I am.


Clotted cream. 13

緑陵高校の依頼で安原さんがオフィスに訪ねて来たのは平日の夕方だった。
おそらく学校帰りにそのまま、千葉から渋谷まで電車に乗り継いでやって来たのだろう。
俺とナルの姿を見てきょとんとした後、すぐに平素な様子に戻った。

一度は断った依頼だったけど、生徒らの署名と、深々と下げられる頭にナルの心は動き、俺は緑陵高校の校長先生に電話するようにと言われた。
わっと喜んで安原さんと顔を見合わせたけど、すぐ、うへ……電話したくな……と思ってしまった。
午前中、断って帰したらしいのだ。

いやもう……おたくの生徒が……会長が……ほんともう、いい人だったから……という理由をほんのり校長先生に告げた後、学校へ行く日取りやら、部屋を一室準備してほしいことなどを簡単に説明する。
終始不機嫌な声色だったがなんとか終えた。そして振り返ると目があった安原さんが、今度は俺に深々と頭を下げた。


「あれ、谷山さんも今帰りですか?」
「そうなの〜安原さんは千葉だからっと───」
今日は帰ってよろしい、保護者に許可をとってきなさい。ということで俺は電話の後すぐにナルに帰宅を許可されて安原さんとともにオフィスを出た。
路線違うよな〜とか思っていたらお使いを頼まれていたらしく、俺と同じ電車に乗った。
どこでおりるの?ああ同じ駅だわ。どこいくの?ああ近所だわ。
全然違う方面だったらここまで深く聞くつもりはなかったんだが、どんどん俺んちに近くなってくから、とうとうはっきり聞いてみた。
「なんかのお店とかですか?遠くから来るほどの……あったかなあ」
「この、アンティークという店に行きたくて」
安原さんから雑誌の記事を写真で撮った画像を見せてもらって驚いた。
今日、お母さんに東京へ行く予定ができたと連絡した時に、このケーキ屋さん行けたら行って来てとメールをもらったそうだ。
「うちの店だ」
「谷山さんち?」
「あ、ちがう。バイトしてるんですよここでも」
「へえ!それはすごい偶然だ」
「ほんと」
そうこう話しをしているうちに最寄駅についたので、一緒に電車をおりた。
ほぼうちへ帰るルートなので安原さんは迷う必要なく俺とともに行けばいいだけだ。
「家もすぐそばで、ほぼ毎日顔出してってるくらい」
「そうなんだ」
住宅街の真っ只中にあるだけあって、駅から少し歩くがケーキや緑陵高校の話をしながらならすぐだ。

見えて来たお店を指差してあそこだよーと案内し、ショーケースの前まで行くと、そこにはいつものように圭一郎さんが立っていて俺の顔を見てふっと笑った。
「ただーいまあ」
「おう、おかえり。───いらっしゃいませ、お決まりですか?」
「あ、はい」
俺への態度とはころっと豹変させて安原さんに問いかける。
安原さんには、俺が近所の住民でありバイトしてるという前情報があったので驚いた様子はない。お母さんから注文された内容はすっかり暗記してるようでスラスラ注文していた。
「麻衣のお友達なら、少し食べてくかい?サービスしますよ」
「いえ僕は」
「安原さん千葉に住んでで家とおいーの」
「そうか。じゃあこれ、帰り道につまんで」
「え、そんな、いいのかな……───ありがとうございます」
圭一郎さんの笑顔に押された安原さんはすぐに諦めてお礼を言った。
「じゃあ大通りの方まで見送ってくるー」
「おういってらっしゃい」
「え」
安原さんは目当てのものと、圭一郎さんからのサービス焼き菓子を手に驚いた様子で俺を見た。
まあ来た道を帰るくらい安原さんもできるだろうけど。ほら、これからちょっとした付き合いがあるわけだし。
「暗くなっちゃうのに」
「いいのいいの、見送りサービス」
「ははは……ありがとう。今日会ったばかりの僕に色々と」
「また来てください〜、遠いけど」
「もちろん」

そういって笑った安原さんが再びアンティークに訪れたのは緑陵高校の件を解決してから少ししてのことだった。
俺はナルにジーンの身体があるところの情報を伝えていて、無事見つけたナルとリンさんは一時オフィスを閉鎖してイギリスへ帰った。
たまに俺が掃除や換気に行く以外はずっと閉まってるもんだから、ぼーさんたちが不思議に思い、居所が割れている俺の元へやってきたわけだ。全員で、じょろじょろと。ここにナルはいないぞ……。理由も知らんぷりするしな。
「お、ウェイトレスのカッコだ」
「ごめんやすー」
「こんにちは、席はあいてます?」
「5名です」
「久しぶりー」
さすがに今日はタダではコーヒーを振る舞えないぞ!という必要もないだろう、みんなしてメニューを見たり見なかったりで決めて行く。
ちいちゃんに飲み物を頼み、小野さんとエイジくんにケーキを注文する。
他のお客さんが帰る時だったので会計してドアまでお見送り。
戻れば圭一郎さんも手伝ってくれてコーヒーの準備ができていた。
「ブレンドでございまあす。ケーキは少々おまちを───」
「おまたせいたしました、こちらシブースト・ショコラ・フランボワ、パヴェ・オ・キャラメル───」
コーヒーを出した俺に続いて圭一郎さんがケーキを持って来た。
そいでもって俺に休憩していいぞっていうのでエプロンだけ脱いでみんなの席へぎゅぎゅっと入り込んだ。

