I am.


komorebi. 02


仁王雅治という男は全国大会出場常連校であるわが校のテニス部のレギュラーにほど近い、わりと目立つ部類にいた。三年生が夏には引退で次の代に移ったらきっとレギュラーである。
テニスで鍛えられた引き締まった体躯、身長も中二にしては高くて、色素の薄い髪や整った顔立ち、口元のホクロが少し色っぽくて、特徴的。ミステリアスでクールだけれど、男同士ではふざけ合う悪戯っぽい一面が魅力的───。
さぞかしおモテになるのでしょうね。
助け合いが大事とはいえ、俺の精神について考えてくれたことあった?絶対、ここでマルってやったら面白そうとかそういう感情が一番大きかったんだろ?

「はよ」
「おはようございます、仁王先輩」
校門前で待ってた彼氏を無視するわけにもいかず、挨拶を返して隣に並ぶのをちらっと見る。
「今日も朝練ですか?お疲れさまですー」
「ありがとさん」
ナカヨク昇降口まで行き、その後教室まで送り届けられるので、傍から見てるとまるで付き合いたて初々しいカップルだ。
「今日は昼めし一緒にくわん?」
「あ、はい」
「じゃあ迎えに来るから、待て、な」
頭をぽんっとされたので犬扱いかと思うも、クラスメイトには大好評だったようで声が上がる。祭りか。
教室の入り口で、なんだこのやり取り……とついて行けないでいる俺はとぼとぼ席に行く。
ふと、お弁当用のバッグを仁王先輩に預けたままだと思い出し、慌てて振り向いた。
「!」
「おっ……と」
一歩踏み出そうとしてすぐ、仁王先輩の胸に飛び込んでいた。そんなに近くに来てるとは思いもしなかった。
鼻を打ち付けた痛みに身悶えていた俺をよそに、クラスは大盛り上がりだが。
「ううう」
「……鼻打ったか?」
「とれたかも……」
反射的に涙出てきた。
「とれてないぜよ」
自分の鼻を摘まむ俺の心配事が笑えたらしく、フッと笑う吐息交じりの回答がある。
それから俺をヨシヨシと慰めたあと、お弁当バッグを持たせると教室から出ていった。近距離にいたのはこれを渡すためだったのか……。

かれこれ一週間、仁王先輩は俺を朝教室に送り届けているので、実のところ仁王先輩の人気が俺のクラスの女子の間では上昇している。
なんでも、噂とか遠巻きに見てる感じだと、彼は特定の女子に優しくしたり、近い距離に来たりはしないのだそう。だから彼女を毎朝送り届けるほど優しくて距離感近いのがギャップらしい。
「朝、いつまで一緒に行くんです?」
「ん?」
屋上でご飯を食べながら、疑問を呈する。
なし崩し的に始まった恋人のフリだけれど、互いの認識のすり合わせは大事だと思う。
俺としてはマルをしたのすら冗談ということにして、噂になるだけで終わりたかったというのはもう、今更だよな。
もぐもぐするほっぺを眺めながら、俺は最近クラスメイト女子の間で仁王先輩への憧れが高まってる話をする。
「朝練ないときも早めに来て待ってるみたいだし、毎朝じゃなくても」
「ただでさえ放課後会えんのにか?」
そんなに一緒にいるとこ見せた方がいいのかなあ。まあ付き合いたてだからなあ。
俺もご飯を飲み込みながら考え込む。
「あ、でも俺、来週から朝は駄目だ」
「なんで」
「花壇の水やり当番で早く来るんで」
「ほー」
所属委員会の当番制水やりが回ってきたため、俺は来週から通常よりも早く登校することになる。
「んじゃ、終わったらテニスコートきんしゃい」
「なるほど。今度は俺の番か……」
まだまだ、仁王先輩の朝活ブームは終わらないようだ。


