komorebi. 12
調理実習で、お菓子を作った。
バレンタインデーが近いから、作ったものを誰かにあげようとか、誰かが作ったものが欲しいだとか、色めき立つ周囲。
俺は調理実習の後に何人かの男子生徒や女子生徒から、作ったやつが余ってたらくれないかと声をかけられた。
女子生徒は交換という感じでもあったので、これは本来なら応じてもいいはずだったけれど、あいにく数がない。
「あの……全部あげる人決めてるの。ごめんね」
本当のことなので、この回答で全員に断った。
多めに作ったとはいえ、あらかじめ約束をしていた子との交換以外は、自分で食べる分、お母さんにあげる分などなど、考えて包装したので渡せない。
フられたかのように帰ってく後姿に、非常に居心地が悪かったが、周囲の誰から見ても別に俺は悪かないだろう。
「麻衣ちゃんモテモテだねえ」
「そうかな……」
「谷山は男女問わずって感じな」
たまにお弁当を食べる友達や、席が近くてグループになる友達とはすでに交換をしているので、彼女彼らは呑気であった。
「残りは全部仁王先輩に?」
「ううん、自分のと、お母さんと、あとお世話になってる先輩たち!」
友達は、仁王先輩関連で先輩の知り合い増えてるもんねと納得した。部活に入っていない俺は、確かに仁王先輩のクラスメイトと、テニス部の何人かの先輩しか親しく話をすることはない。委員会にも先輩はいるけど、集まりは多くなくて顔見知りという程度なんだよな。
「麻衣、変な虫ついてなか?」
「虫……」
人通りの多い廊下をわいわい、友達と歩いていたところ、隙間を縫って仁王先輩がやってきた。
この後お昼を一緒に食べるため、俺が教室に行く思って約束してたのに、迎えに来てくれたらしい。
虫という言葉につい周囲を見回してしまうが、すぐに言ってることはわかった。
「約束してた子以外は、ちゃんと断りました!」
敬礼すると、ヨシヨシと褒められる。
仁王先輩は俺のお弁当入り手提げ袋と、二個あるうち一つの紙袋をもってくれたのでお礼を言う。
「あ、そっちもらった分なの」
「くれる方は?」
「こっち!教室戻りましょ。ばいばーい」
自分で持ってる紙袋を掲げてから、一緒に歩いていた友達に手を振る。みんなニッコリ笑って見送ってくれた。
いつも階段とか、屋上の温室とかその辺で食べてるので仁王先輩はなぜ教室に戻るのかわかってないようだった。
「しづ先輩とあかね先輩にもあげるんだ」
「ああ、あいつらか」
行かなきゃ駄目かと足取り重くなる仁王先輩の手を仕方なく繋ぐ。こうすると割と素直についてくるんだぜ。
あと他にも何人かいるけど、言えば言うほど不機嫌になりそうな気がしたのでやめとく。
教室につくと、しづ先輩とあかね先輩が意外そうな顔をした。
「あれ、仁王戻ってきた」
「麻衣ちゃんの手作りお菓子守りに行くんじゃなかったの?」
「……」
むすっとした仁王先輩は答えない。俺はそんな宣言して教室出てきたのか、と一瞥しつつも二人の先輩に名前を書いたメモ付きの袋を渡す。中には小さなチョコのカップケーキが入っていて、トッピングはかわゆいものを選んだつもりだ。
「いつもお世話になってるので、お二人にも。口に合えばいいのですが」
「え、麻衣ちゃんの手作り!?やったー!」
「ありがとう~!可愛いよこれ、それにおいしそう」
「つーかなに?だから仁王不機嫌なの?」
「心の狭い男は嫌われるよ~?」
「広い心で許してやるんじゃ、大事に食べんしゃい」
しづ先輩とあかね先輩はどっちかというと気の強そうな女性なので、仁王先輩をゴリゴリに煽っていく。
一方つんとした仁王先輩も、二人に負けずに言い返してる。
そこに通りかかった丸井先輩が、お菓子に反応してキラキラした顔をしてたので用意してきた彼の分も渡す。
「え!?俺に!?いいのかよ麻衣ちゃん」
「はい。丸井先輩甘いもの好きって言ってたから」
「は??」
仁王先輩が若干低い声をあげながら振り向く。
拝み倒す勢いでお菓子を掲げた丸井先輩は、クラス中に響き渡りそうなくらいにデカイ声でお礼を言ってくれた。
「ちょっと待て、他にもやるなんて聞いてないぜよ」
「全部言ってる暇なかったー。あ、さ、沢田先輩!」
じっとり俺をにらんでくるがそれどころじゃなくて、一人の先輩を呼び止める。
黒髪短髪の硬派な野球部員と言った風貌の先輩で、以前俺が球技大会で応援してた時、飛んできたボールから守ってくれたのだ。いつかのお礼というには遅いし、なんのことって思うかもしれないが、モジモジしながらお菓子を渡す。
「さんきゅ。うまい」
彼は受け取るとすぐに食べてくれた。
ほっとしたのと、照れ臭かったのとではにかむと、沢田先輩は俺の頭を撫でてくる。
そしてそれを、すかさず払いのける仁王先輩。後ろから羽交い絞めに引き離されて、頭には仁王先輩の顎が乗った。
「麻衣に気安く触るんじゃなか」
「ベーブ……」
「ベ、なんて?」
「あ~、ベーブ・ルースっていう……友達が飼ってる犬がいるんだわ。麻衣ちゃんって子犬っぽいしな」
あかね先輩の疑問には沢田先輩と幼馴染のしづ先輩が答えた。
「───さて、全部配ったことだし、お昼いきますか」
「麻衣ちゃん、誰か忘れてなか?」
仁王先輩の言葉に、てん、てん、てん、と黙り込んだ。
人にあげる分として用意してたのを、個数間違えてしまったんだろう。あちゃー、という顔をしてしまい、皆もあちゃーと顔を覆っている。
お母さんと自分で食べる分はあるが、トッピングも控えめなやつ……。仕方ないか。
「あの、俺の、あげるから」
ヒソヒソと耳元で言い訳してると、それを遮るようにして顔をぶにっと潰される。
「ごべんなたい」
素直に仁王先輩に、謝罪を絞りだす。
今は甘んじてブサイクになるため、きゅうと目を瞑って耐えた。
「じゃあ麻衣の、もらうか」
上向きの俺の顔に、さらりと前髪が降り注いだ。
はっと目を開けた途端、ぷちゅっ……と。
仁王先輩が俺の突き出た唇にキスしたのだ。
「!?!?!?」
のけぞったがもう遅い。
白昼堂々、人前でされたこの犯行は、クラスで大きなどよめきとなる。
こうなるから、体育祭の後に教室でほっぺにちゅーしなかったのに。
ていうか、いくらなんでも、人前でこんな事まで……。
「節操なし!信じられない!さいてー!!!」
俺は仁王先輩をべしべしべしと叩いて、教室から逃げ出した。
next.
仁王のクラスメイトはモデルがいます。君に届けです。
July.2022