I am.


hidamari. 04


長野にある洋館の調査で、ナルの代わりに渋谷サイキックリサーチの所長のフリをした。
安原さんをバイトに誘えばと言ったけれど、俺自身が危険な洋館だと認識してたので、彼を誘うのは乗り気になれなくてやっぱりやめようと提案した。
結局ナルは俺の知ってる未来を軽く参考にし、俺への危険手当割り増しを餌に所長職から逃れた。
些細なことで、未来ってかわるのね……と思った瞬間です。
そしてそれは調査の最後の方にも思うことになる。なぜなら洋館で殺戮を繰り返す霊───いや、もう化け物と成り果てたそれが、最後に攫ったのが俺だったからだ。
意識にジーンがアクセスしてくるのと、ナルがサイコメトリで俺の生存と危機的状況を察知して助けに来てくれるのを待ちながら、気休めとばかりに歌を歌って心を持ちこたえた。

帰り道は死んだように眠り、サービスエリアで揺さぶられて目を覚ます。
綾子が水分補給とかトイレとかに気を使ってくれたみたい。
「うえ……っ」
「ちょっとあんた、具合悪くなってない?大丈夫?」
外の空気を吸うためにフラフラ外に出る。
ジョンが心配して付き添ってくれたので、そよそよと風に髪を梳かれるのもされるがまま。

「谷山くん車酔いしたんですって?大丈夫───、まあ顔真っ青だわ」
「あーはい……」
「あんなことがあったんだもの、調子崩すのも無理ないわ」
「怖い思いしはりましたもんね……」
森さんも話を聞きつけて、飲み物の差し入れに来てくれた。
ふわふわにこにこコンビに挟まれて、お茶を啜るといくらか身体が軽くなる。
心なし視界もはっきりクリアになったみたいだ。
「───あ、」
吐いてないかーとか、トイレいいのーとかいって遠くから歩いてくるぼーさんと綾子をよそに、俺の目は見知った姿を見つけて立ち上がる。
「まさは、……あえ」
「お?」
人をかき分けて駆け寄り、腕をつかむと俺の目当ての人───の、お父さんがいた。
髪型とか年齢とか体格も違うのに、ついうっかり見間違えるくらいには、似ていたし俺の心も相当参ってた。
「なんでここに?」
二人して声が揃う。お父さんは仕事の関係で高速を使った帰りの休憩で、俺もバイトで遠出した帰りの休憩という説明をして納得した。
「疲れた顔して。車酔いでもしたと?」
家族の中でも一番雅治先輩に似てるので、うりゅうりゅと目が涙に滲む。
「……これからウチ帰るき、車乗ってくか?」
後頭部をぽふぽふされて、地肌に空気が入り込むのが少し心地よい。
なんだこれ、すごい、既視感があって安心する。

綾子とぼーさんが、走り出した俺を見かねて追いかけてきてくれたけど、少し離れたところで俺とお父さんのやり取りを茫然と見ていた。
「あ、おと、おとうさん、バイト先の人……松崎さんと滝川さん」
「息子がお世話になってます」
肩をそっと抱かれて、頭を下げたお父さんは本当にお父さんって感じでほっとする。
今更ながら、いいのかなあ、俺こんなに仁王家の子供面していて……。
俺は一応小声でお父さんと呼んだけれど、二人はきっとお父さんの口ぶりで親子だと思ったに違いない。そうでなくとも、俺が夢中で駆け寄ってしまったし。
「この子疲れてるみたいで、このまま家に連れて帰ってもよろしいでしょうか?」
「あ、そりゃ、もちろんですが……くんの雇い主は我々じゃないもんで」
「ご紹介いたしますわ」
大人たちのやり取りを隅っこで聞いてる俺は、なんだかえらく小さな子供に戻ったみたいな、安堵と切なさに襲われる。甘ったれてお父さんの作業着の裾を握ってついてった。

