I am.


Desert. 03


ナルには俺の将来については話していたことだったので、バイトは時期を見てやめる予定だった。それでも俺の知る最後の調査依頼まではいられた。
変声期は、バイトに行かなくなってすぐにおとずれて、びっくりするほど早く安定した。
念のため病院で診てもらったけど問題はみられず、もともと声変わりの時期が遅いと思っていたので相談したら、精神的に成長期を拒んでいたのでは?という話だった。
よっぽど麻衣でいたかったのかな、と腑に落ちてしまった。

そしていよいよ、自分の声で、名前で、歌を出す。
幸村先輩と別れる前、互いに夢を追い続けようと約束した。
俺は夢を叶えた───と、言っていいのだろうか。

真夜中、学校の空き教室で、パイプ椅子に座って窓から夜空を見ていた。
同じ月を見てることを励みにするみたいに、離れた場所で違う生き方をする俺たちは、それぞれ夢を追うことが励みになった。

スマホに触れて、電話番号を見つめる。
連絡先は知っていて、たまに近況報告をすることもあったけど、今はとても声が聴きたい。それに、確認したいことがあった。
おもむろに通話ボタンを押すと、わずかなコール音がした後に途切れた。
『───もしもし?』
「幸村先輩?こんばんは」
海外にいる幸村先輩は時差によって、おそらく昼間くらいのはず。
『……、?───』
「声、へんかな……」
『全然、驚いただけ』
電話口では、俺のすっかり低くなった声に、一瞬息を呑むみたいな反応があったので、つい拗ねた子供みたいな聞き方をしてしまった。そんなこと思う人じゃないとわかってたのに。
名前を呼ばれるのが、むず痒かったせいもある。

幸村先輩は、ところで日本は真夜中ではなかったかと指摘する。
俺も本来は寝ている時間だけど、今日はたまたま、辞めたバイト先のSPRから、急遽助けてと言われて駆け付けた次第で、それを説明すると話が長くなるのでちょっと……と濁す。
ついさっき、ナル達に俺の性別や名前とかを話していたことも、今この時ばかりは頭の片隅に追いやっていた。
「どうせあと少ししたら家を出るので、早起き」
もともと、朝の4時くらいには家を出なければならなかったのだ。
俺がそのことを告げると、幸村先輩は驚いたみたいだったけど、歌の発売日だからテレビに出ることを説明したら納得した。
『その番組観たかったな。CDは予約してるんだ』
俺の歌はテレビで先に使われて一部流れてはいるけど、幸村先輩はしばらく日本にいないようだから、まだ聞いたことがなかった。だから俺の声を聞いたのも、この電話が初めてだったというわけだ。
「───幸村先輩、今、歌ってもいい……?」
え、と言いよどんだ様子に、自分の発言を後悔するも、すぐに『歌って』と返ってきたのでゆっくり息を整える。
この後スタジオで初めて生歌披露、というやつなのだけど、緊張をほぐすためだと思ってくれるだろうか。

暗い部屋の片隅で、パイプ椅子に座ったまま、スマートフォンに向けて歌う。
人前で歌うことにも慣れたし、度胸もついた。
でも電話で歌を聴かせる今は───まるで、告白してるみたいだった。

いつだったか安原さんに好みのタイプを聞かれて「夢を追いかけてる人かな」と答えたことがある。
俺が夢を追うきっかけになった人が、夢を追う人だったから、というだけではないみたいだ。
思えばずっと───歌う時も、本を開くときも、一人でいるときも、心のどこかに存在した。
枯れてしまった花の名前をずっと忘れないでいるのも、きっとそう。

「すみません、急にこんなこと」
『───ううん、嬉しいよ。いいのかな、こんな贅沢』
歌い終わった後、またスマホを耳につけた。
「俺の夢を確認しときたくて」
『ああ。先に夢、叶えたね。おめでとう』
「ありがとうございます。でも、……幸村先輩の夢が叶うまでが俺の夢なんです」
『……俺の夢が、叶うまで……?』
「俺ね、夢を追いかける先輩のそばにいたい───声だけでも」
電話口の幸村先輩は、戸惑うような息遣いを零した。
「ずっと、応援しています。幸村先輩の夢」
今の俺が歌うことの根底にあるのはやっぱり、幸村先輩なんだなと分かった。
それは幸村先輩の夢を追う姿に憧れて、病に倒れて悲しむ姿を励ましたくて、再び立ち上がったその姿に俺もまた励まされたから。
『……俺が夢を追い続ける限り、歌ってくれる?』
「うん」
『ならきっと、ずっとだよ……』
無邪気なようでいて、生涯の覚悟を問うような重みを感じた。でもそのくらい、俺の生き方に影響しているのは、承知の上だった。
「ずっと?───望むところです」
それが俺の捧げた恋でありたい。
夢の入り口に立つ時がきて、パイプ椅子から立ち上がった。



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ずっとすきだったんだぜ(作中未登場の歌)
歌を続けていなければ一生気づかなかったかもしれない恋だった。かもしれない。
April.2022

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