I am.


komorebi. 11


テニス部の部長が倒れて入院したらしい。
仁王先輩を見に行く関係で顔見知りではあったけど、まともに会話をした覚えはない。
ただ、そうだ、彼が一度美術室で絵をかいてるところを見かけて、上手ですねえと話したんだった。あの絵が少し印象的だったのは、夕日の逆光の中で、風に吹かれて乱れる髪の毛が金色に光っていて、それが綺麗だったからかもしれないし、けして口にはしないが俺に似てると思ったからかも。
完成したら見たいな、と思っていたが仁王先輩に絵はどうなったかなんて聞けなかった。

入院についても教えてくれたのは仁王先輩だけど、当然ながら残念そうにしていた。
強豪校のテニス部部長というのはそれだけで大きな存在で、きっと数多の部員たちの心の支えでもあり指針でもあったんじゃないだろうか、と思っている。

ある日の帰り道、めずらしく仁王先輩が素直な口調で疲れたとこぼした時、その大変さを思い知った。
いつもなら疲れてない時にしか疲れたなんて言わないから。
「俺が自転車漕ぎましょうか」
「え、は……?なんで」
力なくぶら下がっていた手を握りしめて気を引くと、俺の言葉にも行動にも少し驚いていた。
「今日は俺がカレシやる番」
疲れてるでしょーとか、自転車漕ぐの危ないんじゃないのーとか、色々あったけど、まあそれは言わないでいいや。大丈夫って言われてしまう気がしたし。
ぐっと親指を立てると、仁王先輩は終始目を白黒させていて、俺は勝手に自転車の鍵を奪い取る。
サドルはちょっと高いので弄って下げて、前に座る。
「のって」
「ホンキか……」
若干引き気味だったけど、のたのた後ろにまたがる。こうして言う通りにするくらいには、やっぱり疲れてるんだと思う。何せ前は俺が仁王先輩より大きくなるまで前には乗せないとか言ってたくらいだ。
「長いあんよ気を付けといてくださいネ」
「プリ」
ヨイショー!と気合を入れて漕ぎ出すと、少しだけふらついたけれど何とか走りだすことはできた。
途中で息が上がってたけど、仁王先輩はもうあきらめたのか、寝てるのか、俺の背中に頭を擦り付けてずっと黙ってた。変に心配されたり怖がられるよりもいいけど。

仁王先輩の家に着くと、ようやく瞼が開いたのか、眠たげな眼がパチパチと目を開閉させる。
俺が家まで送ると思わなかったのかもしれない。
「うち……?」
「はい!」
後ろにまたがったままの仁王先輩は、ぼんやりと家を見上げた。
そして立ち上がるかと思えば、前に座っている俺を背中から抱きしめて乗り上げてくる。
「あーっ、なにすんです」
「はあ……麻衣は家までどうする」
嫌がらせなのか、体重をかけてきたのでハンドルにつかまって身体を支えた。
デカい猫だな、と頭で押し返すと、すり寄ってくる。
「このまま自転車借りられないかと……朝迎えにくるので」
「朝練がある」
「早起きします」
「そこまでするか?」
元気はないのに駄々はこねる。俺を気遣ってのことだろうが、自分が疲れてることをもっと自覚したほうがいいと思うな。
「じゃあ歩いて帰る」
それは駄目みたいで、抗議するかのように頭が振られた。
とりあえず仁王先輩を押し退けて、自転車から下りると向こうも倣って荷台から下りる。
じゃれつかれたせいでジャケットがずれたり、髪の毛がボサボサになったので整えて、仁王先輩に荷物を渡した。
「いいじゃん、朝も会いに来る口実できた」
「……、」
「迷惑?」
「全然」
少し不貞腐れた顔のままだったので、いつもの仕返しに顔を挟む。
やーいブサイク、とならないのが憎たらしいところだ。それとも俺がへたくそなんだろか。
写真に撮られた俺の顔は見事にブサイクにされてたけどなあ。
もみもみと頬を押して、唇を突き出させていると、仁王先輩に親指と人差し指の間をがぶっと噛まれた。
「ぎゃ、噛んだ」
「ついでに舐めちゃる」
「やめれやめれ」
俺の手を両手でがしっと掴まれたので、あいてる方の手で顔を押し返す。
ふ、と仁王先輩が笑った。少し目が覚めたみたいだな。
「……ありがとさん、悪かったな」
「いいえ。俺、カレシですから」
「それまだ続くのか」
「明日、仁王先輩の元気な顔を見るまでは」
ようやく手の力が抜けたと思えば、仁王先輩の頭がまた、俺の肩に落ちてくる。今度は正面からだったので、さっきよりも仁王先輩の匂いがした。
労わるように背中をポンポンと撫でると、ゆっくり頭が離れていく。
「こんなに甘やかしてもらえるなら、彼女でいるのも悪くなか」
「ずっとでもいいですよ」
仁王先輩はけらけら笑った。
「ずっとか」
「?はい、ずっと」
ああまた、俺のほっぺが仁王先輩のオモチャになる。
手が触れたとき、そう解釈しても慣れたことなので受け入れた。
でも一向に変な顔にはされなくて、不思議に思いながら待っていると、仁王先輩の指が唇をなぞって押した。
「なら───」
今まで触られたことのなかった場所にドキリと身構える。

ガチャ、───。
「あれ雅治帰ってた───あ!?!?」
玄関のドアが開いて、女の人の声がした。ひょこ、と仁王先輩の影から出てそちらを見ると年齢的には多分お姉さんらしき人が出てきた。
俺に気が付くと、驚きの表情を浮かべる。まさに、やべっ、と顔に書いてあった。
「玄関先でイチャイチャするんじゃなか~!」
「あう、あの」
「プリッ」
俺はちょっと恥ずかしくなって、口ごもる。イチャイチャはたしかにそう、していた。
仲良くしているだけでそう見えるのはもう仕方がないとして、仁王先輩のご家族にまで付き合ってるという必要はないだろうと思った。とはいえ、家に送り届けてきた状況でただの後輩女子というにはいささか説得力はないかも。
「麻衣、俺の彼氏。これ姉」
「は?」
「へ?」
迷っていた俺をよそに、仁王先輩はおかしな紹介をお姉さんにしやがった。
俺とお姉さんは顔を見合わせてから、仁王先輩を見る。
「彼氏?」
「彼氏」
「まあ……か、彼氏です……?」
嘘じゃない……か?と俺も頷いてから、いやわけがわからんなと首を傾げる。
お姉さんはもっと意味がわからないだろう。
「こんな弟ですが、よろしく……?」
「あ、はい、大事に、しますので……」
お姉さんと俺の会話を聞いて、仁王先輩は口元を押さえて笑っていた。
もうすっかり元気じゃねえかよ。



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仁王家族ねつ造します。
July.2022

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