komorebi. 09
ある日の昼休み、教室で待っていた俺は、一向に仁王先輩が迎えに来ないものだから一人首を傾げた。
机の上にお弁当箱を置いて、じっと『待て』をしている、この健気な様子を見てほしいんだが。
こういうときスマホを持ってないことが悔やまれる。
「麻衣ちゃん今日は一人なの?うちらと一緒に食べない?」
「今日予定あるとは聞いてないんだけど……仁王先輩のクラス行ってみる」
「そか、あんまり遅くならないようにねー」
手を振って見送る友達に力なく応え、教室を出る。
上級生の教室がある廊下を歩くのは、いつの間にか慣れた。それどころか教室に入るのも慣れた。仁王先輩のクラスメイトは幾度となく顔を合わせているからだ。
「こんにちはー。仁王先輩いませんか?」
「あれ、麻衣ちゃんのとこ行ってないんだ」
ドアのすぐそばで向かい合ってお弁当を食べてる女の先輩二人が、少しだけ驚いた様子で俺を見た。
「仁王、実験の後普通に教室戻ってたよね」
「うん……あー丸井!」
おかしいな、と顔を見合わせた二人は丸井先輩を見つけて声をかけた。
俺はその間も、手持無沙汰に弁当を包む布をイジイジしている。
「ゲッ、ま、まいちゃ……」
丸井先輩は二人の先輩に声をかけられた後すぐに俺を見つけて、変な声をあげる。
妙だな、とオンナノカンがさえわたり、三人で丸井先輩を囲い込んだ。
「丸井、仁王のこと何か知ってんの?」
「麻衣ちゃんずっとお弁当食べずに待ってるんだけど?」
「お腹へったー」
両肩をヨシヨシされながら、丸井先輩の焦った顔を見る。
「───あ~っと、仁王は、」
丸井先輩は観念したかのように何かをいおうとしかけた。
その時教室の窓の方が騒がしくなり、口々に聞こえる持て囃すような声を認識して俺はそっちへ駆け寄った。
あそこはいつぞや、俺が仁王先輩と密会していたのが見つかった、所謂校舎裏に面する窓だ。
俺が聞きとったのは告白現場だという気づきの声と、仁王アンチクショウの恨み節。
「仁王先輩ていった?」
「麻衣ちゃん!?うわ、だめだって」
「い~れ~て~」
「なんで麻衣ちゃんがここに」
窓を開けてつめかけてる人の中に、モゾモゾ頭を突っ込んだ。
先輩たちはなんだかんだ言いながら俺を潜り込ませてくれて、隙間に顔を出した。
階下には木陰と花壇が広がっていて、ここから見た景色にかつて、仁王先輩と俺がいたわけだ、と知る。
今日はそこに男女が二人、妙な距離感でいるので、告白現場にしか見えない。
俺たちの場合向き合っていたわけではないけれど。
「───麻衣?」
騒がしくしたつもりはないけど、仁王先輩は俺たちの覗き見に気づいて顔を上げた。
一緒にいる女の子は知らない顔で、俺と仁王先輩を交互に見て立ち竦む。
半分好奇心、半分恨めしく、見物しようとしただけなので間違っても告白の邪魔をする気はなかったのだ。
俺という彼女がいると知りながら告白したいと思ったなら、すればいいと思うし、その機会を邪魔する資格は俺にはない。
目が合って大変気まずかったので、俺はしゃがんで身を隠し、今度は人の隙間から這い出る。
丸井先輩が大丈夫かと俺を出迎えたついでに、跳ねた前髪を指で軽く弾いて戻してくれた。
その時、お腹がぐううと鳴った。
「弁当くう……」
「お、おう……?」
丸井先輩は戸惑いつつ、俺に飴ちゃんをくれた。
仁王先輩の席に座って弁当を広げる。今更教室に戻っても、友達は食べ始めているからタイミングが合わないだろうと思って。
先輩たちは皆、俺を心配するようにおろおろと周りにいたけれど、俺は特に気にせず食べることにした。
「いただきま~」
「ま───っ、」
「ま?」
仁王先輩が教室に駆け込んできた。
待て?と思ってお箸を挟んで合わせた両手、口をあんぐり開けながら停止する。
それとも麻衣、かしら。
もう一度お腹がぐうと鳴ったので、照れくさくてはにかむ。
「よし」
「ンッ、フフ」
仁王先輩には俺が待てくらった犬状態なことがよくわかったみたいで、瞬時に許されて、笑ってしまった。
別に許されなくても食うつもりではあったがな。
「スマン、すぐ迎えに行けなくて」
仁王先輩の席に座ってるので、本人は前の席の椅子を引きよせて、向かいに座る。
口にウインナー入れてるので、数回頷くだけの相槌をうった。
スマホ持ってない俺も悪しいし、しゃーない。
「もっと怒ってくれてもよか」
……飯食う前でいじけてくるなよな。
何で俺が仁王先輩のご機嫌をとらにゃならん。
いや、彼氏がほかの女の子に告白されてたら、彼女として拗ねたり怒ったりすべきか、と一考する。
「さっきの人は断ったんですか?」
「もちろん」
「……好きな人ができたら言ってくださいね」
「───え」
仁王先輩がたじろぐ。珍しく表情が崩れて、心なし青ざめた様子だ。
箸をおいてから、仁王先輩の薄い肉付きの頬を両方からひっぱった。
「そしたらほかの人とお弁当食べるから」
「……っ、」
拗ねてるけど、健気な感じを演出してみたんだが、どうだろか。
仁王先輩もだけど、教室にいる先輩たちも、ひっそり聞き耳を立てていたらしく静まり返ってた。
ウーン、やっぱりこの、付き合ってる二人という認識が強いせいか、俺たちはどこへいっても不自由な気がするんだよな。
「もう絶対呼び出しにはいかん」
「うん??」
お箸を掴み直し、お弁当を引き続き頬張る。
仁王先輩はそろそろ自分の腹ごしらえも考えるべきだと思うけどな。
「告白されそうになったら逃げるぜよ」
「いや、聞いたげなよ」
「麻衣のがいい」
「……仁王先輩がそう思うなら、それでいいですけど」
結局、今のところ彼女の欲しくない仁王先輩が俺のが良いということは、好きな子ではないというわけだ。
そして、そのための俺なのだから認めるしかないだろう。
仁王先輩はいつになく真剣な眼差しなので、ちょっと怖かった。
next.
女子に呼び出された仁王にウェーイってなってた先輩たちが、健気なワンワンが教室にきてウッッッてなる話です。
July.2022