さて。俺は今までの甲斐甲斐しい彼氏っぷりに、恩を返すときがきたわけだが。
記念すべき一回目はやっぱりちょっと緊張した。これが付き合いたての彼氏を待つオンナノコの心境かしら。
テニス部は有名なので練習にギャラリーがいることも多いが、さすがに朝練となると人気はない。もしいるとしたら、相当なファンか、それこそ恋人くらいじゃなかろうか。
特に許可がいるわけではないらしく、コートの脇のあまり人目につかなそうなところでこそっと練習風景を眺める。
コートが何面もあるもんだから、仁王先輩の姿が見つけられなくて、ウーンと唸りながらゆっくり視線をさまよわせた。
「何を探しているのか当てようか」
「わ、」
意識が他所へ行っていたので、背後から声をかけられてびくっと飛び上がる。
「おはよう。花壇の水やり当番は終わったようだな、ご苦労様」
「れ、……柳先輩。おはようございます」
小学校が同じだったよしみで、話しかけてきた人物をうっかり蓮二くんと呼びそうになるのを堪えた。
柳のおば様に、そういえばテニス部だと聞いたような気がするし、小学生の時からテニスやってたっけな。
それにしても俺が花壇の水やり当番だったこと知ってるのコワ……。
「麻衣が今までテニスという競技に興味を示したことはない。───仁王を見に来たんだろう」
「そ、ソウ……デス」
伏せられた目が開き、視線を感じる。
「いったいどういう弱味を握られたのか教えてくれないか」
「ええ?何急に、そんなことないです~」
だらだらと冷や汗をかいてるような感覚だ。
ドキィと身体が揺れたのも多分観察されているだろう。
「……まあいい、仁王なら奥から三番目のコートにいる」
「ほんと?ありがとうございまあす」
「ボールが飛んで来ないとも限らないから、気を付けるように」
俺はもう一度、ありがとうございまあすとお礼を言ってコートに目をやる。
奥から三番目って言っても、人の数が多いしみんな動き回ってローテーションしてるみたいで、俺はついぞ仁王先輩を見つけることはなかった。いや、多分それっぽいのはいたんだけど。

朝練はほどなくして終了し、部員一同が集まって監督やら部長らしき人の話を聞いてる。
なので俺はその場を離れて、校舎までの道で時間を潰すことにした。
この後制服に着替えてこの道を通るはず、と、待つこと十分程。ぞろぞろとテニス部員らしき姿が歩いてくる。
わかってたけど人多くて、仁王先輩のことを見つけられず木にしがみついて隠れながら、ちょこちょこと首を動かす。
俺が来るって知ってるはずだよなあ。
テニス部員がちらほら俺に気づいて見てくるのが非常に気まずい。
そう思ってたが、テニス部員からしても思い当たる人物がいるようで、そちらに顔がいくのがヒントとなった。
「おー。こんなとこに居たか」
片手をぴょいっと上げた仁王先輩と目が合って、安堵しながら駆け寄る。
これからは待ち合わせ場所をちゃんと決めた方が良いだろうな。
テニス部員が大勢いるところに俺だけ入ってくの、なんかすごく目立つし。
「げ、仁王あの噂マジだったのかよ」
「そういえば朝練の後寄るとこあるってどこか行ってたよな、最近」
「ピヨ」
赤い髪の人と、スキンヘッドの人が俺たちを見て仁王先輩に声をかける。
一応挨拶はしたが、仁王先輩が俺の腕を引きながら集団から離れるので、たいして話もせずに終わった。

「さっき参謀となに話しとった?」
「さんぼう?柳先輩のこと?」
「そう。顔見知りか?」
なんだそのかっこいい渾名は……と思いつつ、ゆっくり推理すると頷かれた。
仁王先輩コートからこっち見てたんだ。
「うん、小学校一緒なんですよ」
「へえ」
「なんの弱味を握られたのかって聞かれた」
俺の話を聞くとくすくす笑っている。柳蓮二そういうとこあるからな。
「それよりテニス部の朝練すごいですねえ、壮観でした」
「俺のこと見つけられんかったじゃろ」
「え、多分見つけたハズ……」
自信がないので尻すぼみになる。
「手振ったのに、振り返してくれんかったき」
「うっそ!?ほんと?」
「うそ」
「もー……」
俺がさっき見てたの誰!?と思ったらそうじゃないと分かり、思わず仁王先輩の腕を叩いた。
仁王雅治もそういうとこあるって俺はわかったぞ。



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初々しく互いに歩み寄るカレカノ期。
July.2022

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