I am.


Desert. 04


渋谷のスクランブル交差点を渡る。
高層ビルの影が落ちたところだけを通っては渡り切れず、炎天下に躍り出た。
コンクリートから伝わる熱に茹でられ、太陽の光に灼かれる。信号が見えづらくて、手で日除けして目を凝らすと、まだ青だったので、走ることはないが足早に歩道を目指した。

ビルの上の方に取り付けられた大型映像装置からは、夏らしくスポーツドリンクのCMが流れていた。
制服姿の少女が波打ち際を水飛沫上げながら走る。その両手にはペットボトルが握られている。
BGMにはいつか、俺が鼻歌にしていた懐かしい歌が起用された。
夏のバレンタインをコンセプトにした昔からある曲で、ホワイトデーの意図に近いのかもしれない。冬に言えなかった気持ちを今なら言えるだろうと歌う。
───『いくよ、大好き!!』
ペットボトルを投げ、BGMの歌詞と同様にして、意を決した告白が贈られた。
画面は商品名のクレジットが入り、ペットボトルが2本寄り添って砂浜に埋まった様子と、ぼやけた海が映っている。
久々に来た渋谷で、このCMを観ることになるとは……。
俺の他にも大画面を観ていた人たちはいて、テレビでも最近よく流れているからそれぞれ話題にもしていた。この女の子かわいいとか、相手役誰々君だねとか、BGMなんて歌?とか、の歌じゃん、とか。
「おうい、有名人。こんなとこで突っ立ってて大丈夫かい」
とんっと背中に人がぶつかってきたと思ったら、そんな声が降り注ぐ。
「わ……ぼーさん」
「よう、自分の歌に聴き惚れてたのか?」
にこにこ、というより、にまにま笑ったぼーさんがそこにいて、俺が見上げると手を上げた。
渋谷にはちょっとした用事があって来ていたので、突然の遭遇に驚く。
ぼーさんに会ったのはおよそ一年ぶりくらいだろうか。かけだし時代は副業としてSPRに顔を出していたが、今となっては懐かしい。
「最近どうよ。ナルちゃんとこ顔だしていかね?」
口ぶりからするに、ナルは相変わらず日本の心霊現象にも研究対象を広げていて、渋谷にいるらしい。まあ、完全にイギリスに帰ることになったら誰かしらが俺に教えてくれるだろうから、そうだと思ってた。
「忙しくさせてもらってマス……行きたいけど、ごめん、この後空港なんだ」
「空港?仕事でか?」
「ウン。空港ってか海外行くんだけど」
俺が映っているわけではないが、起用されてるCMが流れる大画面を、もう一巡一緒に観つつ話す。
こういう会話をする時間くらいはあるが、事務所に顔を出すとまではいかない。誰がいるかわからず滞在時間が読めないし、会ってすぐバイバイというのも気が引けた。
「は~……売れっ子になっちゃって。オジサンうれしいけど寂しい」
「今度顔出すよ、オジサン」
「おまえ、そこはパパだろうが」
自分で言うか普通~と冷やかして、ぼーさんには本当に今度ちゃんと顔を出すからと手を振り人混みの中に紛れた。
実はさっきから、ちらちら通行人の視線もあったので、その場を離れたかったというのもある。

渋谷での用事を済ませた後、俺は宣言通り空港へ向かい、海外へ飛び立った。
現地にはすでにマネージャーとテレビ局のスタッフがいたので、挨拶しつつ合流。
今回俺はとあるテニス大会の応援ソングを担当していた。その大会がこの地で開かれ、今日の試合で決勝戦に進む運びとなったそうだ。
取材と応援には、アナウンサーやタレント、元スポーツ選手がすでに多く来ている。
俺は歌担当なので滅多に大会への関与はなくハンカチを噛む思いでいた。せっかく幸村先輩が出場していたのに。
そして今、優勝または入賞すれば閉会式でのパフォーマンスを披露する機会が設けられたため、大手を振って駆け付けたというわけだ。
他にも一緒にパフォーマンスするメンバーがいるので続々と集まり始めるはず。

