I am.


komorebi. 13


屋上で泣く、とまではいかないが不貞腐れていたところ、あとから荷物を持った仁王先輩がやってきた。なぜここにいると分かったんだろう。俺の行動パターン単純かな。
いつもお昼ご飯食べてる場所の一つだから仕方ないか。
クラスメイトに叱られたらしい仁王先輩は、ずいぶんしょげた様子である。
「すまん」
「……はい」
その一言で不問とした俺に、仁王先輩は何でそんな簡単に許すのかと首を傾げる。
「俺がちゃんと、仁王先輩の分準備しなかったから」
「そんな心狭くなか。ただ、……」
「ただ?」
彼女らしいことできなかったので、だからああいうことしたのかと思ったけど、違うらしい。
仁王先輩は言葉を探すように、目線をさまよわせ、ため息を吐いた。
「はー……末期症状……」
そう言ったきり、顔をそむけた。自己嫌悪だろうか。
とにかく反省はしているらしいし、俺がバレンタインを準備しなかったことを怒ってるわけじゃないらしい。

「今後、どーしますか?」
「どうって?」
俺はお弁当を開きながら仁王先輩に尋ねる。
「別れるかどうか」
「なっ、んでそうなった……、別れたいのか?」
声を荒らげそうになる仁王先輩は自主的に抑える。俺がちょっと驚いてたからだろう。
「そろそろ三学期も終わりますし、春からはまた心機一転で」
「心機一転なのか?それ」
呆れたような、困ったような顔で、仁王先輩は肩を落とす。
自分の昼食をとる手は進みが遅い。
「ただなー、別れたらこうして一緒にご飯とか、帰ったりしづらくなりますよね」
「別れなければよか」
「でもなー、何をしてても付き合ってるからって思われそうで」
「付き合ってるしな」
仁王先輩は俺の悩みもなんのその、ようやくモソモソとご飯を食べだす。
逆に俺の箸は少し止まった。
「人にそう思われるの、嫌だったか?」
「そもそも、自分のせいでもあるので、そんなことはないです」
俺は仁王先輩が好きであろう卵焼きを分けてあげる。
向こうもお弁当を差し出してくるので、慣れた行為だ。
「だって生徒手帳拾ってもらってから、きっと仁王先輩は俺と仲良くしてれただろうし、そうなれば遅かれ早かれ付き合ってると思われたでしょ?だからまあ、気にしてもしょうがないっていうか」
「まあ、そうだな」
お返しにブロッコリーをくれた。
野菜が嫌いなだけだろう、お母さんに謝んなさい……と思いつつも食べてあげちゃう。
「俺が思うに、麻衣が本当のことを知ってほしいと思ってる人はお母さんくらいじゃなか?」
「───そうかもしれませんね」
もごもご、とブロッコリーを食べて呑み込んだ俺はようやく口を開く。
「あと、仁王先輩もだ」
「?」
俺は口元を押さえて笑った。なんか、照れくさいかも。
素を出せるというか、何も隠さなくていいと思える存在は仁王先輩だけで、それが俺の今の心の柔らかいところを包んでくれる。
行きずりの人だった仁王先輩が、まさかここまで俺の奥深いところに居ることになるとは思いもしなかったけれど。
「俺、他でもない仁王先輩に、付き合ってるからそばにいるって思われたくないのかも」
食べきったお弁当箱を前に、ごちそう様ーと手を合わせる。
仁王先輩はまだ食べ終わってないどころか、箸を落っことしてた。
大丈夫かよ、と思って声をかけると我に返り、洗ってくると立ち去った。その間に暇だったので、友達と交換したお菓子を食べる。この子はスイートポテトで、やわやわした食感が良い。表面のこんがり焼けた部分が良い塩梅でカリっとしてるのも好き。俺も今度、お母さんに作ってもらおうかな、自分でも作れたらいいけど。

「食欲旺盛じゃの、麻衣ちゃん」
もちゃもちゃ、とおやつを食べてる間に戻ってきた仁王先輩に見下ろされる。
俺がもらったやつだから絶対あげねーぞ、と腕で囲い込むと要らん要らんと手を振られた。それはそれでムカつくな。
「麻衣が作ったのしか欲しくなか」
フッと息を零して笑って、隣に座り直す。
再びお昼ご飯の続きを食べ始めた仁王先輩を横目に、俺もスイートポテトを食べきった。
その後ごそごそと紙袋をあさって、自分とお母さん用に多く入れたカップケーキを一つ取り出す。
カップを爪で引っ掛けて剥がしてから、半分に、それをまた半分に割って四分の一だけにした。
ちょうど一口で食べられるくらいのを、自分の口に放り込む。
「うまいか」
「うん、うまい!」
仁王先輩は羨ましげにこっちを見ていて、俺が笑顔で返すとちょっと拗ねた顔をした。それは自業自得なんですよ。
上手くできたし、皆にもあげられたし、お母さんにもきっと美味しいって言ってもらえるのを想像して、仁王先輩の表情が思い浮かべられないことが残念だった。だから、せめて一口、俺の心を満たすためだけに食べてもらおう。
「…………あい、一口」
指先でつまんだひとかけらを、仁王先輩の口元にもっていく。
顎のホクロとか、緩く開かれた唇と、中の歯、舌まで目に入った。指先も少しそこに触れる。
「ん、うまい。ありがとさん」
「……あと全部、アゲマス……」
俺はそっと目を逸らして、カップケーキの残りを仁王先輩に押し付けた。
だめだ、見るんじゃなかった。
「いいのか?」
「ウン」
「なんでこっち見ない?」
はぐはぐ、とカップケーキを食べてる音がするけど、俺はひたすらにそっぽ向いていた。
それが仁王先輩にはわかっていて、頬を引っ掻いて気を引いてくる。
ちら、と見るともうカップケーキを食べ終えてたようで、さっきよりいくらか気分はマシだった。
「や……なんか、」
「ん?」
「くちびるが見れなくて……」
「───、」
仁王先輩の目が徐々に見開かれてゆく。
真っ赤になってる自覚があるので、顔を隠すついでに、手の甲で唇を拭ったが、さっきの感覚が思い起こされて、これもだめだった。
「も、もう行く……!さいなら」
チャイムが鳴ったのであうあう言葉にならない声をあげて、ようやくなんとか絞り出した別れの挨拶と共に、慌てて荷物を掴んで屋上を後にした。



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仁王雅治を至近距離で見るのはじさつこうい。
July.2022

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