I am.


Desert. 01




東京の高校に通い、ナルと出会ってバイトを始めた。
自分がゴーストハントの麻衣ちゃんをやっていることに気が付いたのはこの頃だ。
思い返してみると生い立ちが似ている。とはいえ、天涯孤独なこと以外に特徴的なのはSPRでバイトすることなので、ここに至るまでは思ってもみなかった。
だから俺は女の子だったのか……と、腑に落ちたような、落ちないような。これでは女の子として過ごした十五年間にも、理由は見出せなかった。
でもまあ、幸せだったから、それでいいや。

前世の記憶があることとか、小説の物語が現実に起こることとか、女の子として生活していることとか、不思議なことがいっぱいあったけど、なにより一番大変なのは調査は本当のことだから。つまり、幽霊は出るし、怖い思いをするし、ジーンの夢を見て───亡くなっているんだなと理解する。
迷いはあったけど、それでもナルに彼の居場所に覚えがあると伝えた。
結果、ジーンの身体は見つかり、ナルは一度イギリスへ帰ることとなった。事務所は突如閉鎖されたが、多分戻ってくるだろう。俺もお願いしといたし。

ちょうどいい季節なので、俺もナル同様に里帰りすることにした。
故郷は、神奈川県の海が見える町。
お墓参りはたまにしてたけど、寄り道などはしてこなかったので、町をゆっくり歩くのは久しぶりだった。
数年間来なかったうちに、様々な変化があったように思う。そう思うくらいには記憶が薄くなってたのかもしれない。
学校の近くの海岸は全然変わっていなくて、懐かしい。
一年しか通わなかったのに、とても愛着があったことを思い知る。

堤防の上に腰を下ろし水平線を眺める。
軽く足を開いて、ケースから取り出したギターを抱えた。
これは東京に来る前に、餞別にと光からもらった、お兄さんのお下がりのギターだ。いつもは防音室か広い河川敷で弾いていたけど、海もまた雰囲気があって良い。

大きくは音を立てず、リズムをつくる程度に弦を弾く。
視線は上空の、のんびり雲が泳いでいくとこ。
口ずさむのは、悩んだりもがいたりしながらも、当たり前の日常の中を生きて、小さく息をつくような、そんな歌だ。
「今日は歩いて、」
ざり、と砂を踏む足音がした。
「帰ろ───……」
外で歌ってれば人に聴かれることもそりゃあるので、相手の反応によってはこのフレーズでシメようと思って振り向いた俺は思わず歌をやめる。

「歌の邪魔しちゃったな、ごめん」
「邪魔だなんて。……ご無沙汰してます、幸村先輩」
「うん、ひさしぶり」
雑誌や新聞のインタビュー記事を集めてるせいか、姿はよく知ってたけど、それでも実際に会うのはおよそ三年ぶりくらいの人がそこにはいた。
俺が立って挨拶するよりも先に、隣に座ったので視線を下ろす。
「こっち戻ってきてたんだね」
「はい。両親の墓参りで。先輩は?」
「俺は散歩かな。ご両親……お母さんのことは柳から聞いてるよ」
幸村先輩は少し声のトーンを落として、それから今更だけどと言いながらお悔やみの言葉をくれた。
今更なんて、そんなの、俺の方だ。

「───今日会えてよかった……」
感慨深くて思わず溢れた。幸村先輩はなんのこと、と首を傾げて俺の続く言葉を待つ。
「何も言えずにお別れしてしまったので」
「互いに色々あった。そう思っていてくれただけで十分だ」
「幸村先輩も、お元気そうでなによりです」
「ありがとう、今はすごく元気だよ」
インタビュー記事でも知っていたけど、幸村先輩の病気が完治したことを報告されてほっとする。
「谷山さんがあの日、励ましてくれたのが助けになった」
俺はあの日のことを思い出そうとした。
どんなことを言ったっけな……と思案しながらギターを持ち上げて開いていた足を閉じ、上に乗せた。
「励ませていたんですかね……ちょっと、わかんないですけど」
隣を見ると、幸村先輩はじっと俺の顔を見返した。
今になって思えば、俺はお母さんを亡くしたばかりで余裕がなかった。人を励ませる立場でもなかった。
なんだったら、やりきれない思いばかり残っていた気がする。
「一人じゃないって、抱きしめてくれただろ?」
「……、そ、その節はどうもすみませんでした……」
俺は当時幸村先輩の額にキスをしたことを思い出し、さーっと血の気が引く。
今は髪型が変わっていて、あの白い額が見られないのが、救いのような残念なような。
「アハハハ、お礼を言ってるのに謝らなくていい。───それに、俺の中に歌を残してくれた」
はて、と首を傾げる。
幸村先輩曰く、病院からの帰り道で俺が口ずさんだ歌を、たまたまどこかで聞いていた子供が真似をして、歌っていたのを耳にしたのだとか。
いつどこでどんな歌を歌ったかというのは記憶にない。本当に歌ったかどうかさえ定かではない。
でも、幸村先輩がその歌を聞いて、俺だと思ってくれたなら、心に残ってくれたなら、それは奇跡なんじゃないかと思うのだ。
「うれしい……」
ぽつりとつぶやくと、幸村先輩も柔らかく笑った。
歌うのはやめるつもりはなかったし、周囲の環境や友人たちに癒されて、また、昔みたいに夢を見られるようになった。
お母さんに聴かせたい───と、また思える。
同時に、ずっとずっと、この人に声が届けばいいなと思ってたんだ。

おもむろにギターを抱き直して、弦に触れる。
幸村先輩が聴いたといった曲はたしかに、俺も知ってる曲だし、その時歌ったかもしれないチョイスだった。
冷たい海風が吹いているけど、隣にいる幸村先輩のおかげで身体の半分はあったかい。
歌詞の記憶はあいまいだったけど、印象的で有名な詩なので、鮮明なフレーズはいくつかあった。
あの頃より俺、少しは歌も上達したと思うのだ。
それに、ギターがあるから、リズムもとりやすくて、人にも聴かせやすい。

「───どうでしょう?」
静かに俺の隣で歌を聴いていた幸村先輩を見る。
「ありがとう。ずっと、谷山さんの声で聴きたかったんだ」

こんなに喜んでもらえるとやっぱり嬉しいものだ。



next.

ピとの親密度も音楽のちから()で爆上げしてるので、名前呼びとギターもらうのは早まりました。
立海編書く時、四天宝寺編に続く、完全に過去というだけの話にしようかと思ってたのですが、思いのほか主人公の純粋な部分に対して考えが及んだので、突き進めてみたくなりました。
四天宝寺編の、主人公の荷物の中に「どうしても捨てたくなかった本」があるのと、財前君が面と向かってなかなか歌ってもらえないやつは幸村との思い出という後付け伏線があります。
たぶん本来(?)は入院した幸村先輩に会えないまま四天宝寺に行って疎遠になる。

April.2022

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