komorebi. 10
「そういえば、スマホを買ったんですよね」
「マジか」
寒くなってきてから放課後は図書館で課題をしたり、予習復習をするようになっていた俺は部活終わりの仁王先輩とよく一緒に帰るようになっていた。
駐輪場に自転車を取りに行きながらほくほくと告げると、仁王先輩の丸めた目が驚きを表現する。
「自転車を買うか、スマホを買うかで迷ったんだけど」
「なんだその二択」
「仁王先輩と帰ること増えたじゃないですか、だから俺も自転車のがいいかなって」
ああ、と納得の声をあげる仁王先輩に言葉を続ける。
「費用はかかりますが、必要度でいったらスマホでしょ?」
「まあ、そうだな」
本来比べる二つではないので、仁王先輩は苦笑いだ。
「だから自転車はまだ乗せてクダサイ」
「おー、たまには麻衣にも漕いでもらうぜよ」
「まかせんしゃい」
「冗談。麻衣ちゃんは俺よりおっきくなるまで前に乗るんじゃなか」
いつも乗せてもらうし、家に送ってもらうので前からお礼をしたいとは思っていた。だから即答で力こぶを作ったというのに、子供に言い聞かせるようにやさしく断られた。
確かに仁王先輩大きいし俺は今のところ結構小柄だしな、と自転車を漕ぐ背中を眺める。
「……じゃあ俺が仁王先輩より大きくなったら仁王先輩のこと送りますね」
「プピナッチョ」
なんだろうな、絶対大きくならないだろうなって言われた気がする。
えいっと背中に頭突きをしても、大したダメージは受けてないようだった。
「それで?スマホを買ったからには、連絡先教えてくれるんじゃないのか」
「あ、そうそう。忘れてた」
信号の前で止まって、ようやく本来の目的を思い出した。
はあ、とため息を吐かれたけれど、自転車の話を広げたのは仁王先輩だと思います。
信号が青になったので、降りたときにねと告げると自転車は再度漕ぎ出された。
「あれ?おりるんです?」
家に帰る道と少し違うことには気づいたけど、たまに変な道を行ったり寄り道をしたりする人なので、特に気にしていなかった。
遊歩道のある公園の、街灯の下で自転車を停める。
少し離れたところにある自販機とここだけがかろうじて周囲を照らしていた。
「忘れて家入りそうでな」
「……ていうか明日の朝会えた時でもいいんじゃ?」
家に着いた時、けろっと忘れてるかもしれない、というのはありえなくもないけれど、そんなに急かさなくたっていいのにな。
今朝会えなかったから放課後言ったけど、ほぼ毎日のように顔を合わせているじゃないか。
「それじゃあ今日、麻衣におやすみって言えん」
「───、おお……」
「すっぱい顔。……それ、どういう感情?」
「ちょっとトキメキ?」
仁王先輩はそれに憮然とした顔をしてたけど、そんなん言われたらドキドキするでしょうが。
「そうは見えないナリ」
「暗いからじゃないかなー」
「真ん丸のお顔がぽっかり見えるぜよ」
連絡先を交換しながら、仁王先輩に頬を挟まれた。街灯の下にいたので、ちゃんと俺の顔は見えるんだろう。
そのつぶれた顔を、すかさずスマホのカメラにおさめて何やら作業をしている。
「何やってるんですか、俺の顔流出する?」
「しないしない」
顔を解放されたついでに、俺のことを放っておかれたのでスマホの画面をのぞき込む。でも何やってるかわかんない。
「麻衣ちゃん、試しに電話してみんしゃい」
「電話?」
連絡先を開いたままだったので、言われるがまま仁王先輩の電話番号を押してみる。
黒い人影のアイコンの下に仁王雅治の文字、それから呼び出し中と表示されて、スマホからはコール音が聞こえた。
やがて仁王先輩のスマホがバイブで震えだす。
「ほれ」
「ワーッ」
スマホの画面を見せられて、俺は思わず叫び声をあげる。
仁王先輩に着信という文字とともに表示されていたのは俺のつぶれた顔だった。
つまりプロフィール画像に設定されたということがわかる。
「酷い!やめてください!」
「カワイイカワイイ」
反射的に電話を切ってしまったので、仁王先輩のスマホ画面も切り替わってしまった。
腕に縋りついてワーワーいうが、全然変えてくれる気配はない。
「どうしてそんなことすんだ~!」
ワハハと笑う仁王先輩に、俺も仕返しとばかりに写真を撮ろうとしたけど、持ち前の運動神経でひょいひょい逃げられた。
唯一撮れたのは、しっぽがビュッと逃げていくところだけなので、やむなくそれをプロフィールに設定した。メソメソしてる俺を見て仁王先輩はまだ笑っている。
「ちくしょー、いつか格好悪いとこ撮ってやるからな」
「格好良いとこ撮りんしゃい」
「俺のブサイク顔撮っておいて何を……あ」
慣れない手つきで連絡先情報をいじくっていた時、ふと目についたのは誕生日だった。
案外登録してるもんなんだな、と思ったのと、もうすぐ仁王先輩の誕生日だな、というので声をあげる。
「そういやそうだ」
俺がもうすぐじゃないかと指摘すると、興味なさげな肯定が返ってくる。
「誕生日何して過ごすんですかー」
「あいにく部活でな、テニスざんまい」
「欲しいものあります?」
俺が用意できるものなんてたかが知れているけれど、と思い一応聞いてみるとイタズラグッズみたいなのがいくつか候補に挙げられた。
「麻衣が祝ってくれるなら───そうだな、ここでよか」
「え、えぇ~?」
いつぞやのように、ほっぺを差し出しツンツン指で叩いた。
少しかがんで、いつでもどうぞ、と言いたげな体勢。
以前冗談で言いだしたことを、まさか同じ手段でからかわれることになるとは。
少し考えてから、ほっそりとした輪郭の顎を固定して、肩に少し体重をかけて顔を寄せる。
音もたてずに、尖らせた唇で攻撃するかのようなキスだけど、仁王先輩が驚くには十分だった。
背伸びの加減がわからず、ちょっと勢いがついてしまったから、鼻もぶつけたけど。
「イテッ、鼻うった」
踵をついて鼻の頭をさすっている俺と、俺がぶつかった頬に手をやる仁王先輩。
それぞれ数秒ほど噛み合わない時間があったが、ちらりと目を合わせる。
「アハハ、どーだ!したぞっ」
「ピヨ、……」
仁王先輩がまともな言語を話すようになるまで時間がかかった。
家に帰るまでほぼ無言だったし、おやすみ言うって言ってたのに、電話はかかってこなかった。
next.
ほっぺにちゅうしてるけど、犬が顔突っ込んでくるみたいな色気のなさ。
July.2022