I am.


hidamari. 02


湯浅高校での調査が終わってすぐのころ、事務所には協力者だった霊能者が何の気無しに集まっていた。
下の喫茶店と混同してる気がしなくもないが、俺はしがないバイトくんなので、所長のお客を一存で追い返すわけにもいかずお茶を出す。まあ所長が見たら帰れと言って憚らないだろうけれど。
「───ごめんください」
「あれ真砂子も来た」
これで全員揃ったなあ、と控えめに入ってきた真砂子を見て、飲み物でも入れようかと席から立つ。
さんこんにちは。今日はあたくし、お願いに参りましたの。ナルは?」
「はいはーい」
綾子やぼーさんは完全に遊びに来てるし、ジョンは本来顔出しに来た程度なのに二人に付き合って席を立てないだけなので、依頼とくればナルの気も紛れるだろうと喜んで所長室の戸を叩いだ。
「真砂子ちゃんです」
「それが?」
「お願いって言ってたので、依頼だと思いますが」
そういうと、所長は渋々と、おこもりの巣穴から出てきて応接間のソファに座る。ジョンはともかくぼーさんと綾子は完全に無視。

真砂子のお願いと言うのは、とある公園で突如水が降ってくるという異常現象の調査だった。
ナルは全く興味が持てないらしくて嫌がり、ぼーさんと綾子ですら悪戯だろうと興味がなさそう。
しかし聞くと、通り雨でもなく、周囲に人が居ないかの警戒も十分にしていたという。その場所はドラマの撮影でも使われていて、邪魔をされるのが困ると言って芸能界にも出入りしている真砂子に話が来たみたい。
「決まって、男女が並んでいるとそうなるらしいんですのよ」
「え~なにそれ」
「けれど、人の影は本当にありませんの───ですから、ナル、さんのことを貸していただけませんこと?」
を?」
「ええあたくしが行ってみようにも、条件が合わなければ見ることができないかもしれませんもの」
にこっと笑った真砂子に、逡巡するナル。
「これでよければ、いくらでも」
こいつ俺のこと売りやがった……。
「俺一人で真砂子に同行するのか?身の安全は?霊が出たらどうしたらいいわけ?」
「ナルちゃんそりゃいくら何でもがカワイソ……ぶふっ」
「そうそう、じゃ本当に彼氏のフリにしかならいわよ」
華麗な俺の叩き売りが面白くて仕方がないぼーさんと、全く役立たずな俺を想像した綾子と、純粋に心配してくれたジョンが付き添ってくれることになった。


「とゆーわけで、と真砂子ちゃんが二人で様子見、俺たちも周囲でほかの人達を見とっから」
「おこちゃま同士で恋人に見えないんだから、せいぜいイチャイチャしなさいよ」
「あの、なんかあったら声出してくださいね」
ジョンは相変わらず優しい。
真砂子はおそらく綾子の言葉だけが気に障ったみたいで、顔を歪めていたけど二人になったらふうと息を吐いて平静を取り戻した。
「あー……どうする?二人でいればいいのかな、これって」
「恋人に見えないようですものね、あたくしたち。それらしいことでも、してみましょうか」
腕に手が回ってきて、びくっと驚き逃げ腰になってしまった。正直自分に一番びっくりしている顔なので、真砂子を傷つけたかったわけじゃないのだけど、妙な空気になってしまった。
「、……ごめんなさいまし」
「あの、真砂子が謝ることじゃ───俺の方こそごめん、真砂子の恋人、できないと思う」
「あたくしのこと嫌いかしら」
「いやそうじゃなくて」
ベンチに座らせて、落ち込む真砂子に語り掛ける。
人に触れるのに、ここまで驚いたことは今までなかった。特に最近なんて付き合ってる人と一緒に過ごす機会が増えて、触れ合うことも多いのに。……あ、そうか、だからか。
「恋人がいるんだ。だからその、なんて言うか」
「───そう、でしたの」
真砂子を慰めるべきか、距離をとってほかの人と変わってもらうべきかと思っていた俺に、ぽたり……と水が垂れたと思えば、次の瞬間勢いよく滝のように水が落ちてきた。
真砂子ははっとした顔のまま固まっていた。
「いっ、てー……っ、」
大量の水の痛みからなんとか復活して、真砂子を見ると水はかかってないようだ。
着物って高そうだし、オトリになっておいてあれだけど、水かけられるなんてあんまりだから。
「あ、水……かからなかった?よか、エエーッ」
ばちんっ……!と衝撃がくる。
真砂子の腕がびゅっと引かれたと思えば、勢いよく顔を打たれて首が無理やりに捻れた。次第に、じわじわと熱を持つ頬。
ぼーさんと綾子とジョンがかけよってくる声と音を聞きながら、真砂子の尋常じゃない様子に困惑し、崩れ落ちるようにして座り込んだ顔を覗こうと、肩に手を置く。
「まさ、」
「触らないでこの浮気男ー!!!!」
「え、」
「なのにあたしのことなんて心配なんてしてきて!クズ!最低!ずるいわ~~~!!!」
どんっと押されて、ばしばしっと叩かれて、最終的に胸に縋りついて泣かれた。

