hidamari. 03
ナルにジーンの遺体が沈んでいる可能性のある場所を伝えた。
俺の精神的に、黙っているのが辛かったと言うだけの話だ。
発見の時を待つ意味はないだろう。なぜならジーンが亡くなっているのは事実なのだし、ナルのちょっとアレな願望はもう叶わない。
俺が未来に起こりうることを知っている、という不思議体験をナルは聞いてくれたし、嘘だとは糾弾しないくせに、さして信じてはないから安心しろといって───本当に確かめに行ってくれた。
結果としてジーンの遺体は水の底から引き上げられ、ナルとリンさんは急遽イギリスに帰ることになった。
事務所はしばらく閉鎖されることになったので、俺はたまに掃除へ行くくらい。
それを知らない霊能者の皆さんはいつも通りふらっときてお茶をしようとして、閉鎖されてたことに驚いたみたいで連絡を入れてきた。
「だからあれほど来る前に連絡を入れろと……」
「だってー」
「いつもやってるんだもーん」
「忘れてましたです、すんまへん」
「あたくしは確認したものだと……」
丁度渋谷の近くに来ていた俺は、仕方なく事務所を開けることにした。
なぜかというと、安原さんが来てくれていたからだ。
調査後は何となく慰労会みたいなのが開かれるのが恒例となっていたのだけど、俺もナルもそういうのをすっかり失念していたというか、ほぼゲリラ的に行われていたのでこちらが考慮するつもりもなかったというか。
「突然の訪問で申し訳ないです。よろしければお母様もご一緒にどうですか?」
安原さんが苦笑して、俺と一緒に買い物していた為に同行した仁王家のお母さんに挨拶をする。
「あーいいのいいの、あの大人たちが悪い!」
「おかまいなく。くんのお勤め先見られて、ラッキーじゃの」
「雇い主は不在だけどね……。じゃ、お母さんと俺はまだ行くとこがあるので、あとで戸締りしにくるわ」
「くんはせっかくやき、皆さんとご一緒したら?」
「でもぉ」
「そろそろ神奈川に帰ってくる時期じゃろ、その時にまたゆっくり顔見せてくれたらよか」
皆して、俺とお母さんの会話を聞いている。興味津々だな。
「あら、って実家が神奈川なの?もしかして一人暮らし?」
「そうだよ」
「へえ、立派なこって」
「そういえば、お姉さんと弟さんも、神奈川にいてるってゆうてましたですね」
今度はお母さんが俺たちの話を聞いて、にこにこと笑う。
きっと美緒姉さんと瀧くんから俺と会った話は聞いてるんだろう。
「あ、くん怪我は?してなか?」
「今日は一緒にいたでしょ……」
二人に会った時は何かしら不幸に見舞われていたので、お母さんははっとして顔を見つめてくる。
誰かさんみたいに頬をたぷっと挟みこむので、ソワソワしてしまった。
お母さんを駅前まで送り届けてから事務所へ戻ると、皆がワイワイとお菓子を食べたりお茶を飲んだりしていた。
「よ、おけーり。お母さん美人だな」
「お姉さんも美人よね。弟も美形」
「そうなんですか。見てみたかったなあ、谷山さんのご家族」
仁王家はみんな凛とした美人なので、そうだろーと笑う。
「お母様はどちらの出身なんですの?」
「四国だか、九州だか、どこだったっけな」
真砂子はお母さんの方言から、美緒姉さんと瀧くんもそんな喋り方をしていることを思い出したんだろう。もちろん俺だけ方言じゃないので、話のついでに俺が血縁ではないと言おうと思ったんだけど。
「たまにも訛ってた謎が解けたわ」
「キョーダイのが強めだったけどな、もしかして東京来たから隠してんのか?」
「ああ、たまに語尾が特殊だったのって方言だったんですね」
「うえ、」
俺はまさか、自分が訛っていただなんて思いもせず、飲み物をとり落としそうになる。
「さんは関西弁とちゃいますか?」
「ああ、たまに関西弁も出てたけどな、あれはジョンにつられてただけじゃねーの」
「や、中学は二年くらい大阪にいたけど……」
