hidamari. 01
東京の高校に入って初めての夏休み、俺はバイト先で思わぬ心霊現象に見舞われて、怖いのから逃げるようにして神奈川に里帰りをした。
そもそもゴーストハントとかいう霊を相手にした仕事のバイトなんて、どうして引き受けてしまったのか。
それは給料がよかったからと、俺のかつての名前に何となく引っ掛かりがあったからだ。
「ああくんいらっしゃい。お墓参りしてこられた?」
「はいぃ」
俺は両親のお墓に行った後仁王家に顔をだしたが、若干落ち着かない様子でいたせいでお母さんにきょとんと首を傾げられる。
「、この前本物の幽霊みたらしいき、ビビっちゅう」
「兄、幽霊みたと?」
弟の瀧臣くんが、お母さんの後ろにある階段からひょこっと出てきた。
「ちょっ……と、仁王先輩、なに簡単に暴露して……」
「隠しても仕方ないき。あとここじゃ全員仁王サンじゃき、雅治クンって呼びんしゃい」
汗ばんだ後頭部をぱふぱふと叩かれて、若干涼しくなったのが憎たらしい。
玄関先でぐぬぬとしていた俺は、お母さんと瀧くんに微笑ましいものを見るような目で出迎えられ、靴を脱いだ。
「くんそんなアルバイト怪しすぎるよ、大丈夫?」
「バイトしたいなら、うちの会社で事務募集してるき、紹介しちゃろうか」
夕方、帰宅した美緒姉さんとお父さんに心配されるほどに、俺のアルバイト先は知れ渡った。まあ仁王家の人々に今更隠し事はすることもないか。
「やめとけっていうのに、全然聞かないんじゃ」
「まさか皆に止めさせようと思って……?」
「プリッ」
ご近所さんからもらったらしいアイスを、仁王家の一員のごとく食べつつリビングで団らんしてしまう。
「学校が呼んだ業者なんで、その、大丈夫だと思うし。本当にお給料いいんだよ」
「そのお給料いいっていうのは理由にはできんじゃろ」
お母さんの言うことはごもっともである。
俺も大人であったら子供相手にまずそう窘める。
学校が呼んだ業者と言っても、信頼できる理由にはならないしな。
とにかくなんとか説得し、仁王家の皆々様方とは何か困ったことがあったら絶対にこの家のお父さんとお母さんが対処するという約束をした。
ありがたいけども、恥ずかしいというか、やりづらいというか。
「チッ、うちの親でも駄目か」
「舌打ちしよった……」
夕食後、部屋に戻って忌々し気にそう呟く雅治先輩に、俺もちょっと苦い顔をする。
心配されてるというのはわかるんだが。
「そもそも、事務員のバイトじゃなか?現場に行くなんて聞いてないぜよ」
「アハハ」
言ってないだけだ。
まあ俺も舐めていた部分はある。
出会いは自分の通う学校に調査に来た時に、俺がうっかりミスをして彼らの仕事を邪魔してしまい、手伝ったのがきっかけ。その時の調査では地盤沈下、付随して人間のストレスが高まったことによる念力が原因だったのだから霊には出会ってない。
「これから先も、まあなんとなく怖そうなとこには行かないようにするしさ」
「霊感ないのに、危機感なんて持てるのか?」
俺がもし、谷山『麻衣』であるのならば、この先霊感がどんどん開花していく可能性はある。
しかも雇い主であるナルの亡き兄ジーンと会ってしまっていた。ということは……だ。
雅治先輩には俺のバイト先の渋谷サイキックリサーチは、どちらかというと調査に重点をおいているし、所長が非常に慎重な性格なので大丈夫だと言って聞かせた。
夏休みが終わって二カ月ほど、バイトには少しずつ慣れてきた───といっても調査に赴くのは数カ月に一回程度なので霊に慣れたという訳ではないのだが。