時差ボケも許されぬまま慌ただしく打ち合わせや練習が始まる。選手陣には明日の閉会式の後で顔を合わせるらしい。互いに忙しいのでこればかりは仕方がないだろう。
翌日、試合の間だけは皆で応援する余裕ができた。みんなは中継のテレビで見守るらしいけど、俺はこっそり日本側の観客席へ行き、大勢の人ごみに混ざり座った。
身内や関係者らしき人たちがベンチのそばに集まっていて、俺はそれよりも少し後ろあたりにいる。結構近いなとか思ったけど白熱した戦いの中、誰も俺のことになんか気づかない。
「がんばれ、がんばれーっ!」
この後歌うのも忘れて声を上げた。
それなりに声が通る自覚はあるけど、だからってこの大歓声の中目立ちはしないだろう。
思う存分、幸村先輩を応援することができて、こんなにも楽しい。
ちゃんと応援したのなんて、中学の時の球技大会が、最初で最後かもしれない。あの時も大勢の観客がいて、いくら俺が応援団で鍛えた声量をもってしても、特別とびぬけて聞こえはしなかっただろうに幸村先輩と目が合ったんだったな。
「あ」
───そして今日も、目が合った。
一瞬立ち止まって、ボールを持った手がぎこちなく動いた。すぐにプレーは再開されたけど、俺はなんだかいけない気分になって人の影になるところにしゃがんで、試合を見守る。
気を散らしたりはしてないよな……知り合いが観客席にいたって変じゃないし。
それに、幸村先輩は相手を押しはじめ、ゲームもとった。
わは!と顔をあげると、ベンチにきた幸村先輩がやっぱりこっちを見ていた。

、と唇が動いた気がしたので軽く手を振った。俺も、がんばれと口を動かした。
その後手に汗握るシーンはいくつかあったが、幸村先輩は勝利をもぎとり、試合を終えた。喜びに浸りたいし、なんだったら声をかけに行きたいところだけれど、マネージャーから戻ってこいと連絡が来てたので観客席を去った。

───その後、中継映像で日本の優勝を見守った。
喜びあって選手陣を讃えるのも束の間で、俺たちはこれからが本番であるので本格的なリハーサルが始まった。
その間、スマホに幸村先輩から連絡が来てたんだけど、あいにくと返事ができなかった。
メッセージが見られるようになったのは、閉会式が始まり、パフォーマンスをする場所に入る直前。優勝おめでとうと入れた連絡に対してのお礼と、いまどこにいるのという問いかけ。着信も何度かあったようだった。
無視したみたいになってるけど、これから俺が閉会式で歌うことになるのでわかってくれるだろう。
スマホをスタッフに預けて、暗闇の中にスタンバイする。
閉会式を取り仕切るアナウンスが、日本を紹介する間に、応援ソングの前奏が流れる。単なるBGMかと思わせておきながら司会者が曲名を───「DearPrince!!!」と、高らかに宣言した途端、暗闇に包まれていた客席の一角にスポットライトが当たり、俺たちの姿があらわになった。

強い光に負けずに前を向く。
「いつもより早く目覚めた朝は、トキメキ鞄にがっつり詰めて」
客席にいるので平行に移動しながらダンスして、視線を俺に向けている人が居る方向へウインクした。
選手たちは次第に、サプライズを喜んだみたいに腕を振って音楽に乗ってくれた。
海外のお客さんたちも、日本語の歌詞だけど曲調やダンスなどその場のノリで楽しんでくれそうだ。

「───、サンキュー!」
最後の掛け声はこの曲を聞いて知っている皆で、言い合うようにして声が重なった。世界の皆にも伝わる、良い言葉だ。

歓声や拍手の中、俺たちに当たる光が少しだけ弱くなる。
挨拶をして会場から抜けるとき、幸村先輩の姿を探して見つけた。
手を振って別れながら、俺はとても満足していた。
幸村先輩が試合をして、俺が歌を歌って、応援する───これが、ずっとしたかったのだと。



next.

スポドリCMとディアプリをね、書きたかったんですよね……。ライブの感じは劇場版リョーマ!みてください。(宣伝)
April.2022

PAGE TOP