Clotted cream. 14
進級して間も無く、ナルがイギリスから戻って来た連絡を受けたと同時にオフィスに呼ばれた。この季節だからアレだろうな……と今度の調査を予想していった。きっとみんながどわっと集まってて、安原さんが来てるんだろうなーなんて。あとナルの師匠の森さんに会うんだろうなーなんて。
でも行ってみたら森さんしかオフィスにいなくって、ナルが俺のやって来た音に気づいて所長室から出て来たので聞いてみた。
「みんなは?」
「は?」
ナルは首をかしげる。
「依頼かとおもって……みんなも来るもんだと」
「僕は依頼があると言ったか?」
「───言ってないな」
「まあ依頼はあるのよね」
森さんが朗らかに付け足した。
「依頼は私から、ということになるんだけど、協力してくれる霊能者さんたちを呼ぶ前に、こっちである程度打ち合わせが必要なの〜」
「そうなんですかあ〜」
のほほんと納得して森さんの笑顔につられてヘラヘラしてたところ、ナルが急に小さめの紙袋を俺に差し出して爆弾発言をした。
「……そうだ麻衣、土産」
「エッ……わ〜」
咄嗟に足では距離を取りつつも、上半身を乗り出して紙袋の中を確認する。イギリスの、俺でも知ってる銘柄の紅茶だった。おいおい、イギリス帰りがバレバレだゾ。……まあいっか、俺はもっと色々バレバレなことを言ってるわけだし。
俺に土産を買って来た、という殊勝な光景に見せて、実のところ新しい茶葉を買って来たから紅茶いれろという意味だ。ある意味ほっとした。
「私からはちゃんとお土産あるのよ、いつもお世話になってます」
「ありがとうございます!え〜お世話だなんて……!とんでもないです〜」
ナルのお土産とはいえないお土産、それを察して素直にお茶を淹れてこようとする俺に、森さんはさすがに慌てたというか苦笑していた。そしてもらったお菓子はやっぱりイギリス土産感がバリバリで、もしかして俺はなにかリアクションを試されているのかと戦々恐々した。
俺が俺の時点で色々アレだが、まさか予想外の事態に発展した。
絶対こうなるはずじゃなかった───俺がナルのふりをして美山邸の調査に赴くなんて。
本来なら安原さんにお願いしてついて来てもらうんだけど、一番ナルとリンさんに身近で、事情も隠さなくていい、都合の良い"男"の存在が一匹……。以前、俺が男としかいいようのない格好で現れたのは失敗だったか。
嫌なら断っていいとのことだったけど、怖いけど、本当は断りたかったけど、安原さんを危険な目にあわせる可能性を考えたら俺がやったほうがいい気がして引き受けた。危険手当が弾むというナルの言葉が決めてじゃないもん。
「圭一郎さん、おかしくなーい?」
「おー、ん」
圭一郎さんにスーツを着たところを見てもらった。
ヘアクリームのついた俺の髪の毛を少しだけ弄って、完成とばかりに笑みを浮かべる。
「もうちっと、おっきくなればバッチシだな」
「なるよ」
「だな」
まだ16歳。どうあがいても子供っぽさは抜けないので、ほっぺをぷにっとされる。
広くもない背中をぺんぺんして鼓舞する圭一郎さんに意気込み、家を出た。
美山邸は思っていた以上におどろおどろしい雰囲気をしていた。でかすぎないか、家というには。ホテルとか博物館に近いでかさだ。
改築を繰り返してどんどん広げたんだっけ?そりゃあでかくなるか。
一人で納得して外観を眺めて頷く。
そしてナルやリンさんが車から降りて来た音に視線を外した。
「何を見てたんだ?」
「ん?……えんとつ」
ぼーさんに声をかけられたので、何かを見てたというわけじゃない、という意味で適当に答えた。
「ああ、こんだけでかけりゃ、いくつもあるわな」
「ねー」
ひいふうみい、とぼーさんが数えているのをよそに、俺はその場を離れてナルとリンさんのところへ行く。
一応俺が所長ということになるので、二人を連れて中へ入らないといけないのだ。
最悪、自分は渋谷一也という名前で所長であることを主張していればいいだけなのでそう気を追わなくてもいい……はず。