霊能者の人たちとは何人か連絡先を交換したし、同い年で霊媒のテレビに出るほど有名な真砂子なんかは、今度お茶でもと言われたくらい今後の交流が期待される。
具体的に日取りが決まってるわけでもないし、社交辞令かもしれないけど。とかなんとか思っているうちに、渋谷サイキックリサーチは次の調査依頼を受けることになった。
都内にあるとある女子校での調査だ。霊が出るとかこっくりさんに取り憑かれたとか、連続で同じシチュエーションの事故が起こり怪我人が出たりとか。
多感な生徒に限らず、そういった現象を信じそうにもない神経質そうな先生さえも俺たちが待ち構えるベースにやってきて相談をしていくのだから、聞いてる方としても疲れちゃう。
もちろん相手の方が本当に気疲れしているわけだが。
どうなっとんじゃこの学校は!と協力者でお坊さんの、通称ぼーさんが嘆くくらいには、本職にとっても辛いようだ。
それが本物だったとして、この数を祓うのはぼーさんということになるわけだから。
というわけで、悲壮感あふれるぼーさんには、あったかいコーヒーを出してあげた。
調査は数日間、ありとあらゆる霊能者を招集し、校内の除霊に当たらせた。
真砂子や綾子、ジョンまでもがやってくるので、俺の脳裏でオールスター除霊祭の文字がぐるぐる回る。
一方で俺は現象の渦中にいると噂されてる笠井さんと少しだけ親交を深め───結果として、呪われるはめになった。
最初は会議室でナルと居るときに霊がコンニチハ。次は夜家に帰って一人でいるときコンバンハ。
翌日またしても学校でコンニチハした霊から逃げようとして、階段から落ちるという事故まで起こした。
「うー……ん」
「あ、さん!ダイジョウブですか?」
「くん!あんたどうして階段なんか落ちてきたと!?」
ごろんごろんと階段を転がっていったので、目が回る。頭を強く打ち付けたわけではないが、くらくらする。あと当然体中が痛かった。
丁度そばにいたらしいジョンの声と、もう一人女の人の声。
このちょっとせっかちな感じの美声は。
「、お、ねーさん……?」
「もう、頭打ってなか!?病院いくき」
「美緒姉さん!?……ってぇ、」
がばりと起き上がると肩とか腰とかが痛んだ。
ジョンと美緒姉さんが痛みに呻く俺を支える。
「いいからじっとしてて。あんた、くんのバ先の人?」
「ばさき?」
「バイト先の、えと、同業者のひと」
ジョンに伝わらない略語だったので俺が代わりに答える。
「しゃあない、あたしじゃくん支えるの不安やき、保健室つれてったって」
「はいです。その、あなたは」
「美緒姉さん、なんでここに、神奈川の高校じゃ」
「部活の練習試合で来てたの。帰る前に校内でトイレ借りて戻るところにあんたが落ちてきたってわけ」
「あらら……」
「あ、さんのお姉はんでっしゃろか」
ジョンの問いかけよりも俺への説明に言葉を割かせてしまったので、ジョンは推理するしかなかった。
俺は何と答えようかとモジモジしたが、美緒姉さんは「そう!」とまっすぐ答えたので説明する機会は逃した。
その後俺は保健室に連れていかれ、軽い打撲と診断を受けた。
学校裏の空地にあるマンホールの下に、今回の異常現象の原因ともされるヒトガタが保管されているはずなので、それを遺言っぽく伝えることにより、なんとか俺の呪いは解かれるだろう。
とにかく今日は帰って寝てヨシ、とナルからも許可をもらったのでキャンプファイヤーならぬエンミファイヤーを終えた俺たちはぞろぞろと校門へ向かう。
ぼーさんが送ってやろうかと言ってくれたのでお言葉に甘えようかしら───と。
「くん!やっと来た」
「え、どうしたの?」
「どうしたのじゃなか。心配やき、一緒に帰ろうと思って」
