I am.


komorebi. 07


赤也のテスト勉強に巻き込まれた翌日、俺は速やかに図書室の隅っこに陣取って勉強を始めた。家でやった方が捗るかもだけど、ちょうど借りてた本を返したかったので来てみたら、そんなに混雑していなかったのだ。
テスト範囲のまとめをすること数十分、俺はテーブルの横にすっと人が近づいてきたのが目に留まり、顔を上げた。
ちょっと不機嫌そうな仁王先輩が、俺をじーっと見下ろしてた。
「あれ……?」
約束してたっけ。
首をひねると、声を潜めるためか、仁王先輩が足元にしゃがみ、テーブルの柱に頭を擦り付けた。
「もてあそばれたぜよ」
「え~……」
「昨日は俺のこと好きって───」
発言を思い出し、仁王先輩の口をふさぐ。
「あやまるから!!ごめんなさい!」
隣近所に人がいないとはいえ、静かにするのが常識なので、身をかがめてヒソヒソ話す。
どうやら仁王先輩は一緒に勉強するつもりでいたらしく、俺の教室に来たあと、昇降口で靴を確認して、校内を探してあるいていたようなのだ。
それは……申し訳ない。
「本当に一緒に勉強するつもりですか?」
「麻衣ちゃんが教えてくれるならする」
「上級生が何を言うか」
いまだに足元で小さくなってるのを良いことに、庇護欲をそそろうとしてくる。騙されないぞ。
「なら俺が教えるか……?数学なら結構わかる」
膝の上に顎を乗せてにこーっと笑った。
俺も数学は苦手じゃないので、別にいいかな……。
「……とにかく、椅子座ったら?」
通路側を向いていたので、自分の後ろにある席を示すと、仁王先輩は渋々と立ち上がった。
そしてちょっと拗ねたように、だらけて椅子に座る。
「全然勉強する気おきん……今回のテストは捨てた」
「なにいってんのー、二年生の内申点は大事でしょ」
よく見たら鞄に荷物がたいして入っていなかったので、あんまりやる気ない人かなと気づいた。
赤也ほど馬鹿ではないんだろうし、要領よくギリギリの点数取れるだけ勉強するのかな。
「外部受験するわけじゃあるまいし、適当にやっとけばいいぜよ」
「ま、進級は出来るでしょうが……」
高校はエスカレーター式というやつなので、ある意味この先が気楽なのだろう。
それに仁王先輩はテニス部の方で内申に加点がありそうだ。
俺は母子家庭で私立の中学校に入るのは猛勉強しなければならなかったし、成績を上位にいくとちょっと学費が一部免除になるので、できるだけ頑張らないといけない。
なので横で机に頭を転がしてゴロゴロし始めたこの人のことは、猫だと思って放っておくことにした。

時々俺のペンケースの中身を整理したり、一瞬だけ教科書を見返したり、ヨシヨシと思えばまたテーブルでゴロゴロしてじっと俺の横顔をみてきたりする。
なに、と言いながら目を合わせようとしたら、ぷいと顔を背けられた。
腕を枕にして俺と反対方向を見ながら寝に入るので、なんだこの、としっぽを引っ張る。
「構うんじゃなか」
「構って欲しそうにしてたくせに」
曲げた肘の内側に、いつもの変な口癖を零して、口をきいてくれなくなった。
構わなかったら拗ねたのに、構ったらもっと拗ねた……。
結局その後、俺が帰ろうというまで、俺の消しゴムを腕の中に隠して寝やがった。
仕方なくシャーペンの頭についた小さいので消したけど、綺麗に消えなくてノートに若干黒い炭が残った。