「真砂子……じゃないわね……?」
「あー……だな?」
「憑かれてるんですやろか」
「なんで俺ぶたれたん?」

ぼーさんら霊能者による説得のおかげで、真砂子に憑いた公園で男女に水をかけてくる原因であった霊のお姉さんは成仏していった。
「は、あたくし……!」
霊がおちて我に返った真砂子はまた、しゃがみこんだままばっと顔を上げる。
おずおずと覗き込むと、みるみる顔を蒼白にさせた。
さん……その頬……」
「あ、赤い?おかまいなく」
「あたくしですのね……ごめんなさい」
わなわな、と震える口で謝罪を絞り出すので、ぽんぽんと肩を叩いて立たせる。
公園の人たちの視線が若干集まっていたからだ。

「───あれ、兄、なにしとっと?」
そして近くを通り過ぎながら、なんの騒ぎだろ?と視線をやってきた学生の間から現れたのが瀧くんである。なぜ神奈川に住んでるはずの君がここに……と問いかけるまでもなく、スポーツバッグにジャージ姿なことから、部活の遠征であると分かる。仁王家のきょうだいは皆運動部なんだよな。
「瀧くん、これには深いわけがあって」
「痴情のモツレ?モテるって聞いてたけど、へえ~」
二つ年下なんだけど、すでに俺よりも背が高いので近づかれると見上げることになる。
「あー、っと、の弟くんかえ?」
「はい、弟の瀧臣です。あ、前に言ってた幽霊退治のバイト?」
「そうそれ。本当にぶたれたわけじゃないから」
瀧くんがしれっと俺の弟であることを肯定するので、否定するタイミングを失った。
頬が赤くなってるらしく心配されたので、とりあえずここの人たちが暴力をふるったわけではないと弁明させてもらう。いや、真砂子の身体で本当にぶたれたけど。
「このずぶ濡れも霊の仕業なのか?」
「あい……」
「なんで兄だけ濡れると?」
「運が悪いとしか……」
他のいわゆるプロたちも、若干視線を逸らした。
瀧くんは、ふうん、ふうん、と霊能者たちを見てからにこっと笑う。
「俺のタオル使ってない綺麗な奴あるき、使いんしゃい。保冷剤も誰か持ってたはず」
「悪い、ありがとう」
鞄からタオルを取り出し俺にかけてくれた。それに連れの友人らしき人たちにも声をかけてくれたので見事保冷剤もゲットした。今度なにか差し入れ買って神奈川に帰ろう……。



「今時、女にビンタくらって顔腫らすとはのう……俺の彼氏は男前で困る」
「そうゆうんじゃないし……」
雅治先輩には帰ったら瀧くんが言うだろうと思ったけど、俺からも報告しておこうかな、と連絡をしたらいつの間にか家に来ることになっていた。……平日でも普通に来るんだから。
帰るのが大変だし、泊まるにしても朝が早いだろうに───って思うんだけど、来てくれるのは嬉しい俺がいる。
「あーでも、恋人いるって言ったから、怒ったのかな」
「?」
キッチンに二人で立って、冷凍庫から出した氷を袋に入れて頬に当てる合間、そこを撫でていた手が止まる。
今回は男女でいると水をかけられるという条件だったことから、オトリとして真砂子と一緒にいた話をした。
恋人に見えないと揶揄されて、俺の腕に触れてこようとした真砂子に驚いて距離をとってしまい、恋人がいるって説明したというのが経緯だ。
「距離とった?……珍しいな」
「自分でもびっくりした……前は結構女友達もいたしさあ」
学生時代を知ってるので、雅治先輩も俺の態度の変化には驚いたようだ。
「これは?」
おもむろに雅治先輩が俺の背中に擦りついてきて、手が回されて胸に触れた。完全に面白がっています。
トクトクと心臓が弾むけど、あんな風に反射的に驚くことはない。それは急な接触じゃないから、とかではなくて、この人だからだと言うことは何よりわかっている。
腕をさすりながら、自分の身体により強く巻き付けて笑った。
「この手を覚えてるの」
「よしよし」
笑ってる雅治先輩の息が耳に当たるのがくすぐったいのと、褒められた気がして嬉しいのとで、振り向いて顔に鼻を擦り寄せる。
至近距離で見つめてキスして、何度か繰り返しゆっくり体ごと向き合う。いつしか熱を持ち始めた目線にぞくりと興奮を覚えながら、より深く絡みあう予感がしてたけど、触れる前に電子レンジがピーと音を立てて俺たちの行動を制した。
そうだ、差し入れで持ってきてくれた食べ物を温め直してたんだった……。すっかり夢中になっていて、頬を冷やすのだって忘れていた。



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かいぬしだいちゅき。
Aug.2022

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