ナルは俺に両親がおらず孤児であることはわかっているので、いきなりお父さんですと紹介したらびっくりしないだろうか。
の父親───?」
そう思いつつナルに紹介するとじっと俺を見てくる目がある。さすがにこれは、自分で説明しろと言いたいんだと思う。すごくよくわかる。躊躇いながら口を開こうとしたその時。
「ん?───失礼ですが、仁王さんとおっしゃるんですかね」
ぼーさんがふと、声を挟んできた。
そうだった。建設関係の仕事をしているお父さんは、現場に出入りするときは会社名や名前がわかるような服装をしていると聞いたことがある。だから今日の作業着にも刺繍で仁王と書かれているのだ。
「ええ。くんとは血のつながりがありませんが───息子同然に想っています」
綾子とぼーさんは、俺とお父さんを見比べた。
今までお母さんとお姉さん弟、と会ってきた二人なら、当然誰とも似てないということにも気づいただろう。
「それは、立ち入った話を聞いてしまい……」
「いえ、訝しむのも無理ありません。くん、落ち着いたら今度自分で説明しんしゃい」
「はい。お父さんごめんなさい。みんなもごめん、また改めて話す」
「よか。それで───どうだろう、連れて帰る許可はいただけますか?」
「ええ、結構です。谷山さんはよく働いてくださり、今回は特に疲れさせてしまいました。家でゆっくりなさってください」
ナルは皆の会話を聞き、それから多くを語らなかった。
それでもちょっと、俺の身を案じるような言葉があったので、少し嬉しい。


神奈川では仁王セラピーを受けて、最終的に雅治先輩の部屋に辿り着く。
寝間着も布団も、すっかり慣れた匂いだと認識して安心できた。
毛布に埋まってふすーと呼吸をしてると、もうそのまま眠りに落ちてしまいそう。
「もう寝るのか?」
薄暗い部屋で、ドアの音と雅治先輩の声がして、くしゃりとこめかみあたりの髪がかき混ぜられる。
「親父のこと俺と間違えたって聞いたき」
あー、と声にならない声をあげる。
嫉妬というよりも、俺がそうして飛びついてこようとしたのを、からかってるのかも。
「なんかあったか」
「……」
心配されてたか……と、起き上がる。
雅治先輩そのまま身体を持ち上げようとするので促されるまま同じベッドに入る。
マットレスのスプリングが軋む音が身体を伝う。
雅治先輩が奥に乗り上げて寝転がるので寄り添うように転がった。
今日はここで寝ろということだろう。元々俺の家では特別暑い日以外はそうしているので、慣れた窮屈さだった。
「怖い思いしただけ」
「悲しかったか」
俺が以前言った不安を覚えていたのだろう。今回は特に、依頼を受けてやってきた霊能者の何人かが命を落とすことになったので、悲しい気持ちが募る。霊に憑かれて殺される追体験をしたこともあって、俺は逃げられたが、逃げられなかった人が居たことを知っていた。
「うん、悲しかった」
向き合って、掌で人肌の感触や心音と脈拍を感じとる。
声も、息も、視線も、匂いも、自分じゃないのがあると安心できた。
枕に潰されていない方の頬を軽く引っかかれて、髪の毛が払いのけられたので、同時に身体も少し転がして、仰向けになる。
雅治先輩はこっちを向いたまま、指先を滑らせ顎をなぞりながら首をくすぐる。
瞼がとろりと落ちてきて、薄暗かった視界は暗闇になる。ふ、と睫毛に吐息がかかって、期待に胸が膨らむ。
けれど、いくら待っても欲しいものが降って来ない。
「……しないの?」
「んー、眠そうじゃき」
しびれを切らして、驚くほど重たい瞼を持ち上げるけど、ほとんど何も見えなかった。
今したかったのに、せめて一回だけ……と口をわずかに開けるがそれだけで、声も出ず、空気をはむだけで終わる。
「ちゃんと、が起きてるときにな」
耳はなんとか雅治先輩の言葉を聞き取っていたので、頭では納得して、穏やかで優しい眠りについた。



next.

仁王父は仁王に似てる設定にしましたので、すぐ仁王のこと思い出して子犬ちゃんになっちゃう。姉と弟はお母さん似だとよきです。
文章内で仁王家の両親のことも、普通にお父さんお母さんと含みのない字面で書いてるのですが、その辺主人公は素直に表現している。
ゆくゆくは婿入り()するとしてお義母さん、お義父さん、となるかもしれないけどニュアンス的には仁王のおとーさん、略してお父さんのままそう呼んでる。
Aug.2022

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