I am.


komorebi. 04


仁王先輩から聞いていたけど、テニス部は三日ほど大会があるので公欠していた。
赤也の体育着は勝手に教室に入って机の横にぶら下げておけばいいとして、仁王先輩のクラスへはそうもいかず、俺のロッカーに入れて保管しておいてる。

「あ、仁王先輩おはようございます、おかえりなさーい」
「おはようさん、ただいま」
予定通りの登校日、心なし眠たげな仁王先輩が校門のところで待ってたので駆け寄る。
大会ってたしか、関東大会とか言ってたっけな。いつのまに神奈川県の代表になってたんだろ。全国大会出場の常連校だから、この段階では部活の功績を騒がれないんだよな。
「眠そう、朝練あったんですか?」
「昨日の大会の反省会」
「忙し~っ」
強豪校の部活スケジュールすごいなーと、単純な感想をいだく。
「お昼休み仁王先輩の教室行くね、ジャージ返すから」
「おー。じゃあ弁当も持って来んしゃい」
「はい!大会どうだったかその時聞きますね」
「面白い話じゃないぜよ、勝ったけどな」
「んははは」
勝ったのに面白くないんかい、と笑う。
捻くれてるんだよな、仁王先輩って。


昼休み、仁王先輩を訪ねて教室へ行く。頬杖ついて俯きながら動こうとしないので、俺は机の横でうろうろしながら顔を覗き込む。
目を瞑っているのかわからないけど、もしかしたら寝てるのかも。
「仁王先輩?」
肩をぽんぽんと叩くと、ぴくりと身じろいだ。
「起きてる?」
「……もう昼か」
反射的なのか、俺の手を掴んだ仁王先輩はぼんやりした声を零す。
「よく眠れましたかー」
「ん。どこで飯食う?」
「屋上とか?っと、その前にジャージお返ししておきますね。ありがとうございました」
「プリッ」
たまに出てくるこの謎の方言……いや方言じゃないのかもしれないが、どういう意味なんだろ。
軽い返事みたいなものだろうと思ってるんだけど。
「あとこれー、なんか、クッキーをですね……焼きました」
「───、」
仁王先輩が俺の渡す紙袋と、その上にある小さな袋にラッピングしたクッキーを見てぎしりと固まる。
「あ、手作り駄目だったら返してください……自分で食べるので」
「手作り……」
「ジャージ洗ったらお母さんが気づいて。お礼デス」
紙袋から、クッキーだけ取り出した仁王先輩に、俺はソワソワしてしまう。
やっぱキモかったかもしれない!
俺は恥ずかしく、そして情けなくなり、仁王先輩が手に持つクッキーをわしっと掴む。
「あのやっぱナシで」
「おい、」
「何?食わねーの、仁王。じゃあ俺!俺が食う!」
「やらん」
横で見てた丸井先輩がすぐに立候補してくれたが、仁王先輩は俺からクッキーを取り返した。
そして自分の弁当箱と俺の首根っこを引っかけて持ち、引き摺って教室を出た。
「このクッキー赤也にもやったんか」
いまだに犬の散歩よろしく、ジャケットの後ろ襟を吊り上げられて歩いている俺は、仁王先輩の問いに首を傾げる。なんのこと?
「一緒にTシャツも洗ったなら、赤也の分も用意するんじゃなか?」
「あ~、赤也のTシャツは……小さいころ遊んでた名残で気にされてなかったな。アハハハ。逆に俺が赤也のお母ちゃんにお礼されるかも」
俺自身別に、お礼にクッキー作って赤也に渡したいとは思わないし。
階段を上がるときになってようやく手を離されたと思えば、仁王先輩はすたすたと先へ行く。
「ふーん」
結ばれた髪がぴょこんと跳ねるのを眺めて、俺も慌てて追いかけた。

