Clotted cream. 12
*滝川法生視点クリスマスの日、急遽ナルからの連絡を受け、依頼の手伝いに教会へやってきた。
最初話をナルんところに持って来たのはジョンで、その知人である東條神父が依頼人として俺たちを出迎えた。
綾子と真砂子も───俺もだけど───悲しいことに仕事も一緒に過ごす恋人もいないというわけで、一緒に来ていた。
「麻衣さんは……」
ジョンがあれっと首を傾げるのも仕方ない。ナルもリンもいるのに麻衣がいない。
「クリスマスだから、向こうのバイトが忙しいらしい」
「あ、さいですか」
小さく微笑み頷くジョンをよそに、綾子と真砂子が顔を見合わせてふっと笑う。
なんだ、珍しく仲良さげじゃないの。
「昨日、あたしたち麻衣のお店行ったのよね」
「忙しそうにしてらしたから、長くはいられなかったのですけど」
「え、なんだよ、いいなー。前みたいなウェイターのカッコしてたか?」
「いいえ、お店ではエプロンドレスみたいですの」
「フリルよフリル、写真撮ったわ」
「おっ可愛い可愛い」
綾子の携帯の画面に収められていた麻衣は溌剌とした笑みを浮かべてピースをしていた。背景はケーキ屋のイートインって感じだったので店内で撮ったのだろう。
「みなさん、遊びに来たのなら帰っていただいても結構ですが」
ジョンだって覗き込んでいたのに、ナルが視線を投げたのは俺と綾子だけだった。
教会では外国人就労者の子供や、訳あって親と一緒にいられなくなった子供を預かっているらしく外で遊びまわっていた。
その子供達が、時折霊に憑依されるというのが相談だった。
不意に、硬いものが壁や地面などを叩く音が外でして、東條神父は音のする方を見るように視線を上げる。
「スティック」と呼ばれる、声が出せない少年のためのかくれんぼだそうだ。
その少年の名前はケンジといって、精神的な理由からか声が出なかった。かくれんぼをする際にもういいよ、と知らせるための動作が木の棒などで地面を叩いて知らせるというものだった。
ケンジは三十年前、そのかくれんぼをしたきり行方不明になっている。
音のする方へ行くと濃い肌の色をした男の子供が木の棒を投げ捨てて、リンに抱きついた。
「おとうさん!」
という、掛け声とともに。
驚いたことに、子供に憑依したケンジはリンを父親と勘違いして懐いてしまった。
いままでも父親に似た人を見るとこうなっていたそうだ。
リンはもう見るからに子供が苦手で、青ざめた顔をしてうろたえていた。
ケンジは一度ジョンに憑依をとかれてもすぐにまた違う子供についてリンのそばにいようとした。
ナルは何度も落とすのは危険だからリンに面倒を見るように言いつけた。
真砂子曰く、ケンジの消息はわからないし、感情も読みにくいそうだ。それほどに、父親に思い入れがあって、今は夢中なんだろう。
俺たちは父親と勘違いされているリンをオトリがわりに現状を維持しようと目論んでたんだが、リンはその辺よくわかっていなくてとうとう堪忍袋の尾が切れた。
キレたリンに突っぱねられて、ケンジは逃げ出してしまった。そして強く合図の音を立てて、何かを訴えた。
事態の悪化を理解し、一刻も早くケンジと憑依された子供をさがさにゃならないって時に、のんきな顔して、のんきな声の、のんきな麻衣がやってきた。
「あれえ?これなに、どういう状態?」
後ろには背の高い、サングラスをかけた男がいて、その男はケンジが憑依している子供を抱きかかえていた。
「麻衣さん!お店は?」
「売り切れました〜!閉店です!」
「よかったわねえ、で、そっちの人と……その子はどこで見つけて来たのよ」
「一緒に働いてる小早川千景さん、ここまで送ってもらったんだ」
「こんにちは!」
ケンジはどうやら木の上にいたらしく、たまたま登って行くところを見かけた麻衣が声をかけて、小早川さんという男が救助したらしい。