次の日俺は仁王先輩のご機嫌を取るために、放課後真っ先に、教室に迎えに行った。
朝会った時は普通だったので、怒ってるわけじゃないんだろうけど。
「どうした?珍しい」
「きょう、一緒に勉強しよ?」
「……してやらんこともないが……」
あ、俺が下手に出たらこいつめ。
「してほしいなー」
ご機嫌取りにきたので、ここは俺が大人になってやらねばと、顔だけはそっぽ向きつつ俺を見てる仁王先輩にすり寄った。
まんざらでもない眼差しを、長めの前髪の隙間から確認。
ため息交じりに仕方ないから付き合っちゃる、と荷物をごそごそまとめ出す先輩を、幼稚園の先生の気持ちで眺める。えらいねえ。
「で、どこでやる?昨日みたいに図書館か?」
「うーん……あ、ウチ来ますか?お母さん仕事で帰るの遅いし」
言った瞬間、教室が水を打ったように静まり返った。仁王先輩もピタッと動きを止める。
「それ麻衣の部屋か?」
「いやリビングですけど……そういや中まで入ったことないですっけ」
俺の部屋の机は一人用だから、一緒に勉強するのは不便かな、とリビングを提案したんだけど。
「仁王先輩が勉強しなくていいなら、部屋でもいいけど」
「は、」
「麻衣ちゃん、早まるんじゃねえ!!!」
丸井先輩の張りのある声が俺の言葉を遮ったと思えば、クラスメイトの先輩たち、男子も女子も、俺を見てふるふると首を振っている。
「いくら付き合ってるからって、誰もいない家に……ましてや部屋なんかに仁王を入れちゃ駄目だっ」
「そうだそうだ」
「麻衣ちゃん、お願いだからもっとよく考えよう?」
「おまんら……、」
「───ああ!」
ようやく、皆の言いたいことを理解した。
俺たちでそういうソウゾウしないでほしい……。
「先輩のすけべ」
俺をいの一番に止めに来た、筆頭である丸井先輩をちょっとにらむ。
周囲にいた先輩、ほとんどの人達に刺さるようで、ウッと言葉に詰まっていた。中にはショックで胸を押さえてるオーバーな人もいたけど。
仁王先輩に自分の鞄を持たせ、早く帰ろうと手を引いて教室を出る。
けだもの扱いされた仁王先輩も心なし気まずそうに、俺から顔を逸らしてひたすら廊下の遠いところを見ていた。可哀想にな。


狭い家ですが、と仁王先輩を家に招き入れると、目線が興味深そうに色々なところへ向いた。
他人の家って新鮮で、ついつい見てしまうよね。値踏みするような動きではないので、特にいやな気はしない。
「こっちリビング、あ、手洗うか」
まずは洗面所に連れてって、手を洗ってもらう。その後リビングにつくと鞄を床に下ろして座布団の上に座った。
お茶を出して一息ついて、そのあとは仁王先輩も結構真面目にテキストと向き合った。
俺もその様子を見て少し安心して、自分の勉強に集中した。
途中仁王先輩の集中力が切れて話しかけられることもあったけど、赤也に比べたら長続きするほうだった。
「あきた」
とうとう完全に勉強をやる気がなくなった仁王先輩が、顔をノートの間に押し付けたとき、時計は十八時に差し掛かろうとしていた。
「お疲れさまー」
もうそろそろ良い時間だしな、と思って俺も一度ペンを手放す。
晩御飯はそれぞれコンビニでお弁当を買ってきたので、レンジでチンした。
家で晩御飯食べればいいのに、と思うが仁王先輩曰く、勉強したら腹が減るそうなのであらかじめ買っておいたというわけ。

ご飯食べながらテレビを観つつ、気づけばもう十九時になっていた。勉強してるよりやっぱり、時間の進みが早く感じる。
テレビ番組が切り替わったことで我に返って、仁王先輩に声をかける。
「そろそろ帰らないとじゃない?」
「ああ、……眠い」
仁王先輩はうとうとしてたのか、煮え切らない返事をした。
「えー、大丈夫?自転車乗れます?」
「帰る前に麻衣ちゃんの部屋行く」
「寝ぼけてますね?」
仁王先輩が俺を麻衣ちゃんと呼ぶとき、それは大抵てきとうなことを言ってるので。
立ち上がらせようと腕を引けば、目をこすりながら立った。
「……そんなに見たいかね」
「プリッ」
俺の部屋を見てから帰るという仁王先輩に呆れつつも、個人の部屋って確かに気になるかもな、と納得して勉強道具を片付けに行くついでに連れてった。
そんなに散らかしてはいないと思うけど、それなりに物があって一部荷物が積み上げられてたり、乱雑に置かれたりしてる。でもまあ、男の部屋なんてこんなもんだろ。お母さんにはもうちょっと片づけたらって言われる。
ベッドの布団が起き抜けのままだったり、寝るときに着てたジャージのズボンが椅子にべろっとかかってたりするのが、見るからにだらしないかもしれないけど、毎朝そこまで行き届かないのだ。
「勉強机一人用だから、ここじゃ勉強できないでしょ?」
俺の部屋をぐるりと見回す仁王先輩に、自分の学習机を指さす。
「ああ、あれ、そういう意味か?いや、どういう意味ナリ……」
教室を震撼させた俺の発言は、確かに誤解を招くような言い方だったかもしれない。
仁王先輩としてもなぜあんなことを言ったのだか分かってないようで、俺は昨日の図書館のことを持ち出した。
「仁王先輩が勉強しないでゴロゴロしてる間に、俺は一人で勉強をする」
「……それ、家に来る意味あるのか?」
首を傾げた仁王先輩に俺も首を傾げた。
よく考えたらそうなんだけど俺は自分勝手に、仁王先輩が何をしてても別にいいかなと思ってたのだ。



next.

主人公的には自分が勉強するのと、傍に仁王がいるのとで、全てオッケーというつもりでした。
July.2022

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