お弁当を食べた後、さっそくクッキーの袋を手にした仁王先輩が、まじまじとラッピングを見ている。
家にあった余り物のラッピングなので、全く気合が入ってないけど、変だろか。
「あの、食べれそ?」
「さっきからそれ気にしすぎじゃなか?」
「手作りクッキーを渡すというこのシチュエーションに、俺は今ぞわぞわしている」
よく考えたらこの人、俺のお弁当から卵焼きとかつまみ食いするから、手作りということを気にする必要はなかったのだ。
「わからんでもないが……お礼なら感謝の気持ちを込めて渡してほしいぜよ」
「感謝!」
ぱんっぱんっ、と拍手して仁王先輩に捧げた。
「うん、うまい」
「お口に合ったようでなによりです」
俺の悩みはこれで晴れた。
こんなにあっさり済むのなら、最初からさくっと受け取り食べて欲しかったけどな。

「ちょっと寝ときます?今日ずっと眠そうですね」
「ああ、いや、もう目が冴えてきた」
食べた後にぐだぐだしていると、仁王先輩が猫のように気だるげに目をこする。眠いんかな、と思ったらどうやらそうじゃないらしい。
「ふうん、午後はもっと眠くなると思ったけど……部活中は気を付けて」
「テニスしながら寝るプレースタイルじゃなか。それに今日は休み」
「え、ほんと!」
テニス部が今日休みだと聞いて、俺は思わず食い気味に確認する。
ウンと頷いた仁王先輩は、前髪の隙間から、ちょっとオドオド俺を見た。
「失礼、少し興奮を」
「部活が休みだとなんかあるんか?遊びにでも───、」
「はい、赤也と部活休みの日ゲーセン行こって約束してるんですーっ」
「赤也とゲーセン……」
目を見開いた仁王先輩が、俺の言葉を飲み込むようにして繰り返す。
「先週くらいにオープンしたとこなんですけど、赤也に行きたいねってウエーッ!!!」
ほっぺを両方からつねくられた。
ひりひり、じわじわ、と顔が痛む。
「せっかく休みの彼氏をほっぽって、他の男とデートへ行くんか」
「いーっ」
現在、職務怠慢を叱られている。
「そんな隙だらけで、いつか友達だと思ってた男にぱくっと食われる未来が見えるぜよ」
「そ、そんなはずは……赤也は……」
「赤也だけのことを言ってるんじゃなか」
「ぐうう……」
俺にとって同年代の男子は単なる同性の友達にしか思ってないけど、傍から見たら男女なわけで、そうもいかないということは仁王先輩の言葉で理解した。
でも、友達と遊びに行きたいし……。
「じゃあ、仁王先輩も一緒にいく?」
「………………いく」
徐々に緩んできていた手が離れ、仁王先輩はそうじゃないんだけどなみたいな顔をしつつも許してくれた。
仁王先輩と遊ぶのはもちろんやぶさかではないのだけど、それはそれ、これはこれ。
赤也と遊ぶのは仁王先輩と遊ぶのとまた違った楽しさがあるわけだ。
今回は赤也を信用していないからではなく、確かに彼氏をほっぽって赤也と二人で遊ぶのは不誠実な気がしたというのもあった。

「───というわけで、仁王先輩も一緒で良い?」
「は?まあ、いいけど、なんで仁王先輩?」
昼休みの残り時間で、赤也の教室を訪ねたらあっちも俺を探していたらしい。同じ気持ちで俺とゲームセンターへ行こうとしてたのだとか。
そこで、ついてきてた仁王先輩をさっと示して紹介すると、全然拒否する感じはないけど戸惑いが大きい。
俺と仁王先輩の組み合わせで、どうしてそうなったのか分からないんだろう。
「えと、」
するりと手を繋いだのは勇気が出なかったから。
仁王先輩の手も絡みついてきて、この状況の原因ともとれる存在なのになぜか、頼もしく思えた。
「……彼氏、なの」
ちょっと声が小さくなるけれど、しっかり赤也に伝えた。
赤也はぽかんとした顔で固まり、周囲で聞いていたほかの生徒も、内容が内容だけにぎょっとして俺たちの顔を見比べた。



next.

全然飼い主を覚えない犬をしつけている仁王雅治。
赤也は若干ショック受けたけど、遊んでたらすべて忘れて、またゲーセンいこーな!とかいう。かわいい。
July.2022

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