「この子、どういうわけかちいちゃんに懐いちゃってさあ」
「へえ」
ナルは少し顎の下を撫でた。今ケンジが執着するとしたら父親以外ありえない。
「……リンに似てるからかしら」
「というかお父さんになんじゃないのか。そもそもリンにも似てないんじゃ」
「ケンジくんのお父さん、大きかったんじゃない?」
リンにキレられたことで父親じゃないと思って別人にくっついてるのか、それともリンだと思っているのか。
二人とも確かに背格好は似ている。顔立ちは小早川さんがサングラスをかけているため分かりにくいが。
詳細を聞いてる麻衣の横で、小早川さんはソファに座ってずっと子供を抱き続けていた。
う〜ん。リンよか数倍マシで優しいお父さんやれてるな。
「ようし、ちいちゃんはしばらくパパ役やって!」
「はい!」
小早川さんはよくわかってなさそうだが返事だけは良い。
「しかしなあ、おそらくケンジはゲームを終わらせたいってことだろ?見つけてもダメなのかね」
「やっぱり体ですやろか……」
「でも、ここにあるとは、限らないんでしょう?」
ナルは俺たちの問いかけに少し黙って考える。
「───きっとあるんだろう。探してみる」
「え、おいおいおい」
ナルは何か思い当たることでもあるのか、部屋を出て行った。
俺たちも追いかけざるを得ずついて行くと麻衣もきたし、ケンジを抱いてる小早川さんもついて来た。
教会の外に出て見上げたナルは静かに周囲を仰ぎ、見渡して、見つけたと呟いた。
「は?……なにを見つけたって?そこならさっき俺もみたけど別に変わったもんは……」
来てすぐに教会の外観、聖人の像やら装飾やらを眺めた覚えのある俺は、ナルが指をさしたところにもう一度視線をやる。
口ではそういうがどんどん感情が昂る。
先ほど、何気なく見ていたはずのそこには、そういえば骸骨があったのだった。
ケンジは小早川さんの腕からおりて、ナルにありがとうと呟くと意識を失った。真砂子曰く逝ったそうだった。
「ようやく、お父さんのところへ帰れたんだね」
何気なく呟いた麻衣の言葉に俺たちは力なく笑った。
そして小早川さんはなぜかぼたぼたと泣いて顔を覆ってしまった。
「え、ちいちゃん?ど、どうしたの」
「う、ま、麻衣ちゃん……」
リンと同じくらいでかくて、リンと同じくらいの年齢の男が、麻衣に慰められている光景がそこにはある。
今日はいろんなモン見るなあ。
「やだ大泣きしてる……タオル借りてくるね」
「す、すみません……」
サングラスをとると、リンよりも繊細そうな顔つきをした色素の薄い目の男が現れた。やっぱ顔は似てないわ。
麻衣は教会の中へ入っていき、俺たちは呆然と取残される。
「あの、なんかあったんすか」
「取り乱して……申し訳ありません。ただ麻衣ちゃんが、ああ言ったのがたまらなくて」
「それは、どういう」
「もう一年が経ちましたが、いまだに一人きりの家をお出にならない」
「なんだって?」
俺は思わず聞き返す。
「麻衣は、親父さんと住んでるんじゃ」
「いいえ麻衣ちゃんにはお父様もお母様もいらっしゃいません」
ではあの赤いフェラーリや、迎えに来た柄の悪そうな兄ちゃん、メガネの男が言ってたのはナニモンだ……と聞きそうになって口を噤む。脳裏で、麻衣の話、麻衣の連れとの話が次々と駆け巡って行く。
「───保護者、そうか、保護者っていってた」
「はい、若が麻衣ちゃんを引き取りました。それでも、一緒には暮らしていません」
聞けば親戚でもないという。
俺は、俺たちはそこでようやく、麻衣の周囲にいた人たちは誰一人肉親ではないのだとわかった。
next.
ちーちゃんがメソメソしながら麻衣ちゃんの身の上を語ってくれるビジョンが見えたのでココでちらっと真相を。
Mar 2019