komorebi. 01
放課後校舎裏に来てほしいと指定された手紙が下足箱に入れられていた。
クラスメイトが茫然とする俺の背後を通り過ぎ様に挨拶してきた時、目ざとくそれは見つけられる。
「えっ、ラブレター!?」
「ちがう!ちがう、ちがう」
否定は、自分にも言い聞かせるように言った。
「え、じゃあなに?」
「ええと、……ただの呼び出しというか、何か用があるみたいで」
「告白じゃないの!!」
「そんなまさか~」
笑いながら便箋を折り曲げて封筒に戻し、ブレザーの胸ポケットにしまう。
教室への道すがら、友人は俺にへばりついて、手紙の内容や待ち合わせ場所などをしつこく問いかけてきた。いわゆるラブレターというわけではないけど、呼び出しとくれば告白ではと疑う気持ちもわからないでもない。
───でも。
友人を躱し抜いて、朝のHRが始まろうとしているときに、独り言ちるようにつぶやいた。
思わず口をついて出ただけで、誰に対してでもない。
周囲の喧騒に交じり、それは消えた。
心なし落ち着かない一日だった。
中学生ってやっぱそうだよな、と頭の中の冷静な俺がしみじみとする。
放課後になれば俺にへばりついていた友人も、他のことに熱中しているようだったので、俺はひっそりと教室から抜け出して待ち合わせ場所へと向かう。
告白されるのかな。
相手には失礼かもしれないが、憂欝だ。
足取り重く、校舎の角を曲がる。厳密に裏だの表だのはわからないけど、たぶん一番人気のない校舎の裏ってのはここだろう。
見えた人影に一度足を止めかけて、それでも進む。
花壇の縁の、木陰になる部分に座っている銀髪頭の少年が、俺を見てわずかに身じろいだ。
お、といった感じなので、なんか雰囲気違うなと思う。もっと、こう、直立不動でいるのを想像していたので。
「こんにちは」
「こんにちは」
とりあえず挨拶しておこうかな、先輩みたいだし。
そう思って声をかけると向こうものんびり返した。ゆったり座ったままなので、人違いにすら思えてきた。
彼は俺を、下から上へと目でなぞる。
「あのう、ここって校舎裏なんですか?」
「そうぜよ」
ぜよ……?方言だ。
聞き慣れない言葉遣いに気がいく。生徒数二千人以上の私立中学校なので、色々なところから生徒が来てるだろうな。
「……呼びました?」
「おお、わざわざご苦労さん」
「いえいえ」
意を決して自分のことを指さしながら聞くと、彼───仁王先輩という一学年上の人らしい───は頷きぺしぺしと花壇の縁の隣を叩いた。
恥ずかしげもなく、よっこいしょーと言いながら隣に座ると、小さく笑われる。
「実はな」
「はい」
しかし急に神妙な顔をして俺の顔を覗き込んでくるので、俺もまじまじと見返す。
真正面から見ると端正な顔立ちがよくわかった。銀色の派手な髪色に褪せることのない美形だ。
「お前さんの生徒手帳を拾った」
「あわわわわわわ」
俺は慌てて自分のブレザー、ジャンパースカート、シャツのポケットをにぎにぎした。
「ないぃ……」
拾ったと言われているのだから当たり前だ。
俺の挙動に笑って震えてたのが今度はにまにまと揺れている。
仁王先輩は、俺の生徒手帳に挟んである学生証を見たに違いない。なぜならその学生証を見なければ個人の特定ができず、こうして手紙を出してくることもないわけで。
「まさか麻衣ちゃんが男だったとはな」
「わ、わけがあるんです~!」
───そう、学生証には氏名と生年月日、血液型とついでに性別が書かれているのである。
俺は声を大にして弁明を始めた。
物心ついた時から女の子として育てられ、女の子だと思っていたこと。お父さんに男なんだよと言われてから急激に理解していき、今では自分を男だとしか思っていないけど、お母さんとの認識に相違があること。あれこれ。