「なんか悪かったな、仕事中に来ちまって」
「え?なんで?」
俺が休憩に入ったからか、ぼーさんが苦笑した。
「むしろ仕事中じゃなかったらここにいないでしょ」
「いやいる、だいたい。もしくは上に」
「そんなに?」
「ほぼここが家」
そういいながらテーブルを指差すと、隣の安原さんがあっと声をあげてみんなの視線を集めた。
「いや、以前来た時にも思ってたんですけどね」
「うん?」
「ただいまって、いうでしょ谷山さん」
「あー……うん」
思い出して、指摘されて、恥ずかしくなってきた。おはよーございますの時もある。
「まあ保護者の店だものね」
「今日も見られそうにありませんわね」
「へ?なにが?」
綾子と真砂子がもの言いたげにそわそわ、きょろりとする。
「なにって、赤いフェラーリの持ち主、お前のパパ」
ぼーさんがにんまり笑った。綾子と真砂子は前も来たことがあった、前回と店員の顔ぶれが変わらないことがわかってる。俺の保護者で赤いフェラーリの持ち主は、今さっきケーキを運んで来たということに気づいていない。

以前、ちいちゃんが俺のことをぽろっとこぼしたのは知ってる。別にそれはいいんだ、隠したかったわけじゃないし、誤解がとけてよかったくらいには思ってた。
でもどうやらみなさん、俺の保護者、オヤジ、赤いフェラーリ、ここのオーナー、と考えたら、もっと年配の人を想像しているようだ。たしかに、圭一郎さんくらいの歳の人が赤の他人である俺を引き取るなんて想像しないだろう。せめてもう一回りくらい年上……。
「あれ?オーナーってさっきの方ですよね───あ」
「麻衣、ほら食べな」
「ありがと〜」
お友達との休憩中に何も食べないのはかわいそうだからだろう、圭一郎さんがケーキと紅茶を持ってきてくれた。
「え!?」
「───ん?」
「この間はどうもありがとうございました。母がとても喜んでいて……僕も帰り道に小腹が空いていたのでありがたくいただきました」
「喜んでいただけて何よりです。こちらこそ、ご来店ありがとうございます」
想像してたより若い圭一郎さんに驚いている一同をよそに、雑誌の切り抜きを見て知っていたのだろう安原さんはすかさず前に来た時のお礼を言う。圭一郎さんは驚かれたことに首を傾げたけど、安原さんの顔を思い出してにこっと笑い卒なく返す。さすがです。
「まいの、おとーさん?」
「お父さん……養子に入れたわけではないので、まあ歳の離れた兄のようなものですかね」
「確かに赤いフェラーリの似合いそうな……」
「ありがとうございまぁす」
圭一郎さんは少しふざけたように笑った。
「ご挨拶が遅れてすみません、麻衣の保護者の橘圭一郎と申します。いつもこの子がお世話になっています」
「あ、いえ、こちらこそ」
「お、お世話になってます」
頭に手が回って来て、圭一郎さんの腰に引き寄せられた。
ぼーさんとジョンは挨拶に対して少し恐縮して返す。多分俺が調査の時に無茶したりドジしたり怪我するんで、責任を感じたのかもしれない。
「麻衣の話にもよく皆さんが上るんですよ、特にお二人は……お友達が初めてうちの店に遊びに来てくれたって喜んでいた」
「お友達……」
「まあ……。初めてなの?クラスメイトとかこないんだ」
真砂子と綾子は圭一郎さんの言葉に少し嬉しそうにした。
やめてよ、俺は恥ずかしくて突っ伏しそうだよ。
「ここ、ちょっと辺鄙だしね、まわり面白いもんないし……学校のそばで遊ぶかな」
友達にも一応アンティークは宣伝してるんだが、なかなか来ないね。
来ないことは気にしないけど、来たらそりゃあもう飛び上がっちゃうというか……。
「あ〜〜……なにこれ、友達に家族といるとこ見られるの恥ずかしい!ってこんなかんじ?やだ〜圭一郎さんどっかいって!」
恥ずかしくなって顔が熱いのでパタパタしながら誤魔化してると、みんながしいんとして俺を見た。

え、なに、と思ってると圭一郎さんは顔を覆って口をくっと噛み締める。
なんかショックを受けてる。お父さんとパンツ一緒に洗いたくないって言ったみたい……。

「若?どうしました?麻衣ちゃんにキライって言われましたか!?」
「ちげーよ……」
様子を見に来たちいちゃんに連れられて、圭一郎さんはよろよろと店の奥に入っていった。

「泣くわ……いまのは」
圭一郎さんの震える背中を見送ったぼーさんが、なんかわかったような顔して目頭を抑えた。ジョンが隣でこくんと頷き微笑む。綾子と真砂子はなんだか俺と圭一郎さんの思春期的やり取りが恥ずかしいのか、俺と目を合わせてくれない。
「キライって聞こえちゃったかな」
「大丈夫ですよ」
安原さんにチラチラと視線をやって聞いてみたら、とってもいい笑顔が返って来た。
……大丈夫かなほんとに。


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全員「ダイスキって聞こえた」

Mar 2019

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