ナルの偽名に笑っちゃダメ、リンさんの明かされるフルネームに物珍しげな視線をやっちゃダメっと。
「───あんた、ちゃんと寝れてる?」
「へ?」
何日目だったろう、俺は綾子にひっそりと声をかけられた。そばには真砂子もいる。
「初日の真砂子みたいに顔色悪いわよ」
真砂子はこの洋館に来てすぐのころ、血の匂いがすると言って顔色がすぐれなかった。
「いや、寝てる、けど」
「嘘。やっぱりリンとナルと同じ部屋なんて息がつまるんでしょ」
「夜眠る時だけ、こっそりあたくしたちの部屋にいらっしゃいます?」
「そうじゃない、そうじゃない」
今回リンさんとナルと同室で寝起きするという事実が大々的となり、みんなからはちょっぴりどころかかなり引かれた。
正直、今までだってほぼ同じ空間で寝起きしてたようなものだ。順番に仮眠をとったりとか、部屋がなくて致し方なく後ろで寝こけてたとか、そんな感じで。
「夢見が悪いだけだよ」
「……夢見って、あんたもしかしてここの夢見てるんじゃないでしょうね」
こんなとこじゃなきゃ、無意識に息がつまってんだよナルとリンさんにって思たけど違うのである。
俺はここへ来てからたびたび夢を見る。それは決まって血濡れた夢で、予想していただけに驚きはないけど、見せられてみると気分が悪い。
「平気ですの?」
「うん。ちゃんと夢の内容は覚えてる限り伝えてるし……」
そうじゃない、と綾子が俺の頭をくしゃりと撫でた。
その日の晩、俺はナルがサイコメトリーをして得たのであろう情報を夢に見た。首に刃物が押し当てられて、引いて、押される光景が、自分の首元で起こる恐怖。
あ、あ、うそ、俺の首が切られる。
相手の手の動きはまさに他人事のようで、無関心に無慈悲に、生肉の切りづらさを煩う乱暴な手つきだった。
血が出る、痛みがくる、体から全部流れていく───のだろう。
起きろとか、夢だからとか言い聞かせる余裕もなく、あっけなく殺されようとしていた。
「───谷山さん!」
「麻衣!」
がしっと肩を掴まれた感触、引き起こされるように揺さぶられ、リンさんとナルが俺を呼びかける。
「ぁあ、あああ、ぁあっ……あ……」
「麻衣、しっかりしろ!」
二人の声以外に聞こえるのは、そうか、俺のうめき声だったのか。
軽く頬を叩かれて、開けた瞳の真ん前にナルの顔がある。それを自覚してようやく声が止んだ。
「───今日のはひどい」
「え?」
「ああそうだな」
俺がたびたびうなされていることを知っていたからだろう、リンさんはぼそりとつぶやきナルはそれに同意する。
「お茶をいれよう、飲めるか?」
「ん、ん……」
無意識に返事をしたが、それはお茶を飲むことを承諾したわけでもなく、ただ声が溢れただけのものだった。
俺はリンさんに抱き起こされたまま、体に力が入っていない状態だ。自分のシャツを握る手だけは強張っていた。
ナルは俺の襟元掴んでいたので正してから手を離し、ベッドからおりた。
リンさんがずっと支え続けてくれるまま、自分に言い聞かせるようにして感覚や思考を現実に戻していく。
薄いシャツでいるのは少し肌寒いな、汗をかいたので余計にだ。
リンさんに触れてるところはあったかくて、匂いとか息遣いとかが俺を安堵させた。
「せなか……たたいて」
なんというか、背後が怖いっていうか。寒いのもあるし、幽霊が後ろから来たらどうしよう、みたいな。
リンさんにお願いしたら、えっと言葉に詰まった様子だったけど、なんとなく俺の不安を察してくれたらしく、支えていた腕をずらす。
その頃には少しだけ俺の体に芯が通り始めていたので、前のめりに自分で座るくらいはできていた。
ぽ、ぽふ……ぽて、っといった感じに背中をぎこちなく叩かれる。俺の様子を恐る恐る見ながら、しだいに安定したリズムにはなったが、違うんだ。もっとこう、はらう感じでぱっしんぱっしんして欲しかった。
いや、うん、俺の言い方も悪かったのか。
リンさんにあやされながら、ナルが入れてくれた温かい紅茶を受け取り、一瞬赤ちゃんに還ったことで逆に平静を取り戻した。
next.
リンさんにオギャる。
Mar 2019