「!そうだったのか」
ジョンなら俺の訛りに気づかないと思いきや、標準語と関西弁に関しては少しずつ学習が進んでいるようで、俺が同じような言葉遣いをしてたことに気づいていた。
とはいえ、どっちも住んでる環境や親しい人との会話から得たものなので、まあ真似っこだ。
「関西弁の方は今はそんなに出ないと思ってたけどな………プリッ」
気恥ずかしさとか、困惑交じりに、口をついて出る言葉。
自分の過去の発言を思い返そうとしながら、音になった後にハッと気づいた。
「───あ、それ、なんかの方言なんですか?僕前も聞いて、どういう意味なんだろうなって」
「え、あー……そこはほら、……ニュアンスで」
これは方言と言うよりも、口癖がうつっただけなので説明に非常に困った。
仁王家のお母さんが言ってた通り、神奈川に帰るのはお母さんの命日が関係していた。
神奈川の駅前で、雅治先輩が自転車で迎えに来てくれたのでお礼を言って荷物を前かごに乗せてもらう。
「今日は俺が漕ぐ」
「まだ俺よりデカくなってないじゃろ」
「そんなの関係ありませーん」
最近俺が会いに来てもらってばかりだったので、せめてもの思いで自転車のハンドルに手をかける。
雅治先輩との身長ははまだ一目瞭然であるけれど、中学の時ほど身体が小さくはないので任せてもらえた。
「しゃーない、彼氏に甘えとくか」
「甘えて甘えて」
「プピーナ」
霊園まではそう遠くはないし、俺も少しずつ身体が出来てきたので体力や筋力も上がったと思うのだ。まあ、テニスやってる人とは大違いだが。
「そういえばその口癖って、方言?」
「ん?」
風が耳をキンキンに冷やし、頬を固く乾燥させる。
「プリッとか、プピーナとか」
あとはピヨ?と軽く後ろを振り向くと、小さく微笑まれた。
「なんだと思う?」
「なんでもないと思う……」
方言というよりただの口癖だろうと思ってたので、改めて聞いたことはないし、曖昧なまま使ってた。
俺がバイト先でも出てしまったそれを、改めてナニソレと聞かれて困った話をすると、雅治先輩もけらけら笑う。
「今まで俺の口癖がうつったのはだけナリ」
「えー!」
勢いよく驚きながらも笑ってしまう。確かに珍妙な口癖だし、真似して外で使ってもなにそれって感じだろうな。
だから俺も多分、最初は雅治先輩にだけ使ってたんだと思うけど。
「なんだあ、皆、真似しないのかー」
「そうじゃ、つれないのう」
坂道を下るので、ペダルを漕がずにブレーキを握りしめた。
「そうやってきくと、なんかね」
「うん?」
スピードを落として、角を曲がる。その先の右側に霊園があった。
「俺めちゃくちゃ好きだな、雅治先輩のこと」
エヘエヘ、と笑いながらも、照れくさくて後ろは見れなかった。
とすん、と背中に頭をぶつけてくるあたり、向こうも多少照れてるんじゃないだろうか。
そして霊園について自転車を停めた後、仁王先輩は気を引くように俺の手を握る。
「なに」
「が初めて俺の口癖言ったとき、覚えてるか?」
「覚えてたら口癖言うの控えてるわい」
さっきの話を持ち出され、半ばやけくそで答える。
「体育祭。俺はあん時から、のことが好きやき」
「え!」
「両想いで嬉しいぜよ」
にこーっと笑った雅治先輩は、固まる俺の手を離しておいてった。
俺はすぐに、ご機嫌そうに揺れる愛しいしっぽを追いかけ、走り出す。
next.
明確に落ちたってわけではないけど主人公が初めて口癖真似した時のどっきゅん♡で、自覚したと言う裏話です。その前にヒヨコ描いたときもキュンッとしてた。
可愛い犬っころ(印象)→可愛くて心配(実感)→可愛くて当たり前だ惚れてた(降参)
あと、仁王が定期的に主人公の顔を潰してブサイクにしていたのは、可愛くないと言い聞かせるためだったんだけど、ブサイクな時さえも可愛いという手遅れな感じを自覚させる要因でもありました。
Aug.2022