ジョン以外は誰?と首を傾げている。他校の制服を着た美女が俺を校門で待ち伏せていたのだから、そりゃ驚くし、わけが解らないだろう。
とはいえジョンが「さんのお姉はん」と言ったので無事解決した。解決じゃないが。
もちろんナルは俺の家庭の事情を知ってるだろうが、人前でそう指摘することはなかった。
美緒姉さんは家まで送ってくれてすぐ帰っていったが、ほどなくして家の鍵が開く音がする。
そんなことをできるのはただ一人しかいないし、家に来ると連絡が来ていたので驚くことなく玄関のところに顔を出す。
「いらっしゃーい」
「怪我は?」
ちょっと慌てたような顔の雅治先輩が、出迎えた俺の肩をがしっと力強く掴んだ。
「あー、美緒姉さん、大げさに伝えたんだろ……」
「階段から落ちたって聞いた」
「ちょっと驚いて、足滑らせただけ」
「幽霊にか?」
「……えへ」
ちょっと身体が離れて、顔を覗き込まれる。
幽霊という、どう対抗したらいいのかわからないものに対してだと、何とも言えないだろう。
とはいえ、よく幽霊って信じたよな。
「怪我してないならよか」
「うん……」
胸をなでおろすように力を抜いたついでに、軽くキスしてきた。
それだけで俺の気分が上昇するので、離れた顔を追いかけてもう一度した。
「ん、お祓い完了」
「そんなわけあるか」
「明日も学校だよね?泊まってく?夜帰る?」
「泊まってく」
「そっか」
お祓い完了とかいいつつ、俺は夜通し霊と睨み合いしたのが若干トラウマになっていたので、泊まってくれるというのがとてもうれしかった。
「今日はぐっすり眠れそう」
「おーまかしときんしゃい。の安眠は俺が守っちゃる」
ふにふに、と頬を揉まれたので、甘んじて受け入れた。
「……なあバイト、本当にいいのかそれで」
「んん?」
寝不足と疲労もあって布団の中でもう意識が旅立とうとしていた俺は、夢うつつの問いかけにのんびり返事をした。
「怖い思いも、危ない思いも、しないで済むならそれがいいじゃろ」
「うーんでも、やりたいんだよね……」
ジーンが調査で俺にヒントを与えに来るからという点も大いにある。
それに調査の内容を知ってて無視するのも居心地が悪い。ナルに依頼が入ればきっと大丈夫とは思っているが。
むにゃむにゃと、言葉にならない考え事を噛み砕いて、結局声にはしない。
「がやりたいなら、応援するしかないぜよ」
よいしょと抱き直されて、んふっと笑う。
狭い布団だけど、こうしてくっついて寝るのも悪くない。
仁王家だとお客さん用の布団があるから、別々だしな。
「これから怖い思いよりも、悲しい思いをするかもしれない……」
胸に身体をひっつけたら体温をじわりと感じる。
今日会ったのは悪霊の類で、かつて会ったのも怨霊に近い。女に取り殺された可哀想な子供の霊というのもいたけど、それらはほとんど子供らしさも人らしさも失っていたわけだし。
でもきっと、俺はこれから人に会うのだろう。
なによりジーンは、かつて生きてた人間だ。
「それでもやりたいのか」
「うん」
「じゃあ、悲しい思いしたら慰めてやるぜよ」
「うれし」
うとうとと暗闇に意識がとけていく。
頬にゆっくり口付けられたのが最後の記憶で、朝起きたら雅治先輩は学校に行くために先に家を出ていた。
next.
捏造仁王ファミリー失礼いたしまぁす。
年齢とか公式で出てないですよね??違くてもご容赦ください。
ジョンの敬称のつけ方、「さん」が存在するのに「お姉はん」なのは、そういう呼び方と言う認識がジョンにはあるんじゃないかなというのと、私が楽しいからです。(開き直り)
Aug.2022