「───へえ、家庭の事情というやつか」
興味がないのかあるのか、仁王先輩はあっさり納得の顔を見せた。
俺自身が理解しきれてないところが多いので、心からの納得というよりも、話を聞き終えたというだけなのかもしれないけど。
「つまり麻衣ちゃんは、男が好きという訳では」
「ない!ですが、そこそんなに気になります……かね」
まあ、女の子の格好をしていればそう思われるか。
「新入生のカワイコチャンを狙ってるやつはまあまあいるぜよ」
びしっと指をさされても失礼だと気にする暇もないほどの衝撃が俺に走る。
「おれ?……かわ……いい?」
「……例えるなら、いぬっころ」
両手で頬を押さえて聞くと、その両手越しに手で顔を潰された。
「こうするとブサイク」
「やめれ~!」
「カワイイカワイイ、愛嬌あるんじゃなか?」
その可愛いは絶対そういう意味じゃないだろ。
新入生のカワイコチャンというのもニュアンスとしてはわかるけど、皆俺をどう見てるんだろう。
「人気者はつらいか?ん?」
「はは、仁王先輩ほどではないですー」
「プリッ」
俺の顔をもちもちこねくり回して楽しんでいる仁王先輩にあきらめて、手を離して好きにさせる。
「でも今回はよかった、仁王先輩みたいな人で」
「告白じゃなくて、か?」
「それもあるけど、秘密がバレたのが」
悪戯っぽくて飄々としている風に見えるけど、俺をここに呼び出して生徒手帳を渡してくれた配慮だったり、言い訳でしかない事情を最後まで特に意見もなく聞いてくれた態度だったりに、俺は少し安堵していた。
仁王先輩は俺のその気持ちが理解できないようで首を傾げていたけど、ふむと一考するふりをして口を開いた。
「まあ知ったからには多少の手助けはしちゃる」
「ありがとうございます。何かお礼ができればいいんですが」
ようやく手が離れ、二人しておもむろに花壇から立つ。
「礼か……まあ、助け合いは大事だな」
腰に手を当てて、うん、と頷く仁王先輩。
立ってみると思っていたより頭の位置が上だったので、つまり座高が低かったということを認識する。いやけして俺の足が短いんじゃなくて、この人の足が長いのな。
くだらないことを考えていた俺をよそに、仁王先輩はふと見上げた校舎の窓に、知人を見つけたらしく動きを止める。
向こうも、仁王先輩に気づいたみたいで窓を開けた。
「仁王、部活はー?」
「世界史勝手にとったぞ!」
「あ、麻衣ちゃんだ」
三人くらいがごちゃっと窓に詰めかけてきて、それぞれに話し出す。最後の一人は気さくなタイプなのか、俺を見て手を振ってきた。
仁王先輩部活入ってるんだー何の部活だろー。世界史の教科書お友達に借りたままにしてたのかなー。俺やっぱ麻衣ちゃんって言われてんだー。
なんて考えながら手をフリフリしていると、俺を見てた仁王先輩が、その手をとった。
「誰にでもしっぽ振りなさんな」
「あ、反射的に……」
「だからカワイイんじゃお前さんは」
「ンン~」
ういうい、と肘で突かれたので、体重をかけて抵抗する。
仁王先輩の友達がその光景を見ていたのも忘れて、じゃれ合ったのが悪かったのだろう。上の階ではどよめきが起こる。
「そういう~?」
「まさかの~?」
「もしかして~?」
三人が俺たちのギャグを待つようにして、フリをしてきた。
ここでドカンと、……何を言ったらいいものか。そう思っていると隣の仁王先輩がすっと腕を上げる。
「───マル」
この男、両手で丸を作りやがった。
結果としてそのギャグはウケた。おおいにウケた。
だからこの日から、俺たちは公認のお笑いコンビならぬ───カップルとして、学校中に知られることになったのだ。
next.
大まかにいうと仁王雅治に性別がバレて、なんやかんやあって、偽装彼女する話です。
July.2022