろ?
肩をみょんっと上げてみょんっと下げると、ナルはもっともっと不機嫌な顔になる。
そのとき新たな来客を知らせるドアベルが鳴り、真砂子の姿が現れた。
「こんにちは。あら、みなさんおいででしたの」
「よう、また仕事の話?」
「いいえ、今日は麻衣さんと約束が」
視線を送られたので手を振ってみる。
そうなのです、俺は今日真砂子に誘われてアンティークをお休みし、ナルにも許しを得て真砂子が来るまでここで待ってたというわけなのです。
「なんで麻衣?」
「先週あたくしの依頼の件で、麻衣さんに庇って頂いて、そのお礼にお茶にお誘いしましたの」
「そんなの、気にしなくて良いのにー。まあお茶は行くけど」
「ね、行きましょ」
綾子がきょとんとしたが、以前の依頼の件で納得したらしい。
「あ、そんなら映画でもいこーぜ、オゴっちゃるよ麻衣」
「え!」
ぴょこっと耳が立つような気分で肩をゆらす。
真砂子もな、とぼーさんが付け加えてくれたのでヤッターと喜んだ。
「前回の依頼は麻衣の仕事じゃなかったのに色々助かったしな」
「あんたがロリコンだとは知らなかったわ」
「なんとでもおっしゃい!おデートの相手もいないくせに」
綾子が茶々を入れてきたがぼーさんはそんなの怯まず煽って返す。
そしてムキになった綾子がジョンの腕を引っ張って立ち上がるので、どうやら俺たちはこの後みんなで遊びに行く感じになるようだ。
「今日はあたくしが先約でしたのに」
「いーじゃない、みんなで行けば〜お茶代だってぼーさんがだすわよ」
「いっとくけどお前にはオゴんねーからな」
みんながわいわい言い争っている間にせっせとカップを片付けて流しに持って行く。
シミにならないように軽く水で洗ってから戻ると、ナルの姿はなく、みんなが出かける準備を整えて待っていた。
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この後、男装写真ないのって聞かれてタミーちゃんとのツーショット見せてあらゆる意味で驚かれる展開があるんですけど収集つかなかったのでカット。
Feb 2019