komorebi. 08
テストが終わった解放感も相まって、周囲の体育祭への熱量がすごかった。生徒数多いとやっぱりこういう行事って楽しいんだよな。
俺は応援合戦に参加することになったので打ち合わせや練習に追われていた。
仁王先輩とはお昼休みによく一緒する近頃だったけど、俺はもっぱら応援の練習に行くために教室で早食いして向かうか、一緒に応援合戦やる先輩たちと食べるかだ。
体育祭終わるまで、仁王先輩はお預けだな、と思っているうちにとうとう体育祭当日がやってくる。
応援合戦が終わると入退場ゲートのところには、長ラン姿を見に来る人たちがつめかけていた。
記念撮影にと人が入り乱れる中、俺も何人かの先輩や同級生たちに呼びかけられて、どこへ行けばいいのか分からず右往左往してしまう。
ふいに、襷の結び目がある背中をくんっと引かれて、身体がわずかに浮く。強い力ではなかったので本当に両足が地面から離れるわけではないけど、俺の重力が一瞬だけその人の方へいき、方向転換された。
「あっ、仁王先輩だ」
久々に会った気がする、と思いながら浮かれた笑顔になる。
「お疲れさん」
「見ててくれましたか、俺の雄姿!」
敵組へのエール担当をしたとき、仁王先輩のクラスを目印に見たし、俺は仁王先輩と目があったと思ってるけど。
「麻衣ちゃんの応援で元気100倍。優勝待ったなしぜよ」
「うそだろーっ、やるんじゃなかったー!アハハ」
仁王先輩が襷をリードにしながら歩くので、結局友達や先輩たちとの写真は撮れなかった。
クラスメイト達とは撮ったのでまーいっか……。
それにパフォーマンスの後だからちょっと汗や砂埃で汚れているし。
「まさかああも目立つ応援してくれるとはな。俺が走ってるときは応援してくれなかったくせに」
「すみませんが仁王先輩は敵なので」
「薄情モン」
体育祭なんだからしょうがないだろうと無視しながら、自分の手に嵌めてた手袋を外す。ちょっと裏返ったので振り回してから、左右を合わせて握ると仁王先輩が手を出した。
「あ、どうも」
「麻衣が出るやつ、次の次じゃなか?席戻る時間あるのか?」
「あるある!走れば間に合う!」
学ランを席に置きに行くために歩いていたけど、仁王先輩の言葉に内心ではちょっとだけ焦燥感。
手袋を持っててくれたので、詰襟のホックを外して前を開ける。
その隙に仁王先輩が背中にある襷の結び目をほどいて紐を抜いた。
上を脱げば、体育着の中に涼しい空気が通り抜けていき心地よい。
「下は止まってから脱ぎんしゃい、転ぶ」
「あい」
いつのまにか肩から離れていた上着も仁王先輩の手にあり、お言葉に甘えて立ち止まりズボンを脱ぐ。
最終的に全部持たせた状態でクラスの席に辿り着いたので、自分の椅子の背もたれに掛けてもらう。
「あ、仁王先輩はもういーよ!席戻って」
この後また入場ゲートに走って向かうつもりなので、さすがにそこまで付き合わせるわけにはと断りを入れた。仁王先輩は何か口ごもっていたけど、逡巡した後諦めたみたいで、肩の力をするりと抜く。
「んじゃ、ほどほどに」
「がんばれはー?」
俺は軽く駆け足しつつ後ろを向き、見送りのため立ち止まっている仁王先輩を見る。
仁王先輩が走ってるのを応援しなかった俺は、いけしゃあしゃあと応援をおねだりした。
少し距離ができてしまったけど、頑張れと聞こえて、指をブイにして腕を上げる。
「プリッ」
嬉しかったので、仁王先輩の口癖を真似した。
体育祭では残念ながら俺たちの組が負けてしまった。熱くなってた子たちは泣いたり、悔しいと嘆いてたりしたけど。
そんな光景を見て俺は、青春だなあと違う方向に目頭を熱くさせたりした。
帰りに担任がちっちゃい紙パックのジュースを配ってくれたので、HRが終わった途端にそれを啜る。
なんとなく身体が埃っぽい。この日は体育着やジャージでの帰宅を許可されてるので、このままさっさと帰っちゃおうと思ってるところに、教室がちょっとだけざわめいた。
「麻衣」
理由は教室のドアのところから仁王先輩が顔を出したからだ。
仁王先輩のあの冗談から早半年ほど、すっかり見慣れた光景ではあっただろうに、やっぱりちょっと色めき立つ。それだけ仁王先輩が人気者というわけだ。
ちなみに俺が仁王先輩のクラスへ行ってもこうはならなくて、犬が来たな、くらいの調子で手招きされておやつをもらうくらい。
「早くない?」
「こっちは?」
「ついさっき終わったところです」
HRが終わったばかりだというのに、もう俺の教室に迎えに来たのかと驚いた。
机の上に鞄を置いて荷物を詰め込んでいる横にやってきて、飲みかけのパックジュースを飲まれた。
流れるように盗ってくので、待ったをかける暇もない。
「最後の一口だったのに……!」
「ごっそさん」
ぽ~いとゴミ箱に投げ入れる姿を恨めしく睨む。末代まで祟ろう。
当の本人は全く悪びれないで、俺が帰り支度をするのを無言の圧力で急かしてくる始末だ。
「もー、なんだよ」
「おめでとうは?」
「あ?」
わざとイジワルというかイタズラをしかけてくるので、相当暇なのか、何か言いたいことでもあんのかと思っていると、勝利を讃えるように強請られた。俺も頑張れって言わせたけども。
「はあ、……優勝オメデト、ちゅーでもしましょうか?」
「ん」
「───え?じょ、じょうだん!」
負けた下級生のクラスに来てなんてやつだと呆れていたところ、予想外の反応が返ってくる。
クラスメイトも、え?するの?と俺たちに注目を浴びせた。
「しないよ?」
「ここ、ここがよか」
言葉のあやじゃん、さらっと流してくれてもいいじゃないか。まさかほっぺを差し出してくるとは思わないだろ。
「ウウウ……!しないったらー!」
仁王先輩の顔をぐいーっと押しのけて、荷物を手早くまとめて廊下に出た。
おいてけぼりにした仁王先輩は、追いつくなりちょっと膨れていたけど、俺だってジュースを飲まれた恨みがあるのでもうこれ以上の機嫌は取らないことに決めた。どんなイジワルにも辞さない構えだ。
そしたら帰りに下り坂を爆走されたので、本当に本当に許さない。
next.
人の口癖うつるタイプ。
応戦合戦はやっときました。
July.2022